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幾度も書くのを”邪魔された”曰くつきの禁忌譚!『怪談禁事録 ハカが見える』(営業のK/著)著者あとがき抜粋&収録話「母親」全文掲載

幾度も書くのを”邪魔された”曰くつきの禁忌譚!


内容・あらすじ

「存在しない墓が見えたら終わり」
介護施設の記憶ゲームで起きた不気味な事件。
連鎖する死のルールは…
(「ハカが見える」より)

本来触れるべきではない領域にある話、本能が忌避するような怪異ばかりを集めた怪談集。
・介護施設で行われた複数の絵を記憶するゲーム。ある人が存在しない墓の絵があったと言い出して…「ハカが見える」
・1枚の人身事故画像にとり憑かれた男。事故について調べるうち恐ろしい事態が…「7センチの隙間」
・家に母親が二人いるという女性。一人は生みの親、もう一人は生きていない存在だというが…「母親」
・水死体のあがった日は海で殺生をするな。船頭の忠告を無視した釣り人の末路…「戻り恵比寿」
・ある二階建て家屋の調査に赴いた不動産会社の社員。家の中に入るも階段が見当たらず、同行の女性に異変が…「土地家屋調査」
他、禁忌の扉がいま開く!

著者あとがきより

 怪談を書いていてつくづく思うのだが、怪談というものは余程の危険な話でなければ黙読したり、誰かが朗読したものを聴いたりするだけならば、さほど問題はないのだと思っている。
 せいぜい怖い夢を見るか、身の回りで少しだけ不思議な出来事が起きる程度だ。
 ただ、この本に関して言えば、声に出して音読することや、朗読して誰かに聞かせることは避けたほうがいいと思う。
 言霊というのは、文字通り言葉に霊が乗ってしまうものだ。
 もしかしたら想定外の怪異に遭遇してしまうかもしれない。
 もっとも、怪異を恐怖として書き綴るという最も危険な禁忌を犯している私が言うのも説得力のない話ではあるが……。
 今回も、いや今回はとくに、執筆中の怪異が激しく恐ろしいものだった。
 より恐怖を伝える文章を綴るために、ずっと自ら禁止していた深夜の執筆を復活させたことも原因のひとつに違いないが、今回起こった霊的な現象は明らかにその話を書かせまいと邪魔する意思を感じた。そこを押し切って書こうとするのが悪いのかもしれないが、それにしたって恐ろしいことが多すぎた。
 そんな中で綴りきった数多の曰くつき話がこの本には収録されている。そのことだけはご承知おきいただきたいと思っている。

1話試し読み

母親

 干場さんには物心ついた時から母親が二人いた。
 父親の再婚による義母であるとか、そういう話ではない。
 一人は生みの親で、もう一人はきっと血は繋がっていない。
 きっと……と書いたのは血が繋がりの有無は彼女にもわからないからである。
 もしかしたら薄いながらも血の繋がりがあるのかもしれない……あったらいいなと思っているが、彼女にそれを調べる術はない。
 ここまで書くとある程度は想像できるかもしれないが、彼女にとってのもう一人の母親というのは生きている存在ではない。
 幼い頃はそれに気付かず、家族や親戚から変な目で見られることもしばしばだったというが、そのうちにもう一人の母親の姿が彼女以外の人間には視えていないことに気付き、それからは学んだ。言動に注意するようになったので、妙な目で見られるようなこともなくなったという。
 彼女を生んだ本当の母親が毒親で、もう一人の母親が精神的な辛さの中から生まれたイマジナリーフレンドのようなものだったかというと、それも違う。
 生みの母はいつも優しかったし、なんでも好きな物、望んだ物を彼女に買い与えてくれるような人だった。
 対するもう一人の母親は、時には厳しく睨んできたり、叱るような素振りを見せることもあったが、常に彼女の傍にいて離れることはなく、声を発することもなかった。
 だから、少し意地悪な言い方をすれば、彼女は幼い頃からその時の気分や都合によって二人の母親の存在を使い分けてきた。
 そんな彼女が高校生の時に大きな変化があった。
 両親が離婚することになったのだという。
 父親とはお世辞にも良好な関係ではなかったので、当然のごとく彼女は母親と一緒に暮らすことになった。
 元々共働きの家庭で、母親も正社員として働いていたので、特に生活が苦しくなるようなことはなかった。
 それどころか、離婚して二人で暮らすようになると、母親はそれまで以上に高価な物を頻繁に彼女に買い与えるようになった。
 そして、もう一人の母親はというと、引っ越してからも相変わらず彼女に付いてきており、次々と高価な物を買い与えられる彼女の様子を見るたびに、不安げな表情を見せていた。
 だが、なぜそんな不安そうな顔をするのか、当時の彼女はまるで理解できていなかった。

 ある夜、彼女は真夜中に大きく揺り起こされた。
 とにかく眠くて、部屋の中には異臭が充満し、ほとんど息ができなかった。
 目の前にはもう一人の母親の顔があった。
 なぁに? もう、いいよ。
 このまま寝ていたいの……。
 だから放っておいて……。
 声にならない声でそう呟くと、もう一人の母親は鬼のような恐ろしい顔になり、彼女を強引に引きずっていった。
 薄れゆく意識の中で、
 こんなに恐ろしい顔は初めてだな……。
 でも、なんでこんなに怒っているんだろう?
 そんなふうに考えていた。

 彼女が意識を取り戻したのはそれから二日後のことだった。
 警察からは母親による無理心中だと聞かされた。
 何がなんだかよくわからなかったし、頭の整理もついていなかった。
 しかし、病室の中にはいつものようにもう一人の母親の姿があり、心配そうにずっと彼女を見守っていた。
 その姿を見るまでは、実はこう思っていた。

 別にお母さんと一緒に死んでも良かったのかな……と。

 しかし、もし一人の母親の心配そうな顔を見ていると、やっぱり死ななくてよかったんだと思えるようになったという。
 その無理心中で生みの母親は死んでしまい、彼女にはもう一人の実体のない母親だけが残った。
 とはいえ、なぜかそれほど寂しさは感じていないのだという。

「別にどちらのほうが愛情深かったかとか、私自身がどちらに依存していたのかとか、そういうのは関係ないんです。実の母親は私と無理心中しようとし、きっともう一人の母親はそれを止めてくれた。どちちがいいとか悪いとかもない。どちらの母親も私にとっては大切な母でした。でも、私を常に見守ってくれ、時には厳しく導いてくれているもう一人の母親がいてくれて良かったな、と今では心から感じています」

 ここまで聞くと悪い話ではないように思えるが、実はそんな簡単な話ではない。
 嬉しそうにそう語ってくれた彼女には現在、母親だと名乗るモノが全部で31体いるのだという。
 それをまた嬉しそうに話す彼女には、何か薄気味悪さと猛烈な違和感を抱かずにはいられない。
 それらの母親の姿は……。
 者ではなくモノと表記し、31人ではなく31体と書いたことからご想像いただければ、と思う。

―了―

★著者紹介

営業のK(えいぎょうのけー)

石川県金沢市出身。
高校までを金沢市で過ごし、大学4年間は関西にて過ごす。
職業は会社員(営業職)。
趣味は、バンド活動とバイクでの一人旅。
幼少期から数多の怪奇現象に遭遇し、そこから現在に至るまでに体験した恐怖事件、及び、周囲で発生した怪奇現象をメモにとり、それを文に綴ることをライフワークとしている。
勤務先のブログに自身の恐怖体験を執筆したことがYahoo!ニュースで話題となり、2017年『闇塗怪談』(竹書房)でデビュー。主な著書に『怪談禁事録』、「闇塗怪談」シリーズ、共著に『呪物怪談』『呪術怪談』『黄泉つなぎ百物語』『実録怪談 最恐事故物件』など。

シリーズ好評既刊

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