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ウクライナとロシアの戦争を想定した戦役分析をやってみた

ある授業でロシアとウクライナの関係を取り上げたついでに、戦役分析として行った結果を研究メモとして公開しておきます。ただ物騒な内容なので期間限定とします。あらかじめ申し上げておくと、資料的、分析的な価値がある分析ではありません。『ミリタリー・バランス』のいくつかのデータを使って予備的な分析を行ったにすぎません。

ただ、基本的なデータは一通りまとめているので、これから国際ニュースを追いかける方の参考になるかもしれません。より詳細な分析が必要となることがなければよいのですが、いずれアップデートした分析が必要になるかもしれません。

基礎的能力の比較

ウクライナの2020年の国内総生産は1420億ドルで、総人口は43,922,939人、労働生産性を考慮した一人当たりの国内総生産に換算すると3,425ドルです。同時期のロシアの国内総生産は1兆4600億ドル、総人口は141,722,205人で一人当たりに換算すると9,972ドルとあります。

軍事バランスの観点から経済力の比較を行う場合は、規模を重視して国内総生産で比較することもあれば、効率を重視して一人当たりの国内総生産で比較することもあります。国内総生産で比較する場合の比は1:10.28、一人当たりの国内総生産で比較する場合の比は1:2.91となります。

ウクライナ軍の兵力は現役が209,000名とされており、予備役が900,000名とされています。軍種別では陸軍が145,000名、海軍が11,000名、空軍が45,000名、空挺軍が8,000名、特殊作戦部隊の兵力は不明です。これに加えて準軍隊(paramilitary)として102,000名が計上されています。準軍隊を除外した上でウクライナ軍の理論上の総兵力を計算すると1,109,000名ということになります。

ロシア軍の兵力は現役で900,000名とされており、陸軍が280,000名、海軍が150,000名、空軍が165,000名、戦略ロケット軍が50,000名、空挺軍が45,000名、特殊作戦部隊が1,000名、鉄道部隊が29,000名、指揮及び支援が180,000名とされています。準軍隊は554,000名であり、予備役で2,000,000名という数値が示されています。準軍隊を除外した総兵力は2,900,000名となります。

一般的に総兵力の比較は戦争の結果を予測する上であまり意味がないと言われており、むしろ国内総生産に注目した方が予測の精度は高いとされています。今回のケースでは、総兵力の比でも2.61でロシアが優位に立っているので、全般的にロシアが優勢であるという判断に変わりはありません。このことを踏まえた上で戦役分析を行います。

戦闘力の比較

戦争のリスクを判断する場合、全般的な優劣よりも、局地的な優劣の方がはるかに重要であると言われています。つまり、ロシアが侵攻した場合に実際に指向される兵力が、ウクライナで防御する兵力に対してどの程度の優位に立つことができるのかによって、作戦の進展速度を考えることができます。ここではロシア軍の前進速度も推測してみます。

戦役分析の方法論についてここで詳しく解説する余地はないので、詳細は末尾に示した文献を参照してみてください。文献で示した分析要領を単純化してここでは議論を進めています。

大前提として述べておかないといけないのは、ウクライナの戦域で実際に両軍がどの程度の兵力を使用するのかは分かっていないということです。当事者であるロシア軍とウクライナ軍は大まかにそのデータを掴んでいるかもしれませんが、以下に述べることはすべて推測の域を出ないことをご了承ください。これは正確さを保証した予測ではなく、一つの思考実験として了解して頂ける方のみ読み進めてください。

CNNが12月9日に公開した記事では、ウクライナ政府の関係者が国境から260km以内に120,000名のロシア軍の兵力が集結しており、そこには陸上兵力だけでなく、海上兵力と航空兵力も含まれていると語ったことが報じられています(Ukrainian military report says Russia boosted troops to 120,000 near border)。さまざまな作戦計画が考えられますが、ウクライナの首都キエフを占領することを視野に入れた大規模な侵攻が行われるという状況を想定することにします。また、アメリカをはじめとする諸外国が干渉するリスクを最小限に抑えるため、可能な限り短期間で戦争を終わらせることを目指しているとします。

ロシア軍の作戦部隊は火力よりも機動力の発揮を優先し、『ミリタリー・バランス』に記載があるロシア軍の主力戦車2,840両、歩兵戦闘車5,220両、装甲兵員輸送車6,100+両の70%を、火砲の4,684+門の30%を、作戦機1,160機の30%を指向できると想定します。したがって、ロシア軍が使用する兵力の規模としては人員120,000名、主力戦車1,988両、歩兵戦闘車3,654両、装甲兵員輸送車4,270両、火砲140門、作戦機348機とします。

先ほど示した通りウクライナ軍の兵力は現役に限定すると209,000名です。開戦の前後で予備役が召集されると思われますが、ロシア軍が短期戦を追求するという想定2を踏まえて計算から外します。この地域でウクライナ軍がどの程度の防御部隊を使用できるのかは分かりませんが、最悪の事態を想定し、首都の防衛のために一部の自治体の防御を放棄することも辞さないはずだと考え、総兵力の80%を使用すると想定します。

ウクライナ軍の主力戦車は858両、歩兵戦闘車は1,184両、装甲兵員輸送車は622両と『ミリタリー・バランス』で記されており、火砲は1,818門、作戦機はおよそ125機とされています。総兵力の80%を使用するという想定6から、戦役分析でウクライナ軍は人員167,200名、主力戦車686両、歩兵戦闘車947両、装甲兵員輸送車497両、火砲1,454門、作戦機100機と想定します。

戦役分析では、それぞれの装備品がどの程度の威力、価値を有しているのかを判断する必要があります。ただ、この分析を厳密に行うためには、両軍の装備品の性能諸元を細かく調べた上で、一定の手順に従って評価値を求める必要があります。この分析は全く異なった装備品を使用している場合では重要なのですが、ウクライナ軍は今でもロシア製の装備品を運用しており、西側の装備品への置き換えはすすんでいません。ここでは両軍の装備品の基本性能にさほど大きな違いがないと想定しました。ただ、両国の経済力には大きな格差があり、防衛産業基盤の能力で違いがあることは重要な点だと考えました。したがって、両軍の間には技術効率に起因する戦闘効率の差が2.91倍は生じると想定します。

装備品の価値を見積もる方法についてですが、ここでは人員1名の価値を標準として、戦車、歩兵戦闘車、装甲兵員輸送車の価値を50、航空機と火砲の価値を100とします。それぞれの装備が発揮できる火力を指数換算する方法を用いるべきところですが、作業工数の関係で省かせて頂きました。航空機により高い点数を付与するべきかもしれませんが、この時期のウクライナは気象要因で航空作戦が阻害されやすいことを考慮し、このまま分析を進めることにします。

以上の想定を踏まえて相対戦闘力を分析してみた結果は次の通りです。いろいろと数字を並べていますが、算数しか使っていないので、気軽に眺めてみてください。

ロシア軍
人員:120,000×2.91=349,200
車両:(1988+3654+4270)×2.91×50=1,442,196
火砲・航空機:(140+348)×2.91×100=142,008
総合戦闘力:1,930,404
ウクライナ軍
人員:167,200
車両:(688+947+497)×50=106,500
火砲・航空機:(1,454+100)×100=155,400
総合戦闘力:429,100

ロシア軍の戦闘力とウクライナ軍の戦闘力を比較してみると、人員で比較した場合とはまったく違った評価になることが分かると思います。ロシア軍にはウクライナ軍に対して4.5倍の優位がある計算です。ウクライナ軍は相当の苦戦を強いられると予想されます。

本来ならば、ここでさらに機動性、航空優勢、兵站支援などの要因を加味した分析を行うところですが、このまま作戦の進展速度に移ります。ロシア軍がウクライナ軍に対して4.5倍の優位があるとすれば機甲部隊の前進速度は1日あたり10kmから40km、機械化歩兵部隊の前進速度は8kmから30kmを覚悟する必要があると推定できます。ウクライナ軍の防御陣地の強度によって、この速度はかなり変動するでしょう。もし中間の値をとって、機甲部隊が1日25km、機械化歩兵部隊が1日19km前進できると想定するならば、ロシア軍は国境から300kmほど離れたキエフまで12日から15日で到達できるかもしれません。ただし、ここでは奇襲効果や空挺作戦の影響は考慮に入れていません。

繰り返しになりますが、これはあくまでも『ミリタリー・バランス』のデータを少し使った粗雑で予備的な分析にすぎません。ここで用いた分析の背後にある理論に関して興味がある方はDupuyの『Numbers, Predictions, and War』をご参照ください。私が個人で出版している『軍事学を学ぶ』で、Dupuyの定量化判定モデルは紹介したことがあるので、日本語で資料をお探しの方はそちらを参照してもらってもよいと思います。

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