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文献紹介 暴力によって選挙を操作する戦略が政治学者の注目を集めている

冷戦が終結して以降、少なくとも形式的に民主主義の制度を採用する国家の数は増加する傾向にあります。しかし、民族的、宗教的、社会的に分断された国家で平和的な選挙を実施することは容易なことではなく、発展途上国では選挙を操作する手段として暴力が用いられるケースがあります。このような選挙における暴力は最悪の場合には内戦が勃発する原因にもなってきました。選挙における暴力は現代世界の紛争形態として認識されなければならないでしょう。

世界各国の政治学者が選挙における暴力の問題に関心を抱くようになったのは、2000年代に入ってからのことであり、戦略的観点から分析が進んだのは2010年代以降のことではないかと思います。ここでは代表的な研究成果をいくつか紹介してみたいと思います。

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Wilkinson, Steven (2004) Votes and Violence: Electoral Competition and Ethnic Riots in India. Cambridge: Cambridge University Press.

インドの政治では、イスラム教徒とヒンズー教徒の民族的、宗教的な対立が暴動という形態で表面化する場合があります。『投票と暴力:インドにおける選挙競争と民族暴動(Votes and Violence: Electoral Competition and Ethnic Riots in India)』(2006)はこの暴動が選挙過程に影響を及ぼすことを意図し、戦略的に引き起こされていることを実証した研究であり、暴動を鎮圧する政府側の判断も、選挙での利害得失を踏まえて決定されると主張されています。ちなみに、暴動を戦略的に引き起こす政治的手法に関しては、別の著作『暴動政治(Riot politics)』でも詳しく分析されています(Berenschot, Ward (2011) Riot Politics: Hindu–Muslim Violence and the Indian State. New York: Columbia University Press.)。こちらの研究でも、やはり政治家が選挙で優位に立つために暴力を扇動することが行われていることが論じられています。

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Bekoe, Dorine A , ed. (2012) Voting in Fear: Electoral Violence in Sub-Saharan Africa. Washington, DC: United States Institute of Peace Press.

選挙と暴力が結びつくケースは、まだ民主主義が導入されて間もないアフリカ諸国で数多く観察されています。『恐怖の中での投票:サブサハラ・アフリカにおける選挙の暴力(Voting in Fear: Electoral Violence in Sub-Saharan Africa)』(2012)は冷戦終結後に確認されたアフリカにおける暴力的選挙の分析をまとめた論集であり、ケニア、ガーナ、ナイジェリアなどの事例が分析の対象になっています。興味深いのは、選挙における暴力は、他の軍事紛争の形態とはっきり区別することが可能な事象であると主張されていることであり、それまでの紛争とは異なった独特な分析枠組みが必要であると提案されています。アフリカにおける選挙と暴力の関係に関しては、オックスフォード大学の政治学百科事典でよくまとまっているエントリーがあるので、ついでに紹介しておきます(Laakso, Lisa (2019) Electoral violence and political competition in Africa. Oxford Research Encyclopedia on Politics)。

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Birch, Sarah (2020) Electoral Violence, Corruption and Political Order. Princeton, NJ: Princeton University Press.

こちらの著作は特定の地域に限定することなく、選挙における暴力の行使とその影響を比較政治学のアプローチで研究したものです。基本的に選挙で暴力が行使されることが多い国は、行政に汚職が蔓延しており、それを指導する政治家も腐敗している傾向にあります。選挙制度が導入された場合、政治家は有権者に対して説明責任を課せられるため、より公平中立な行政サービスを提供するようになると想定されることが多いのですが、必ずしもその構図が当てはまる場合ばかりとは限らないことが分かります。このような問題を解決する手段として、国際的な選挙支援を利用する方法があり、その有効性を主張する研究も出されています(von Borzyskowski, Inken (2019) The Credibility Challenge: How Democracy Aid Influences Election Violence. Ithaca, NY: Cornell University Press.)。

ただ、国際的な選挙支援を導入することの有効性に関しては議論の余地があるというのが私の個人的な見解です。選挙監視団は現地の政治情勢を日ごろからフォローしていないため、どの選挙区でどのような勢力が存在するのか、どのようなリスクがあるのかを評価することが難しいためです。その意味で、常日頃、政治情勢を調査している組織の方が選挙における暴力の監視においては効率的に活動できると思います。

今回の記事では学術誌に掲載されるような論文は紹介しませんでしたが、2010年代以降に続々と成果が出てきています。権威主義的な政権が選挙を不正に操作する手法としても注目することが重要だろうと思います。選挙制度の下で繰り広げられる暴力的な権力闘争のメカニズムを理解することができるようになれば、革命や内戦の研究にとっても有益な知見となることでしょう。

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