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猟師、登山者が語る山の怪『恐怖箱 霊山』著者コメント・試し読み・朗読動画

「獣の道、霊の道。山にはもっと怖い道がある…」
山の怪談、大集結!

内容・あらすじ

猟師が語る山の怪
登山者たちの恐怖体験
山の神に纏わる禁忌

神宿り、魔が棲まう異界の恐怖実話33!

山に神あり、異形あり。猟師や登山者が山で遭遇した怪異を集めた恐ろしくも不思議な実話怪談集。
一族三代が山で聞いた奇妙な声。曾祖父がサンジンと呼ぶ謎の一家の正体は…「山の声」
かつて呪い屋が儀式を行った忌山。そこには立ち入ると死ぬスポットが…「持山」
山の洞窟で遭遇した不気味な老婆。老婆に名前を呼ばれた少年は返事をせずに逃げ帰るが…「呼ぶ山」
同じ場所に何度も出没するテント。中にはいつも犬の死骸が…「青いテント」、
突然山の景色が一変する怪異。季節外れのフキノトウに禍々しいものを感じた猟師は…「フキノトウ」
他、圧倒的畏怖と不思議に魅了される全33話!

著者コメント

 本作は「山」をお題に何かないかと著者陣にお伺いしてみました。
 山の怪談というのは、「村」「病院」「廃墟」「不動産」なんかと並んで定番中の定番なんですが、集まったものを見渡してみると「登山怪談」「山道ドライブ」「裏山」「山間の祠、神社」から、果ては「猟師怪談」まで案外幅広く出てきました。
 里山でなく、登山客の往来する山道でもない、我々が知っているようでいて実はまったく知らない「山」という聖域からもたらされたお話です。襟を正して御一読を。                                                              加藤 一/編著者

 山とは、異界。峠とは、この世とあの世の境目。けれどもその境界線は、我々が想像するよりもずっと朧なものなのです。
 今回取り上げた「峠」は、図らずもその境界線を踏み越えてしまった体験談。取材をする私も、手帳を文字で真っ黒に埋めながら山の奥へとずんずん没入していく感覚を味わいました。読者の皆様にも同様に感じていただければ幸いです。
 ちなみに、地図を開けばどこで起きた出来事かはある程度わかるかもしれませんが、現地の訪問はお薦めしません。一度足を踏み入れた異界から帰ってこられる保証はどこにもありませんから。   高野 真(「峠」筆者)

試し読み1話 

峠 (高野真/著)

 いつもの癖で指一本分開けたパワーウインドウから、雨粒とともに妙に生暖かい空気が流れ込んできた。草いきれと土の匂いが入り混じって、疲れ切った頭をかき混ぜる。
 この道、いつまで続くんだよ。花園さんは独り言ちた。

 四半世紀ほど前。商用で出かけた新潟からの帰り道のこと。
 夕陽を背に受けつつ磐越道を流し、県境の山越えに差し掛かろうとしていたのだ。
 電光掲示板に「ここで出よ事故通行止め」の文字、これがけちの付き始めであった。
 磐越道は日本海側と東北とを結ぶ大動脈である。トラック、ダンプ、タンクローリー、乗用車、商用バン、またトラックと、ぞろぞろと列をなして一般道へ流れ出す。
 けれども、行きつく先は皆同じ国道四十九号である。片側一車線、山の中の一本道にテールランプが延々と続く。四方から沁み出してきた夜が周囲を黒く染め、クリスマスのイルミネーションのようにも見えた。
 のろのろと少しだけ動いて車列は停まり、思い出した頃にまたのろのろと動く。
 喉が渇いても車窓は木々ばかり、腹が減っても森ばかりである。
 これでは仙台に帰り着くのは、今日中どころか朝になっても無理かもしれない。
 花園さんは道路地図を取り出した。何処か、抜け道はないのか。室内灯をぱちんと灯し現在位置を想像し、あてもなく指を走らせる。
 南へ北へ、山中を縫うように流れる阿賀川。可能な限り直線ルートで会津へ向かおうとする国道四十九号。その北側に、あるときは阿賀川に、あるときは飯豊山地の山裾に沿って、集落の合間を進む道が描かれている。
 通ったこともない道だが、一応は国道らしい。青い案内標識を見るやすぐにハンドルを左へ切った。

 その国道は、しかし、選択したことをすぐに後悔させるルートであった。
 センターラインは程なくして姿を消して、林道に毛の生えた程度の細道がずんずんと山奥を目指していく。真っ赤な鉄橋を越えると武骨なスノーシェッドが覆いかぶさって、その合間に幾つものトンネルをくぐる。オレンジ色のライトに照らされた岩肌には湧水が流れ、あたかも巨大生物の食道に飲み込まれたかのようである。
 トンネルを抜けたかと思えばガードレールからはみ出した枝がボディを容赦なく叩き、荒れた舗装に穿たれたあばたを踏むたびにCDが音飛びをした。同じ箇所を繰り返したかと思えば、突然何小節も先に旋律が移る。
 お気に入りの曲を台無しにされた花園さんは、パネルを叩いてラジオに切り替えた。
 こんな山中でも電波を拾っているのは幸いであったが、DJの軽口にも流行りの曲にもまともに耳を傾けることなどできはしない。
 カーブを一つ曲がるたび、アップダウンを一つ越えるたび、地の果てへ分け入っていくような気がした。路傍には一軒の人家もなく、いや、家の形をしたものが建っていても、無人であるのか明かりが灯っていなかった。
 路肩へ転がり落ちぬように気を取られながら、目線はチラリと腕時計へ落とす。
 まだ二十一時だぞという思いと、もう二十一時なのかという思いが同時に去来する。
 途中、無人駅を思わせるコンクリート製の小箱にだけ電気が灯っていたが、弱々しげにちらつく蛍光灯は却って瀕死の羽虫を思わせて花園さんの気持ちを暗くさせた。

 いつの間にか降り始めた雨が、フロントガラスに斑点模様を作り出す。
 靄とも霧とも付かぬ白いものが、じわりじわりと山襞から這い出してくる。
 ただでさえ乏しい視程が、どんどん落ちていく。今何処にいるのかすら分からない。
 ただ、惰性で前へ進んでいるのだ。もはや心も萎えている。頭が朦朧としている。
 この道、いつまで続くんだよ。何度目かの独り言である。
 電波もいよいよ入りづらくなったと見えて、DJの声が次第に弱まった。
 軽妙な語り口は朴訥としたものになり、気付けば声の主は女性に変わり、途切れがちな電波の中で漏れ聞こえるそれは何やら同じ言葉を繰り返しているようであった。

「何処から来たの」
 不意にはっきりと聞こえた台詞は、カーステレオからではなく、もっと近いところから発せられたように思われた。
 いや、もしかすると、電波が再び入り始めたのかもしれない。
 一度パネルに視線を落とした花園さんは、顔を正面に戻して今度こそ悲鳴を上げた。
 いる。立って、いる。ずらりと、いる。
 右へ左へ七曲りする峠道、崩れかけの路肩、何処までも広がる杉林。路傍に並ぶ木々の合間に照らし出される、女、女、女。一体何人いるのか数えきれない。
 皆同様に半袖丈の、くすんだ色のワンピースを着て、だらりと伸びた腕は異様に白く長い。襟から上がこちらを向いているような気がして、それ以上は見ていられなかった。
 右足に力を込める。エンジンが呻りを上げる。
 視界の隅を森が、並んだ女が通り過ぎていく。女は皆、同じ顔をこちらに向けている。
「何処から来たの」
 カーステレオは相も変わらず同じ台詞を繰り返す。
 びたん。ばたん。びた、ばた。びた、ばた。ばたばたばたばたばたばた。
 濡れた雑巾をボディに叩きつけるような音が後方から聞こえてくる。
 自分の車に何が起きているのか、想像したくもなかった。
 決して追いつかれてはならぬ。更にエンジンを回す。速度計の針は八十キロを指そうとしている。タイヤがキュルキュルと叫ぶ。

 集中力が限界に達しかけていたそのとき、不意に視界が真っ白になった。
「工事中通行止め」の看板。くるくる回る赤色灯。居並ぶ重機。
 即座にブレーキを踏み、三角コーンぎりぎりのところで何とか行き足を止める。
 面倒臭そうにやってきたガードマンが、投光器の明かりを背にして言った。
「この先、道路拡幅工事で通行止めなんだけどなぁ」
 そんなことを言っている場合じゃないんです、行かせてください。
「さっきから看板出してたんだけど、お宅、見なかった?」
 早く車を出さないと、追いつかれてしまうんですよ。
「ここで車回していいから、戻ってくれないかな」
 女がそこまで追っかけてきてるんですよ今更引き返せる訳がないじゃないですか。
 花園さんは思わず声を荒らげた。杉林に同じ女が何人も並んでいること、車を無数の手で叩かれたことをこれでもかと言わんばかりにまくしたてた。
 信じてもらえないのではないか、頭の変な奴と思われるのではないかといった迷いは、一切なかった。否、迷っている余裕がなかったのかもしれない。ただ、伝えたかった。
「ああ、あんたもあれ見たのか。でも、ほんとにこの先は通れないしなぁ」
 そう言うとガードマンは、無線で誰かを呼び出した。

 結局、花園さんは元来た道を引き返したのである。ただし、建設残土を積んだダンプが先導につき、花園さんの隣には土木作業員の姿があった。路肩を見誤って事故を起こすと危ないから、と手を挙げて乗り込んでくれたのだ。
 工事を始めるに当たって、地鎮祭の類を一切行わなかったこと。仲間が何人も同じ目に遭っていて、それが原因でいつまでも工事が終わらないこと。  あれが何なのか皆目見当も付かないが、とにかく、ここは陽が落ちてから一人で通るような道ではないこと。
 道すがら、疲れ切った表情でそんなことを作業員は語った。

「あれ、お客さん、これ何なんすかねぇ?」
 ガソリンスタンドの店員が素っ頓狂な声を上げた。
 そうだろう、何も言わずとも分かっているのだ。手形がびっしり付けられた車を、何の説明もなく洗車に出したらこんな反応がくることは、予想は付いていた。
 ――ああ、すみませんね。多分近所の子供が悪戯したんだと思うんです。こんなに手形付けて、困っちゃいますよね。
 やれやれと言った表情を作って、花園さんは釈明した。
「いや、違うんす。ほらこれ、リアワイパーに」
 何本も何本も執拗に絡みついた長い黒髪を指で引き抜きながら、店員は言った。
 車は、その日のうちに手放した。以来、どんなことがあってもこの峠は通らない。

ー了ー

朗読動画

6/28 18:00公開予定

編著者紹介

加藤一 (かとう・はじめ)

大阪府生まれ。2009年、「今昔奇怪録」で第16回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。著書に受賞作を収録した『今昔奇怪録』『首ざぶとん』、実話怪談では「脳釘怪談」シリーズ。共著に「怪談五色」シリーズ、『京都怪談 神隠し』など。
【共著】
つくね乱蔵
神沼三平太
久田樹生
服部義史
若本衣織
高田公太
松本エムザ
渡部正和
ねこや堂
内藤駆
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