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論文紹介 なぜ武力による征服を止められない国家が存在するのか?

現代の先進国の間では武力で他国の領土を獲得することを目指す対外政策は行われなくなっています。戦争で支出する費用の多さに対し、便益がわずかしか見込めないことや、軍事行動の結果が不確かであり、あまりにも収益性が悪いなど、さまざまな理由があります。もちろん、現代の国際法の下では、他国の領土を武力で奪い取る侵略は違法化されていることも忘れてはなりません。

それにもかかわらず、現代世界においても領土紛争が完全になくなったわけではありません。わずかな領土を手に入れるため、なぜ莫大な資金を支払うことを許容する国家があるのでしょうか。一部の研究者らは、その国家の経済構造の特徴が対外政策に影響を及ぼしているためではないかと考えています。

Markowitz, J. N., Mulesky, S., Graham, B. A., & Fariss, C. J. (2020). Productive pacifists: The rise of production-oriented states and decline of profit-motivated conquest. International Studies Quarterly, 64(3), 558-572. DOI: 10.1093/isq/sqaa045

この論文の著者らは、国家の収入源がどのような経済構造に依存しているかによって対外政策の選択が左右されると論じています。

基本的に各国の政治家は可能な限り政権を維持することを目指しており、そのためには政府の歳入を拡大しようとしています。歳入を増やす方法としては、経済理論的に投資を行って資本を強化し、生産する財やサービスの付加価値を高める方法が考えられます。

しかし、もし産業に占める農業や鉱業の割合が非常に大きい場合、土地から上がる収益に歳入を依存せざるを得ない場合があるとも考えられます。このような経済構造を持つ国家は、対外政策の選択において他国の領土の獲得に関心を持つ傾向を強めるはずだと著者らは考えています。

より厳密に分析するためには、石油や鉱物の採掘を重視する鉱業と、再生可能な食料の生産を重視する農業との間にある経済構造の違いを考慮すべきでしょう。また、工業化の途上にある国では、都市化が進み始めて農業経済の割合が減りつつも、依然として国民の大多数が農業所得で生計を立てている状況も考えられます。

著者らはその国家の経済活動が土地に依存する程度を定量的に分析するために、著者らは土地指向性(land orientation)という指標を作りました。この指標を使って、著者らは土地指向性が高まるほど、その国家は武力で他国の領土を獲得しようとする確率が高まるという仮説をデータで検証しようとしています。

1816年から2001年までに発生した領土紛争に関するデータ、さらに交戦国の経済構造の土地指向性を示すデータを組み合わせて分析を行ったところ、この理論は19世紀以降に世界各地で発生した領土紛争の原因をかなりの正確さで説明できることが確認できたと著者は主張しています。興味深いのは、この関係は分析対象を民主主義国に限定しても、権威主義国に限定しても揺らがなかったことです。

いわゆる「資源の呪い」に関する数多くの研究で示されているように、いったん資源採掘の収益に歳入を依存するようになると、既得権益を守るために政治家は既存の経済構造を温存しようとするため、新たな公共投資を行うことが妨げられるとも考えられます。例えばロシアは天然資源の採掘で得られる収益が大きいために、長期的な経済発展が見込める情報通信産業など他の部門への投資が妨げられています。

研究で使用可能なデータに制約が多いため、さらに追加の検討を行う必要は残っていますが、著者らの研究成果を踏まえると、現代世界でも武力によって新たな領土の獲得を目指すことを止められない国家が存在する理由が理解できます。同時に、この知見は20世紀の国際政治史を理解する上でも重要な視点であるかもしれません。

著者らの測定によれば、1939年に第二次世界大戦が勃発したときに国際社会で大きな経済力を有する上位25カ国のうち土地指向性が相対的に低いと判定できる国家はわずか5カ国にすぎませんでした。もちろん、著者らは歴史上の国際紛争のすべてが経済構造だけで説明すると主張しているわけではありません。

また、土地指向性が低い経済構造を持つ国家であったとしても、希少な資源を確保するために、あるいは輸出に適した市場を確保するために軍事的手段を使用することは理論的に考えられるでしょう。いずれにしても、国家は歳入を最大化するために合理的な戦略を選択するという視点を持っておくことは、武力行使のリスクを見積もる上で参考になるはずです。

見出し画像:U.S. Department of Defense

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