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無頼派3人が恐怖で殴り合う!最凶を持ち寄ってぶち込んだ無法怪談集『怪談番外地 蠱毒の坩堝』(神沼三平太・若本衣織・蛙坂須美/著)編者コメント&収録話「冷猫」全文掲載

怪談界の武闘派3人が恐怖で殴り合う無法地帯。
最凶に物騒な極悪怪談!


内容・あらすじ

「くちゃっ、ぐちゅっ」
棺に入った私から肉をちぎって食む音が…。
(「恥さらしの仏壇」より)

数多の怪異の中でもとくに闇深い話を取材してくる3人が危険な恐怖を持ち寄った怪談集。
・荷物で塞がれた使用禁止の階段。中央に供えられたコロッケは…「奥階段」
・離島のガマで頭蓋骨を踏んでしまった男の末路…「しゃれこうべ」
・嫁ぎ先の奇妙な仏壇。一族の恥さらしを祀っているというが…「恥さらしの仏壇」
・部屋に井戸のある家の葬式。母は誰とも口をきいてはならぬと…「部屋中の井戸」
・公園に一夜にして現れた不気味な木。だが周囲は異変に気づかず…「冥途」
・水詰まりの修理に訪れた文化住宅。猫砂まみれの部屋にいたのは…「畜生部屋」
他、様々な因果が練り込まれた地獄の28話収録!

著者コメント

 年末に重量級怪談を詰め込んだ本を共著で出す、という企画が三年目を迎えた。
 特に今後の怪談本の世界を引っ張るであろう若手の著者との共著は、編著者にとっても大きな刺激となっている。
 通称「殴り合い本」の今回は、三人での共著となり、ますます豊穣な怪談本になったと自負している。

 取材に基づく怪談を執筆するには、当然ながら、取材によって体験談を蒐集する手続きが必要になる。自身で体験した経験を執筆するという手段を取れる著者であったとしても、需要の全てを自らの体験で埋めることはおそらく難しいだろう。どちらにしろ、基本となるのは取材力なのだ。
 なので、継続して怪談を書き続ける著者は、取材に長けていることがほとんどだ。無論手段は人それぞれだが、どれも人との繋がりがキーとなっていることがほとんどである。親類縁者に友人関係、仕事の繋がり、馴染みの店の店主や従業員。乗り合わせたタクシーの運転手、たまたまバーで隣の席に座った客にまで何か体験談はないかと話を振る。それでも重量級の怪談にまで行き着ける運に恵まれている著者は少ない。
 一つの解決策は、取材の数を増やすことだ。量を増やしさえすれば、確率の問題で、紛れ込む希少な体験談も増えてくるという道理である。そしてもう一つが、そんな話と行き遭う環境に身を置くこと。希少な話であれば、希少な体験をする人たちを知り合いとして味方につけるという選択肢だ。そしてさらにもう一つある。自分が怪談を集めているということが、周囲に知られるように振る舞うことだ。協力者を増やすためには、自分がそのような話を集めていると知られないといけない。逆に、知られることによって、聞き手のいなかった話の行き場になることができる。

 さて、何でこのような話をしたかというと、自分を含めた本書の著者は、全員がこれらすべての手段を使って怪談の収集をしているからだ。弾数を増やすために、多くの人と関わり、話を聞く。人事を尽くして、その先にやっと聞くことのできる体験談の数々。そこから先は本当に運によって左右される世界だ。
 本書の著者陣は、その運に恵まれているといえるのかもしれない。
 怪談の神に感謝を。
 この殴り合いの機会に感謝を。
 2023年の最後を飾る本書は、ある意味最高の一冊に仕上がっている。
 あとは貪り読むだけだ。
 ぜひ一気読みで最高に厭な気持ちになって欲しい。

 皆様が良い年を迎えることができますように。

神沼三平太

神沼三平太コメント

年末恒例、厭な話共著が皆様の元にお届けできること、大変嬉しく感じております。
しかも今年は神沼さん、蛙坂さんとの三重奏ということもあり、バミューダトライアングルのような魔を呼ぶ一冊に仕上がったのではないかと考えているところです。
今年、私と蛙坂さんは初めて単著を発売した年ではありましたし、神沼さんは相変わらず単著・共著と大活躍の一年でした。年末ともなれば残弾数も心許なくなっている頃だろう(まあ私はこっそりマガジンを隠し持っているけどね)とほくそ笑んでいたところ、いざ戦場に躍り出てみたら、とんでもない火力で応戦されてしまい、全力で体勢を立て直すことになりました。そういった意味でも、気合いの入り方が違う怪談本になっています。
「厭な怪談が好きな人のところに、厭な話が集まってくる」というのは怪談業界の定説ではありますが、ご多聞に漏れず、私もそのような星回りのもとで生まれたようです。今作に収録されている怪談の多くは、地道な取材というよりは、天災に遭うかの如く、突然舞い込んできた話ばかりです。タクシーの中や、病院の待合室、エアコンの取り付け業者の方から伺った話もありました。良き出会いに感謝を覚える傍ら、まるで日常に潜む怪異が自身を掬い上げるよう働きかけてきたような錯覚を覚え、キーボードを叩く指が竦むこともしばしば。
そんな訳で集まった災厄を、ちょっと遅いお歳暮として、ちょっと早いお年賀として、皆様にお届けいたします。これからいよいよ寒さも極まってくる時期ではございますが、本作をお読みいただく際は一層の厚着をして楽しんでいただけると幸いです。

若本衣織

若本衣織コメント

厭怪談の名手である神沼さんが毎年一人の生贄を選んで上梓される年末のガチ怖本、一昨年、昨年に白羽の矢を立てられたのが、若本さんとわたくし蛙坂でした。
さすがにもう自分はないだろ、とたかをくくっていたところに、今回はまさかの三人共著となってしまいました。
「今度は戦争だ!」と言わんばかりの足し算精神に、大丈夫かなあ……とおっかなびっくりネタを集め頁を埋めたものですが、読者の皆様方におかれましてはご心配なきよう。ぜんぜん大丈夫じゃない本に仕上がっております。

ところで、古代の律令において「蠱毒」は重罪だったそうです。
その報いを受けたからでしょうか、執筆中、なんとわたくしは自身の筆名にもなっている茗荷谷は蛙坂に位置する居宅を追い出されることとあいなり、青息吐息のなか、なんとか原稿をあげることができました。共著者のお二方にもいろいろあったと聞いております。
他人事ではありません。
なにしろこれは「坩堝」です。読者の皆々様もこの本の縁に立ったが最後、おぞましくも甘美な眩暈に足をとられて真っ逆さま、呪いを構成する一部となり果てること必定でしょう。

蛙坂須美

蛙坂須美コメント

1話試し読み

「冷猫」 神沼三平太

 山田さんという四十代後半の女性から聞いた話。
 週末のことだった。昼過ぎまで寝た後で、シャワーを浴びたのだという。
 曖昧だった意識が、熱い水滴で少しずつはっきりしてくる。
 最近仕事が立て込んでいて、なかなか時間を取れずに、自身のメンテナンスもできなかった。
 鏡には、年相応に崩れ始めた肉体が映っている。
 年相応におばさんだなぁとは思うが、特にそれで心が波打つことはない。老化は人それぞれ必ず訪れるのだ。それより更年期の症状のほうが心身ともに厳しい。
 ――婦人科にも行かないとなぁ。
 風呂から上がろうと浴室のドアを開け放ち、バスタオルに手を伸ばそうとした。そのとき、半開きの脱衣所の扉の外を歩いていく黒猫と目があった。緑色の瞳をした尻尾の長い綺麗な猫だ。
 山田さんはマンションの上層階で一人暮らしをしている。羽虫だって窓から入り込まないし、そもそも害虫も出ない。だから、常識的に考えて、猫が部屋に入り込んでくるなどということは、あり得ないのだ。
 一体この猫は何処から入り込んできたのだろうと疑問に思ったその瞬間に、猫が人語を口にした。
「あ、バレた。また来る」
 悪びれない口調は人間の老人のもののように思えた。
 猫はぷいと視線を外し、玄関方面に去っていった。
 山田さんはバスタオルを手に猫を追ったが、もう黒猫の姿はなかった。
 人語を喋る猫などいない。
 当たり前の話だ。だから見間違いや何かの錯覚のようなものだろうとは思おうとした。
 だが、姿だけではなく声まで放つ錯覚とは何だ。
 念のためにバスタオルを巻いたまま玄関まで確認しに行ったが、当然のことながら黒猫の痕跡はなかったし、ドアもきちんと閉められて施錠もされていた。
 シャワーを浴びる前にトイレに行きがてら一度確認しているので、それは確実だ。
 窓も全て閉まっているし、何かが入り込む余地はない。
 ――また来るって言ったよね。
 だが、翌週からも仕事は忙しく、いつの間にか猫のことは忘れていた。

 半年ほど経った頃に、会社で定期健康診断があった。四十歳になってからは、毎年癌検診もセットになっている。そこで乳癌が見つかった。
 考えてみれば、エコーの技師が、左側ばかりをやたらと気にして、右の何倍かの時間を掛けていたのが引っかかっていた。だが、医師から腫瘍があると言われ、生検のためにサンプルを取得する、と言われるまでは何処か他人事の自分がいた。
 だが、乳癌だと明言された瞬間に、頭の中が真っ白になった。
 ステージ3。今すぐ手術を含めた治療を始めなくてはならない。そういう説明だった。
 確かに母親も癌で早逝している。だから、自分も癌の体質があるのだろうとは思っていたが、四十代でも発病するものなのか――。
「今、仕事が忙しいんで、もうちょっと後になりませんか――」
 そう言ってから、自分は何て間抜けなことを言っているのだろうかと気が付いた。医者は眉一つ動かさずに山田さんに告げた。
「最悪、命に関わりますよ」
 悪いことに、癌のすぐ横にリンパが通っている。それに乗って、既に小さな癌が全身に散っている。そうして転移した先で癌が育っている段階だという。
 全身に目に見えない癌が広がっている状態がステージ3だ。
 そのとき、診察室の引き戸が、スッと開いたような気がした。
 山田さんはそちらに視線を向けた。
 拳一つほど開いた隙間で、緑の瞳をした黒猫が嗤いながら見上げていた。

 紹介状を書いてもらい、あれよあれよという間に大学病院で手術を受けることになった。
 手術は無事成功し、乳房から癌は切除されたが、既に全身に散っている。
 それは抗がん剤治療で抑えるという説明を受けた。
 抗がん剤治療を始めて、すぐに髪の毛が抜けた。今はウィッグなしに人前に出られない。
 診察のための待合室には、自分と同じくらいかもっと若い女性が並んでいる。
 やりきれない。
 こんなに若い人たちが抗がん剤治療をしている。つまりステージ3以上ということだ。
 その誰もが髪が全て抜けて、「優しい帽子」と言われるニット帽を被っている。
 そしてその待合室にも、黒猫が現れた。椅子の下からこちらを見上げて、口の端を上げて嗤った。

 あの黒猫は何なのだろう。
 最初のとき以来、人語を喋ったりはしないのだが、猫が現れるはずのないところに姿を見せる。
 だから幻覚なのだろう。ストレスで脳が見せているのだ。
 そう思い込もうとしたが、ある夜、胸の上に何か重いものが載っているのに気が付いて目が覚めた。
 何が載っているのだろう。
 手を伸ばすと、ひんやりとして、滑らかな毛の生えたものが自分の上で丸まっていた。
 驚いてガバリと布団を捲り、上半身を起こす。
「また来た」
 あの老人の声。
 黒猫だ。
 真っ暗な部屋に黒猫は溶け込んで、見ることはできない。
 今し方触った毛の感触が、指先に残っている。
 山田さんは朝まで眠れなかった。

「猫は――今も来るんですよ」
 冷たい冷たい身体で布団の中に入ってくるという。そして、その冷たい身体が、山田さんの体温を奪っていくのだという。
 最近は慣れてしまったのか、感覚がおかしいのか、そこまで気持ち悪いとは思えなくなってしまった。
 冷たい冷たい、よく冷えた――猫。
「あの猫は何なんでしょう。猫のせいだとは言いませんけど、猫が来る度に数値が悪化してるんですよね――」

 山田さんは既に両親を亡くし、兄弟もいない。
 独り身だ。
 結婚には興味はあったが、今はどちらでもいいと考えている。
 そして現在は、だんだんとものを減らしていくことに意識が向いているという。
 所謂、断捨離。それを彼女は終活だという。
 まだ四十代。若い。終活という言葉が出てくるのが意外だった。
 闘病は続いているが、決して悲観するような未来ではないのではないか。
 だが、山田さんは断捨離を続けるという。
「私の若い頃って、結構おひとりさまがもて囃される時代でさ。女は一人で生きていけないといけない、みたいな感じだったの。でもお一人様ってさ、そのままだと孤独死するってことじゃない。病院に入って死ぬにしたって、誰もあたしが死んだ後に、部屋を片付けてくれる訳じゃないし。管理会社が人雇って清掃するんだろうけど、そのときだって荷物が少ないほうがいいと思うんですよ。これから結婚するにしたって、何かそういう打算みたいなものが透けて見えると格好悪いし――」

 猫は今も来る。
 そういえば一度もにゃあと鳴く場面を見たことはない。

―了―

★著者紹介

神沼三平太(かみぬま・さんぺいた)

神奈川県茅ヶ崎市出身。大学や専門学校で非常勤講師として教鞭を取る一方で、全国津々浦々での怪異体験を幅広く蒐集する。著書に『実話怪談 揺籃蒐』『実話怪談 凄惨蒐』、ご当地怪談の『甲州怪談』『湘南怪談』、三行怪談千話を収録した『千粒怪談 雑穢』など。その他共著に「恐怖箱百式」シリーズなどがある。

若本衣織(わかもと・いおり)

第2回『幽』怪談実話コンテストで「蜃気楼賞」に入選。近年は様々な怪談会に顔を出しながら、自身が集めた怪談語りを行っている。趣味は廃墟巡り。2023年、初単著『忌狩怪談 闇路』を発表。主な共著に、デビュー作となった神沼三平太とのふたり怪談『実話怪談 玄室』のほか、『山海の怖い話』『恐怖箱 霊山』『趣魅怪談』『怪談実話コンテスト傑作選2 人影』『怪談実話NEXT』 がある。

蛙坂須美(あさか・すみ)

Webを中心に取材した怪談を発表し続け、共著作『瞬殺怪談 鬼幽』でデビュー。国内外の文学に精通し、文芸誌への寄稿など枠にとらわれない活動を展開している。2023年、初単著となる『怪談六道 ねむり地獄』を発表。その他主な共著に神沼三平太との競作『実話怪談 虚ろ坂』、高田公太、卯ちりとの『実話奇彩 怪談散華』がある。

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