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誰もが口を噤む禍々しさを纏った怪談集『怪談怖気帳 地獄の庭』(黒木あるじ/著)著者コメント+収録作「のこびき」全文公開

その禍々しさに誰もが口を噤む!

あらすじ・内容

「なにがあっても絶対に入ってはいけない!」
家の庭の片隅にある〈じごく〉と呼ばれる場所。
誰も教えてくれない絶対禁忌の謂われとは―― 「地獄の庭」より

どの話も禍々しく、奇しく、なんとも得体が知れない──怪談イベントなどで黒木あるじが取材してきた多くの怪談の中からさらに不穏な話を選りすぐり収録。
・旧家である実家の庭の片隅でいったい何があったのか「地獄の庭」
・一緒に写っている者の正体とは…「卒業写真のあの人は」
・後輩に誘われて行った店の奇妙な違和感「よくない店」
・子供の頃に拾った猫、ちょっと変で…「むかで猫のムム」
・迷信嫌いの父親が、あの話をした日のこと「月と人魂」
・兄弟喧嘩のはざまに得た恐怖のわけ「あの日の喧嘩」など48編。
どの話からも滲むのは不穏な気配、思わず出る身震いを愉しんでほしい。

著者コメント

 2023年、私は『怪談怖気帳』なる題名の書籍を上梓しました。
 怪談イベントや講演で来場者より拝聴した〈奇妙な体験〉を記している取材ノート、通称【怖気帳】のなかから逸話を選りすぐった怪談本です。執筆に際しては採録日時や場所、話者の属性など克明に表記し、文章も口語で綴ってみました。それにより読者も怪談取材の〈現場〉を追体験できるのではないか──そう考えての試みです。
 その目論見が成功したか否かは読者諸氏の判断に委ねますが、そんな縛りをおのれに課したおかげで、いささか難儀な事態も発生してしまいました。載せられない体験談が一定数発生したのです。「何処で誰が語ったか明かさない」「地名や時代の詳細を記さない」などの条件つきで語ってくださる話者は少なくありません。つまり、前作のように明確な日時と場所を記す形式では掲載が難しくなってしまうのです。
 なぜ、彼ら彼女らがそれほどまでに秘密保持を乞うのか──理由は明白です。
 どの話も禍々しいから。あやしいから。なんとも得体が知れないから。
 どうやら、あまりの不気味さと荒唐無稽さゆえ「まんがいち自分が体験者だと周囲に知られては正気を疑われかねない」との不安から、みな仔細を隠そうとするようです。反面、それは第一級の奇談、上質の怪談という証左にほかなりません。 
 私はおおいに煩悶しました。話者の事情も理解できるものの、このまま埋もれさせてしまうのはあまりにも惜しい。できれば拝聴した場の空気ごと読者へ届けたい。
 悩んだすえ、本書は話者が許す範囲で日時や場所などを表記し、文体も本人の口調に準拠するいっぽう、それ以外の詳細は隠す形式を採用しました。いわば前作を〈明るい表通り〉とするなら、本書は〈陰った裏路地〉ということになるでしょうか。
 暗路ならではの不穏な気配に震えてもらえたなら、お化け屋として嬉しく存じます。

黒木あるじ 本書収録「まえがき 」より一部抜粋

試し読み

のこびき

 オラの家は、祖父っちゃの代から黒■って屋号になっての。本当だらば、黒■ってのは本家が名乗るんだけンどよ、家筋が絶えたもんで分家のウチが引き継いだんだ。
 オラが産まれる前に、まあいろいろ遭ったんだな。んだば、その話すっかや。
 本家ァ大地主サマでの。集落のはずれに自分の山ァ持っておったんだ。薪ァ伐るにも炭ィ焼くにも手前てめぇの山でれば良いんだもの、まンず便利であったんだべな。
 ンでもよ、山ってなァつきあいが難しいんだ。口にして悪い駄目な言葉があったり、入って悪い日があったりすンのよ。
 特に■■月八日は、自分の山でも他人の山でも絶対に足を差してはならねェんだど。祖父ちゃは「神サマが山渡りする日だもの」と言っておったわ。「自分の姿ァ見られっど神サマが怒っから、その日は家で大人しくしてねェば悪いんだ」っての。
 けンど、本家の大主人おおあるじという人ァ、それを迷信だど思っておったんだべな。
 ある年、「オラが買った山だ。いつ木を伐ろうが文句言われる筋合いはねえべや」と、■■月八日の朝に無理やり山サ行ったんだと。よっぽど欲の皮ァ張っておったんだが、自分がいちばん偉いど思っておったんだが、そこは判らねェけンどの。
 ンで、大主人はたまたま目についた細い木にのこかけたらしいんだな。鋸っても大工が使う両刃のやつでねェよ。このへんでドンヅキって呼んでおる片刃の鋸だわ。太い樹を倒すんであれば歯の粗い両刃が便利だけンどよ、細い木だらドンヅキのほうがきれいに伐れるんだ。たぶん、一本伐って集落の連中に「ほれ、なんも起きねえべや」と威張る腹積りであったんだべな──ところがよ。
 いざ刃を当ててみだれば、細い木がホイホイ逃げだんだと。
 まむし蚯蚓みみずみてェに細い幹が右サ左サ動いで、器用に刃を避けたんだと。
 オラだば怖くてすぐに山ァ下りるけンどよ、大主人は違ったんだな。「草木のくせに、ンだ莫迦ばかくせことあっかや」と、まンず腹立てての。なんとしてでも伐ってやらねば、気持ちがおさまらねがったんだべ。
 そンで、諦めたフリしてドンヅキ降ろすと、木が動きを止めたところですばやく幹をがっしり押さえてよ。鋸をぶんぶんぶんぶん力まかせに曳いだんだど。
 逃げる樹木でも、さすがに刃が入れば終わりよ。とうとう伐られてしまっての。
 大主人ァ転がった木を眺めながら「どうだ、この野郎」と息を吐いて──。
 ふっと気がついたれば、本家の土間サ座っておったんだど。
「なんだや、これ」
 大主人、驚いてあたりを見だればよ。
 目の前で、ふたつになる息子が首ちぎれで死んでおったって。
 ンだ。木だど思って、我が子を鋸でざっくざっく曳いたんだな。
 あとはもう大騒ぎよ、オラの祖父っちゃも仲間から呼ばって本家サ行ったらしいの。
「血の海よ。あれァ怒った山に化かされたんだべな」
 暗い顔で、そう話しておったっけなァ。
 ん、大主人か。
 それからまもなくして消えたんだと。葬式終わって三日も経たねェうち、死んだ子のちいせェ綿入れ半はん纏てんを羽織ったまま山サ走っていって、それきりだ。
 そのあと嫁コも逃げだして、とうとう継ぐ者が誰も無ぐなったもんで、屋号は分家の我が家が引き継いだンだ。そういう話よ。
 黒■の山ァ、オラの産まれる何年も前に祖父ちゃが誰かサ売ったみてェだけンど──いまごろ、どうなってっかなあ。山サ入ったりしてねェど良いんだがなあ。

―了―

著者紹介

黒木あるじ (くろき・あるじ)

『怪談実話 震』で単著デビュー。「黒木魔奇録」「無惨百物語」各シリーズ、『怪談怖気帳 屍人坂』『春のたましい 神祓いの記』『山形怪談』『怪談実話傑作選弔』『怪談実話傑作選 磔』『怪談売買録 拝み猫』『怪談売買録 嗤い猿』など。
共著には「FKB饗宴」「怪談五色」「ふたり怪談」「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「奥羽怪談」「怪談百番」各シリーズ、『未成仏百物語』『実録怪談 最恐事故物件』『黄泉つなぎ百物語』など。
小田イ輔やムラシタショウイチなど新たな書き手の発掘にも精力的。他に小説『掃除屋 プロレス始末伝』『破壊屋 プロレス仕舞伝』など。

シリーズ好評既刊

「ご自身や家族の不思議な体験を聞かせてもらえませんか?」
黒木あるじは怪談語りの催事の場で客たちに訊いてみた。すると、リアルに語られるのは底知れぬ不気味さを孕んだ怪異ばかり。
・幽霊の出没が噂される場所で出会ったのは…「みえてますよね」
・遊んでいた人形が歩きだし…「おまえのせいで」
・夜遅くに車で帰る道、電話ボックスにいたモノが…「あしあと」
・冬の夜の道、近所に住む男性と出会い…「屍人坂」
・橋から川に人が飛び込んだ!通報が頻発するわけとは…「月命日」
――など、聞くも怖気、語るも怖気な75話。怪談はこうやって生み出されていくのか!あなたも体験者となる!

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