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なぜ大国の脅しが失敗するのか?: Coercion, Survival, and War(2015)の紹介

国力に優れた大国は、自国の要求を他国に押し付けやすくなるというイメージがありますが、実際には譲歩を引き出せる場合ばかりではありません。国家間の能力で明らかに劣っている小国は、大国と武力紛争になれば勝ち目がないことを認識していますが、それでも外交において譲歩することを頑なに拒むことがあります。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。

フィル・ハウン(Phil Haun)は2015年の著作『強制・生存・戦争:なぜ弱小国がアメリカに抵抗するのか(Coercion, Survival, and War: Why Weak States Resist the United States)』において、大国が小国に受け入れ不可能な過剰な要求を突き付ける傾向があるためであると考察しています。アメリカの事例を使ってそのことを実証しようとしています。

Haun, P. (2015). Coercion, Survival, and War: Why Weak States Resist the United States. Stanford University Press.

著者はこの研究の題材として第二次世界大戦以降のアメリカの外交史を取り上げています。アメリカはその国力の優位を背景として、さまざまな中小国に対して強制(coercion)を繰り返してきました。しかし、外交的手段だけで紛争を処理できず、本格的な軍事行動に移らざるを得なかったり、また要求それ自体を取り下げなければならなかった場合もありました。

著者の調査結果では、1950年の朝鮮戦争から2011年のアラブの春に至るまでの間にアメリカが試みた強制の事例は23件あり、そのうちで失敗しているのは12件です。ここでの強制は、恐喝のために限定的で小規模な武力の行使を意味しており、武力行使には至らない強制外交(coercive diplomacy)や武力行使を主体とする力づく(brute force)とは概念的に区別されています。アメリカの国力が多くの国々に対して総じて優越してきたことを考えれば、強制の成功確率は決して満足できる水準にはないことが分かります。

この理由について著者はアメリカが突き付ける要求が相手におって許容できない範囲に拡大するためであると説明します。アメリカは、自国が能力で優越していることを明確に自覚しているからこそ、交渉相手にとって受け入れ可能な範囲から大きく逸脱した要求を出すことがあり、結果として合意を形成することに失敗するというものです。

一般に国家の領土的一体性、政治体制の存続可能性などを損なうような要求は、国家の指導者にとって死活的利益に関わる要求であると認識されます。死活的利益は、体制の存続や指導者の生存に直結するため、圧倒的に不利な条件で武力紛争を遂行することになったとしても、指導者は軍事的に抵抗すべきと考えるだけの理由が発生します。つまり、自らの生存を脅かすような仕方で外交上の譲歩を行うことは、勝ち目が乏しい武力紛争に劣る選択肢であると捉えられるため、アメリカの強制は失敗すると著者は考えています。

ハウンの理論は、大国が中小国を強制で従わせることに失敗する理由として、中小国の国内政治上の制約を考慮してないことを強調していますが、これは過去の研究でも2レベル・ゲームという枠組みで説明されたことがあり、必ずしも独創的な発見とはいえません。しかし、著者はこの理論の適用を示すため、複数の事例分析を展開しており、具体的にどのような仕方で交渉が行き詰まるのか、その詳細を示しています。

合理的選択アプローチで組み立てた理論の妥当性を事例分析で実証することは簡単ではありません。歴史上の指導者の思考過程を追跡できるだけの十分な史料を確保することが難しいためです。そのため、著者の実証には限界がありますが、湾岸戦争やイラク戦争の前のイラクの外交政策については他の事例より史料の公開と調査が進んでいます。特に湾岸戦争が勃発する前のイラクがアメリカからの要求を拒絶した理由については、イラクの国内状況から交渉による解決が困難になった経緯を詳しく知ることができる内容になっています。

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