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何かいる…。見た人たちの証言、魔の棲む日本の川の怖い話30『川の怪談』著者コメント&収録話「天白川」全文掲載

川底から西瓜を掴む青白き手。水が赤く染まる川。舟を沈ませる亡霊。
死を予言する川のせせらぎ。異界に通じる川面……
体験者から丁寧に聞き集めた、全国三十河川の怖い話。
怖ろしくも神秘的な〈川の世界〉へようこそ――


内容紹介

文明と繁栄の源、命を育む大いなる水の流れ、川。
そこには古来、ヌシと呼ばれる神が居り、異形のモノたちが隠れ棲まう。
たゆまなき流れの中に幾多の生命を生み出す一方、時に命を喰らい、淀みの中に闇を飼う。
我々が死して最後に渡るのもまた、三途の川である。

川底から西瓜を掴む青白き手。水が赤く染まる川。舟を沈ませる亡霊。
死を予言する川のせせらぎ。異界に通じる川面……
体験者から丁寧に聞き集めた、全国三十河川の怖い話。
怖ろしくも神秘的な〈川の世界〉へようこそ――

◆岩田川(三重県)
川の傍の刑務所。刑期が7年以上の者だけに聞こえる川の音が途切れると、誰かが死ぬ…
◆ウッペツ川(北海道)
川で溺れて運ばれてきた男。自分は異界から来た者で、川から元の世界に戻れると言うが…
◆球磨川(熊本県)
水、生物、砂、石。球磨川にある物を盗んではならぬという曾祖父の遺言の恐ろしき意味…
◆長尾川(千葉県)
川から飛び出した水滴が皮膚を破り体内に侵入する。透明な水の粒に似た謎の生き物は…
◆牛津川(佐賀県)
蕎麦の実をひく水車小屋。未明に川から子どもが這い上がってきては石臼の上に何かを…
◆片貝川(富山県)
干上がった川底にあった喉仏の骨。骨を摘まもうとするとそれを掴む別の手が川床から…
◆長良川(岐阜県)
長良川花火大会の夜。鵜匠の霊に見込まれた男が託されたのは一羽の実体を持たぬ鵜…

…ほか、川に呼ばれてしまった人たちの怖ろしき体験を取材した全国30河川の怪異談!

著者コメント

振り返ると、過去で最も多くの時間を取材に費やしたことに、感慨深いものがあります。
延べ二千人近くの方々に話を伺い、ある時は火の玉の話をされ、またある時は学校の怪談を聞かされ、天を仰ぐ事もしばしば。
やっと「この近くの川で」と声を掛けた人が口にしようものなら、その場でニヤニヤしてしまったものです。
調べ物や裏取りをする際は、国立国会図書館に籠ったり、地元の方々に聞き込みをしたり。
それでも目的の情報にたどり着けない場合は、親戚を頼り、地元の新聞社を紹介してもらう裏技も使い。
もしかすると、原稿を書く労力よりも、そうした取材や調査に全力を傾けた一冊なのかもしれません。
普段、何気ない生活の中で川のせせらぎや、日光を反射する水面の美しさ。その奥に潜む数々の怪異。
ご堪能いただけたなら、これほど喜ばしいことはありません。
なぜなら、読者の皆様を『無意識のうちに水を怖がる呪い』にかけられたのだから。

1話試し読み

天白川(愛知県)

 日本には三本の天白川が存在する。
 ひとつめは、愛知県の日進市から名古屋市を流れ、伊勢湾に注ぐもの。ふたつめは、愛知県田原市を流れ、渥美湾に注ぐもの。三つめは、三重県四日市市を流れる二級水系の本流。いずれも同じ二級水系で、同じ河川名であるが、別物の河川だ。
 今回の舞台は、ひとつめ。
 天白川の名前の由来は、名古屋市緑区鳴海町にかつて存在した「字天白」という土地に関連している。この土地は、旧東海道にある天白橋のすぐ東隣に位置しており、昔は「天白神」が祀られていた。この川の名前は明治時代になってから付けられ、それ以前は「米野木川」と呼ばれていたとされている。

 現在、五十歳目前の佐藤さんが中学三年生のときの話だというから、もう三十五年も前のことになる。
 佐藤さんの同級生に室井という男がいた。
 彼は長身で、短く整えられた髪はオールバックに流れていた。目を引く大きな鷲鼻が顔の中心にそびえ、不釣り合いな痩身は一目で彼の存在感を際立たせていた。
 家が赤貧であることは、学年中の生徒が共通の認識として持っていた。毎日、兄から引き継いだすり減ってテカテカになった制服を着て学校に通っていた。
 ただ、彼の親友である伊藤君によれば、県内の空手大会で三位に輝いた経歴を持ち、その温厚な性格とは裏腹に、実はかなりの実力者だった。だからといって、自己主張の強いタイプではなく、引っ込み思案でクラスでも目立たない部類の生徒だった。
 佐藤さん本人は室井の家に遊びに行ったことはないのだが、訪れた経験のある友人たちから、トタン板を接着剤でくっつけただけの直方体に住んでいると聞かされていた。
 その中に、室井を含め兄弟姉妹が五人、それに両親と祖母、計八人が生活している。
 囲いはブロック塀などではなく、所謂金網フェンスでプライバシーもないような住居だったそうだ。
 ある日のこと、佐藤さんは仲間たち数人で自転車に乗り、伊藤君の家を目指していた。
 伊藤君の家は、中学校を通り過ぎて、室井の家の前を越えると建っていた。
 ちょうど室井の家あたりを通り過ぎたときだった。
「あれ? おい、みんな。ちょっと、止まれ!」
 同行している友達のひとりが声を上げた。
 何事かと、一番後ろで停車している友達に全員が寄ってきた。
「どうした?」
「室井の家がない」
「はあ?」
「いや、これ……」
 佐藤さんが何ごとかと訊くと、問われた友達もどう答えて良いかわからぬといった表情で室井の家の方向を指差した。
 全員が視線を向ける。
 すると、そこはフェンスだけが張られていて、最初から何もなかったかのような空き地がひと区画あるだけだった。
「ちょっと前はたしかにあったぞ」
「俺も見た」
 皆、口々に自分が目にしている光景を否定するが、事実は変わらない。
「あいつなら何か知ってるんじゃないか?」
 佐藤さんが口にした提案は、伊藤君に事の次第を尋ねるというものであった。
 中学校と、伊藤君の家の間に室井の家がある。
 ということは、伊藤君は登下校で必ず室井の家の前を通るはずだからだ。
 佐藤さんの声で、皆一斉に友人の家を目指した。

「……いや、今朝はちゃんとあったし、なんなら帰りだってあったよ」
 佐藤さんから一連の話をされ、室井家跡地に連れてこられた伊藤君は、目を丸くし、戸惑いながら答えた。
「じゃあ、何か? 俺らが学校で別れてから、ここにくるまでの一時間くらいの間に消えたってことか?」
「わかんねえよ。でも、帰りだって室井と一緒だったから、そのときはあったんだよ」
 意味がわからない。
 いくらトタン板でできた家だったとしても、そんな短時間で姿を消すなどということがあるだろうか。佐藤さんを始めとして全員が狐につままれたような気分になった。
 その翌日、案の定、室井は教室に現れなかった。
 担任にどうしたのか事情を尋ねたが、わからないの一点張り。とにかく休みの連絡は入ってない、家が消えたなど信じられぬが転校の話もご家族から出ていないと教えられた。
 明らかに異常な事件ではあった。普段の彼の貧乏ぶりから、夜逃げしたのではないかと囁かれ、さらには金貸しの暴力団に攫われたのだというまことしやかな噂まで流れた。
 結局、目立つような人物ではなかったことから、消えてから二週間くらいは話題に上がっていたものの、いつしか誰も彼のことを口にしなくなった。
 それから五年の歳月が流れた。その秋の初め、土曜日のことだ。
 佐藤さんは中学時代からの仲間数人と遊ぶ約束をしていた。正午に駅前で全員が集まり、そこから天白川の河川敷へと移動する予定だった。
 あれから中学を卒業し、高校を出て、就職する者もいれば大学へ進学した者もいた。
 それでも、当時の友人らで定期的に飲み会を開いて集まっていた。それが、今回は居酒屋ではなく、川沿いでレジャーシートを敷いて飲もうということになっていたのだ。
 各々がレジャーシートや缶ビール、冷蔵ボックスを携え、飲酒に適したスポットを求めて、川辺を散策していた。近況を話しながら、ああでもないこうでもないと盛り上がり、昔話に花を咲かせる。
「あれ?」
 ある瞬間、佐藤さんの歩みが止まった。
「ん? どうした?」
 他の者が佐藤さんに問いかける。
「あの人……いや、あいつ」
 すっと上げた佐藤さんの右手、その人差し指の先に全員が視線を移した。
 彼らの十数メートル先に、男がひとり立っていた。
 今しがた、川岸から這い上がってきたかのようなずぶ濡れ姿。ぽたりぽたりと短い髪の毛から水滴がしたたり落ちる。棒立ちというよりは、仁王立ちに近い恰好でこちらを見ている。
 仁王のようにかぱりと笑った口とは対照的に、その目は爛々と大きく見開かれていた。
「おい、お前…………室井……だよな?」
 佐藤さんが室井に近寄り、恐る恐る問いかける。
 成長期を経た五年後とはいえ、面影は残っている。そして、何より特徴的な鷲鼻は見間違えるはずがない。
 だが、室井と思われる人物は佐藤さんの呼びかけに一切応えなかった。
 正確には、声をかけられていることにも気がついていないようで、佐藤さんたちの後方を睨んでいるような眼差しは、どこか焦点が合っていなかった。
 それからも何度か友人たちが室井の名前を呼び続けたのだが、反応はない。
「おい! 室井! なんとか言え!」
 焦れた佐藤さんが、がしっと彼の肩を掴むと、思い切り強く揺すった。
 瞬間、男は初めてハッとしたような表情になり、ぶるっと一度身震いをしたかと思うと、驚いた顔で佐藤さんたちに話しかけてきた。
「あ、あれ? お前たち、こんなところで何やってるんだよ?」
「いや、お前の方こそ今の今まで……」
「こんな時間まで外で遊んでるの見つかったら、林に怒られるぞ」
 どこで何をやっていたんだよ、と訊こうとしたのだが、室井は被せるように会話を遮り、林の名前を口にした。
 ――林。
 それは、その場にいる全員がよく知っていた。
 中学三年生のときの、担任の名だ。
 すぐに室井以外の者がお互いに顔を見合わせる。
 ――こいつは一体何を言っているんだ?
 が、皆一様に首を小さく横に振った。答えが思い浮かばないという意味だ。
 そもそも、『こんな時間』だというが、日が高い。それに、よしんば夜だったとしても全員二十歳を超えている。夜遊びで担任から叱られるというのであれば、無理がある。
「お前たち、早く帰れよ。告げ口はしないから。じゃあ、また明日、学校でな」
 室井は軽く手を上げて別れの挨拶をすると、佐藤さんたちの間をすり抜けて走っていってしまった。しばらく、その背を眺めていると、すぐ近くの橋を渡って、向こう岸に出て、住宅街へと消えていってしまった。
「いや、今日は土曜日だから、明日は学校も会社も休みだよ」
 佐藤さんの友達のひとりが、ぼそりとつぶやいた。
 
「結局、その後すぐに室井が住んでいたあの跡地に皆で行ってみたのですが、雑草が生い茂るだけで、当時と何も変わっていませんでした。あいつ、あのとき、まだ中学生活が続いているかのように振る舞っていたんですけど、時間でも飛び越えてきたんですかね」
 その後、誰も再び室井に会うことはなかったそうだ。

―了―

著者紹介

正木信太郎(まさきしんたろう)

怪談師、怪談作家。小学五年生の林間学校で不思議な体験をし怪談に興味を持ち始めた。全国を渡り歩き、不気味で不思議な奇談を蒐集している。
代表作は単著『神職怪談』、映像『怪奇蒐集者 職業別怪談帖 正木信太郎』。東京都内で怪談イベント『寄り道怪談』を主催。

好評既刊

妖怪談 現代実話異録(竹書房怪談文庫)
神職怪談(イカロス出版)

みんなにも読んでほしいですか?

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