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最恐都市川崎の実話因縁怪談集『川崎怪談』(黒史郎&平山夢明特別寄稿)まえがき&試し読み2話大出血公開

戦慄!最恐都市・川崎の実話因縁怪談集

地元在住ホラー作家が徹底取材
特別寄稿:平山夢明

あらすじ・内容

川崎区殿町に吹く不吉な風
地蔵の顔をも溶かす多摩川の恨み
今も跡地に影響を及ぼす陸軍登戸研究所
入った者が祟りで死んだ多摩区浄水場
心霊スポット八丁畷駅周辺の怪異

神奈川県では横浜市の次に人口が多い川崎市は、工業地帯として発達した一方、怪異や人の業が渦巻くダークな都市でもある。
各地の土地の因縁話の蒐集をライフワークとする著者が川崎の膨大な資料・文献から厳選した奇妙な話の行方を綴ったマニアックな実話ご当地怪談集。

・大手自動車工場に勤める男のもとに奇妙な電話がかかってくる「水底から」(川崎区)
・橋脚に現れた少女の姿にまつわる土地の怪異「橋脚の少女」(高津区)など。

また、川崎市出身の平山夢明がとっておきの川崎怪談を寄稿。自殺が多発する団地の近くにある食堂では…「とんかつ豚次」(幸区)ほか収録。

著者コメント

 地図を見ていると、何やら因縁のありそうな不穏な地名が見つかることがあります。その由来が地史にもネットにも見当たらないと、とても気になります。そして、そういう場所を掘り進めてみると、まれに怪談が見つかることがあるのです。この本の執筆時にも、川崎の土地にまつわる奇妙な話を色々と見つけることができました。
「橋脚の少女」を推薦の一話に選んだのは、もっとも知られている川崎怪談だと思ったからです。この「少女」は新聞やラジオでも話題になりました。ぼくは小さい頃から川崎のすぐ隣の町に住んでいましたが、交通事故にまつわる怪談はよく耳にしていました。そういう交通怪談の代表的な話だと感じたのです。

試し読み

橋脚の少女(高津区)

 昭和の頃、高津たかつ新作しんさくでは〝少女〟が現れて話題となった。
 少女の背丈は三メートルほど。顔もなにもないどころか厚みもない。
 それは、少女の形のシミである。
 場所は橘中たちばなちゅう前交差点から南に約三十メートル行った市道二子千年ふたごちとせ線の中央分離帯。
 そこに林立する第三京浜の橋脚の白っぽいコンクリートの表面に、地面から三メートルほどの高さがある濃い灰色のシミが浮かんだのだが、それが少女の姿に見えるというのだ。
 昭和六十年五月三十一日の読売新聞でも記事になっている。
 三メートルの少女――というのもすごいが、なぜそのシミが少女なのかは理由がある。
 問題のシミが現れたのは記事が書かれた六年前とあるので昭和五十四年。その約一年前に橘中前交差点で付近に住む少女が死亡する交通事故があったのだという。第二次交通戦争と呼ばれる時期の少し前だ。

 また交通事故ではなく、何者かに殺害された少女であるという話もある。橋脚にコンクリートを詰めた際に少女の死体を埋め込んでおり、雨が降るとその姿が浮かび上がってくるのだそうだ。こちらは殺人と遺体遺棄なのでまったく話は違ってくるのだが、根拠となるような事件の記録は見当たらない。近いとすれば少女のシミが現れた翌年の五十五年、同区の東名高速道路ガード下でミイラ化した女性の遺体が発見されている。左手の中指に十八金のカマボコ指輪をしていたといい、こちらは少女の年齢ではなかった。
 話を戻そう。「橋脚の少女」の記事によると、付近の住人やタクシー運転手のあいだではこんな話がささやかれていたそうだ。
 雨の降る深夜、この橋脚のほうから生温かい風が吹いて、女性の声で「助けて、助けて」とかすかに聞こえてくる、と。
 また、シミは暴走族のカラーペイントによる落書きでも消えることはなく、そのような悪戯いたずらをした者は交通事故に遭うといった祟りがあったのだそうだ。
 一時は大変話題になり、マスコミも駆けつけ、橋脚の少女をひと目見ようとわざわざ雨の夜にやってくる弥次馬もいたという。
 記事の終わりには、これ以上騒ぎが大きくなることを懸念した日本道路公団第三京浜道路管理事務所は、近く供養したうえでシミを消すことにしているとあり、現在、橋脚は白く塗装されているので少女の姿は確認できない。
 だが、私は道路公団による供養は行われたのか、少し疑問に思っている。その理由は次の話で書くことにする。

 これはまったくの余談と妄言になるが、少女のシミが現れた「新作」という地名の由来ははっきりしないそうだ。一説では「しん」は「浸む」、「さく」は「迫」ではないかという。台地が谷戸やとに迫って入り込む地形だから、ということだが、私は「浸」「迫」の二文字を見て、交通事故で犠牲になった少女の恨みが橋脚に「浸」み込み、自分の命を奪った車を見つけてシミからむくむくと「迫」り出す姿を想像してしまった。

―了―

著者紹介

黒 史郎 (くろ・しろう)

小説家として活動する傍ら、実話怪談も多く手掛ける。「実話蒐録集」シリーズ、「異界怪談」シリーズ『暗渠』『底無』『暗狩』『生闇』『闇憑』、『黒塗怪談 笑う裂傷女』『黒怪談傑作選 闇の舌』『ボギー 怪異考察士の憶測』『実話怪談黒異譚』ほか。共著に「FKB饗宴」「怪談五色」「百物語」「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」各シリーズ、『未成仏百物語』『黄泉つなぎ百物語』など。

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