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モーゲンソーが語る政治的リアリズムとは何か:政治学を学ぶ人のための6原則

政治学者ハンス・モーゲンソー(1904~1980)は国際政治学の古典的著作『国際政治』(1948)の著者であると同時に、国際政治学の理論として知られるリアリズムの権威でもありました。

ただし、リアリズムの定義が人によって異なる点に注意が必要です。モーゲンソーが考えるリアリズムには、より広い意味で政治学の全般に通用する学問的な立場という意味が込められていました。

この記事では、モーゲンソーが『国際政治』が第2版で追加した「政治的リアリズムの六つの原理(Six principles of Political Realism)」を取り上げ、その内容について紹介してみたいと思います。参照した訳書に関しては末尾の参考文献を参考にしてください。

1 政治は客観的な法則によって支配されている

政治学者としてモーゲンソーは政治には一定の法則が存在しており、それを理解することが最も重要な使命であると考え、それを政治的リアリズムの第一原則に置きました。政治の法則性を理解していなければ、社会をより良いものにしていくことは不可能になると考えられています。

「政治的リアリズムの考えからすれば、政治は一般の 社会と同様、人間性にその根源をもつ客観的法則に支配されている。社会をよくするためには、その社会を動かす法則を理解することがまず必要である」

法則の作用は、人々の好みや考えによって左右される性質のものではありません。それは時代や地域を超えた普遍性があります。なぜなら、あらゆる政治の法則は人間の性質に由来するものであって、その性質は何百年、何千年がたっても大きく変化するものではないためです。その法則に反する行動を選択した人は、政治の世界で決して望み通りの結果を得ることはできません。

モーゲンソーは古代の政治理論が現代の政治状況にとって何の意味も持たないということはめったにない理由がここにあると考えていました。もしその政治理論が何世紀も前に生み出されたものであったとしても、それを時代遅れであるという理由だけで捨て去ることは、過去に対する現在の優越を当然のものと考える近代人の偏見であり、それが依然として妥当性を持っている可能性を考慮すべきだとモーゲンソーは述べています。

2 力によって定義された利益を判断の基準とする

政治的リアリズムは政治の法則が存在することを前提にしていますが、モーゲンソーはさらに政治家の行動には一定のパターンがあることを想定していました。そのことは次の引用文で示されています。

「われわれは、政治家は力として定義される利益によって思考し行動する、と仮定する。そしてわれわれは、この仮説を歴史の証拠によって確かめること ができる、と考える」

これは古今東西の政治家の思考や行動を力として定義される利益という基準から比較し、分析できることを意味しています。政治家は権力を追い求めるという利益のために合理的な行動を選択すると想定しておくことによって、リアリストは時代や地域が異なる政治家がどのような行動パターンを見せるのかについて合理的な説明を組み立てることができるようになるのです

ここで重要なのは、政治家の行動や思考の原因を、その政治家の動機の中に求めることは必ずしも研究の方針として適切ではない、という態度です。モーゲンソーは政治家が心の中でどのような動機から行動を起こしているかを知ることは、どのような研究者にとっても非常に難しく、また当事者の利益や感情によって曲解される可能性が高いデータであると指摘しています。

そのようなデータを手に入れる機会に恵まれたとしても、他の情報源から手に入れたデータと照合しなければならない、ともモーゲンソーは警告しています。「歴史は、動機の質と対外政策の質との正確かつ必然的な相関関係を何ら示してはいない」とも記されているように、善良な動機を持つ政治家が実在したとしても、その善意に基づく行動が政治的成功を保証するものではないと考えるべきです。

ただ、誤解してはならないのは、モーゲンソーはあらゆる政治家が力により定義された利益に沿って合理的に行動するはずだと主張しているわけではない、ということです。これは政治的リアリズムの立場で合理的な政治理論を構築するために想定されたことであって、例えばイデオロギー的な世界観によって政策決定者の情勢認識が歪められ、合理的行動から逸脱する場合があることは想定されています。

モーゲンソーはそのような事例としてベトナム戦争を挙げています。当時、何か行動を起こそうとする欲求がアメリカ政府の首脳部で高まったことにより、アメリカ軍の能力の限界を超えた大胆な介入政策を選択させてしまったという認識が示されています。非合理的な政治行動を説明する理論を構築するためには、心理学、精神医学を応用できる可能性があることを示唆していますが、ここでは詳細に論じられていません。

3 利益の具体的な内容は文脈によって左右される

モーゲンソーは力によって定義された利益を判断基準としていますが、歴史のある特定の時代で政治家の行動を規定した利益を判断するためには、その政治的、あるいは文化的な文脈を考慮しなければならないと論じています。

「リアリズムが考えるには、力として定義される利益という中心概念 は、普遍的な妥当性をもつ客観的カテゴリーである。しかしリアリズムは、固定した意味をこの概念 に与えているわけではない」

また、力についても、物理的暴力から微妙な心理的関係に至るまで、さまざまな形態があることにも注意を払う必要があります。

例えば、現代の国際政治の研究においては国民国家を外交や戦略の基本単位と見なし、その国益の実現を行動の基準と考える場合が多いのですが、国民国家それ自体は歴史の産物に過ぎないとモーゲンソーは明確に述べています。つまり、政治的リアリズムにおいては、国民国家を中心とする国際システムがまったく別の形態に変化する可能性を考慮しなければならないのです。

国際政治学でリアリズムは国家主体を国際政治の基本単位と見なし、非国家主体を排除するという批判が加えられることもありますが、モーゲンソーにその批判は当てはまりません。

4 道徳的要求と政治的要求との緊張関係を捉える

政治的リアリズムの問題は政治の法則を理解することですが、だからといって道徳の問題を無視するわけではありません。むしろ、道徳的要求と政治的要求との間に生じる緊張関係をありのまま捉えることが重要だと考えています。これが4つ目の原則です。

例えば個人の生活の範囲であれば、道徳の原則を何よりも優先して行動することはできるかもしれませんし、そのことを「正義を行わしめよ、たとえ世界が滅ぶとも(Fiat iustitia, et pereat mundus)」という古いラテン語の格言で正当化できるかもしれません。そのようなことができれば、その人物の道徳的潔さは称えられるはずです。

しかし、一国の指導者が同じような行いをすれば、それは国家の滅亡に繋がりかねないとモーゲンソーは指摘します。あらゆる政策課題において道徳的な原則を適用すれば、それはたちまち政治の法則にとって非合理的な決定となってしまうでしょう。しかし、政治的リアリズムはあらゆる政治家が道徳の問題を無視できるわけではないとも考えます。

政治家は道徳的要求と政治的要求をどこで妥協させながら職務を遂行しているのであって、政治的リアリズムにとって、その妥協がどのようなものであるかを見極めることが重要です。それを見極めるためには、行動の結果に注目しなければならないともモーゲンソーは述べており、「あれこれの政治行動の結果を比較考慮すること」を意味する「慎慮(prudence)」こそが政治家の資質を決める美徳だとも強調しました。

5 国は自らの欲望と行動を普遍的道徳で偽装する

さらにあらゆる国が自らの特定の欲望や行動を世界規模に適用される道義によって偽装したくなると想定することも、政治的リアリズムの重要な原則です。モーゲンソーは次のように述べています。

「国家はすべて、彼ら自身の特定の欲望と行動を世界の道義的目標で装いたくなるものである。しかも、ほとんどすべての国家は、長期間にわたってこの誘惑に打ち克つことができなかった」

すでに政治的リアリズムは力によって定義される利益を追求するものとして、あらゆる政治家の考えや行動を分析することは説明しましたが、それが必要となる理由がここで示されています。

あらゆる国がどのような道義的な正当化を試みているとしても、結局のところその根底にあるのは自らの利益であると想定することは研究者にとって必要なことです。なぜなら、そのような態度をとることによって、研究者は研究の対象である国や政治家から距離を保ち、より公平に判断を下すことが可能になるのです

6 政治学はその自律性を守らなければならない

政治的リアリズムの原則の中で実践的な意味を持っているのは最後の原則です。それは次の引用文で示されています。

「知的には、政治的リアリストは政治的領域の自律性を主張する。それは、経済学者、法律家、および道学者がそれぞれの領域の自律性を主張するのと同じである」

政治的リアリストは、独特な視点で世の中の事象を眺めるので、周囲から誤解を招きやすいことをモーゲンソーは危惧していました。それでも、政治的リアリストの視点は他の学問分野が政治の問題について間違った主張を展開することを受け入れるべきではありません。

経済学者はある政策を見て、それが社会の富にどのような影響を及ぼすのかを考え、法律家はそれが法規に合致しているかを考え、哲学者は道徳的原則に合致しているかを考えます。しかし、政治的リアリストは、それが国家の力にどのような影響を及ぼすのかを考える人々です。もし法律家が国際政治の問題を解決するために、何らかの法律を導入すればよいという主張を振りかざすならば、政治的リアリストは政治学の領域に固有の性質があることを踏まえ、そのような一面的なアプローチが間違ったものであることを説明するべきです。

もちろん、これは政治学の自律性を守るための原則であって、他の学問との連携や他の学問の重要性を無視すべきという意味ではありません。モーゲンソーは政治的リアリズムでは、「人間性にはいろいろな側面がある」と認めた上で、「これら諸側面のうちのひとつを理解するためにはわれわれがその側面独自の条件でそれを扱わなければならない」と述べています。政治的な問題が社会科学のすべてではありません。

まとめ

以上が政治的リアリズムの6原則ですが、これらを受け入れることは簡単なことではない、ともモーゲンソーは論じています。一般に人々は自分が好ましいと思う政治的現実を研究の際にも投影してしまう傾向があるため、政治学の理論を学ぶためには、政治に対して抱いている理想を切り離す必要があります。これは心理的に抵抗を感じる作業ですが、これを乗り越えなければ政治学を理解することはできません。

これは他の学問分野にはあまり見られない問題であるともモーゲンソーは強調しています。ここで示した政治的リアリズムの原則を学ぶことで、理想と現実を区別し、政治学的な視点で物事を捉える態度を身に着ける重要性を理解して頂ければ幸いです。モーゲンソーの外交の4原則も併せて学べば、理解がさらに深まるでしょう。

参考文献

モーゲンソー著、現代平和研究会訳『国際政治:権力と平和』福村出版、1998年


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