都市部から山間部まで様々な顔を持つ最恐ベッドタウン・埼玉県で起きた怪事件を徹底取材!『埼玉怪談』(幽木武彦)著者コメント&試し読み
さいたま市在住。
「占い師」と「怪談蒐集家」
二つの顔を持つ著者が地元の怪を大調査!
あらすじ・内容
首都のベッドタウンとして栄える東南部から、豊かな自然を誇る西部、
農業の盛んな北部まで様々な顔を持つ埼玉県のご当地怪談集。
・廃集落を訪れてから手のひらに浮かび始めた不気味な痣。同時に次々と不幸が…岳集落(秩父市)
・埼玉県足立ヶ原の鬼婆伝説。大宮公園近くに現れる着物姿の女の恐怖…黒塚の鬼婆(さいたま市大宮区)
・人柱伝説が残る地に栄える資産家一族。だが、本家以外の親族は水絡みで死ぬ者が絶えず…人柱(羽生市)
・タクシー運転手が目撃した大和橋のたもとに立つ白い童女の霊の正体は…鼻番の顛末(和光市)
・心霊スポットと言われる秋ヶ瀬公園の祠に行った日から異形の化け物に憑かれて…秋ヶ瀬公園怪異譚(さいま市桜区、越谷市)
・荒川を流れてくるアメーバのような黒い淀み。異次元の穴のようなそこに嵌ると…ブラックホール(長瀞町)
・道端で紙袋を被って蹲る男。袋が透けて中に見えたのは…顔振峠(飯能市・越生町)
・遺跡を訪れた女性が何者かに憑依され、突然痙攣して意識を失った…吉見百穴(比企郡吉見町)
他、全21話収録!
著者コメント
試し読み
秋ヶ瀬公園怪異譚(さいたま市、越谷市)
「当時、ちょっと話題になったんですよ、家族や近所で。今思い出しても、けっこう不思議なんですよね」
そう話してくれたのは、現在三十代後半の野際さん。
彼女が大学に通っていた頃の話だそうだ。
「二つ違いの弟も、大学生だったんです。夏の初めぐらいだったと思うんですけど、友だちと肝試しに行くとかいって、秋ヶ瀬公園に行ったんですね、うちの弟」
秋ヶ瀬公園は、埼玉県を代表する心霊スポットの一つ。
荒川と鴨川――二つの河川にサンドイッチされたような形で造られている細長い公園で、敷地面積は百ヘクタールと大きい。
桜の名所としても知られるが、オカルトマニアにとっては夜の顔が有名だ。
曰く、水門にむごたらしい惨殺体が流れ着いた。
曰く、駐車場で自殺をする人が出た。
曰く、公園内で焼身自殺をした女性が……。
そんな凄惨な話があれこれ漏れ伝わると同時に、夜中に赤ん坊の泣き声がしたり、ロングコートを着た大柄な女性の霊が出没したりといった噂もある、不気味なスポット。
県外からも、怪奇現象目当てに多くの人が集まる。
「公園の中に、祠か何かがあるんでしょ? あいつらほんとばかだから、その祠のまわりとか、夜遅く何人かで出かけて探検したらしいんです」
確かに「祠」も、秋ヶ瀬公園伝説と深く関わる。
その祠のあたりでは不気味な霊的現象が発生するという話もあり、人によっては霊にとり憑かれることもあると聞く。
「そう。まさにうちの弟がそれだったんじゃないかって。帰ってきたときは何ともなかったんですけど、その次の日から」
高熱が出た。
七日にも亘って。
解熱剤を飲めばいったん下がりはするものの、夜になるとまた上がってしまう。
ちなみに、野際さんたち姉弟が両親と暮らす家は、秋ヶ瀬公園のあるさいたま市の隣、越谷にある。
「しかも、熱に浮かされて変なことばかり言ってたの。天井に、蜘蛛みたいな女が張りついているとか、夜中に目が覚めると、ベッドの横に、赤い目をした子供たちがたくさん座ってじっと自分を見てるとか」
弟さん――和哉さんの恐怖は日に日に濃くなった。
熱が下がらなくて苦しいだけでなく、夜になれば不気味な化け物たちが闇の中に出てくるのだから、生きた心地がしない。
秋ヶ瀬公園で何かあったというわけではなかったが、これは確実に、何かに憑かれてしまったと感じた。
そんな和哉さんのパニックは、ついにある晩、頂点に達した。
彼の部屋は、瀟洒な一戸建ての二階にあった。部屋からは小さな庭が見え、フェンスの向こうにはマンションがある。
深夜、和哉さんは汗をかき、着替えをしようとベッドから出た。
違和感を覚えて窓を見た彼は、思わず悲鳴を上げた。
化け物――化け物としか言いようのないものが、窓ガラスにべたりと張りついている。
雨戸は閉めずに寝ていた。
白いレースのカーテンは閉じていたはずだったが、なぜだか中途半端に開いて、窓が見えている。
化け物は、そこにいた。
多分、かつては女だったはずのもの。
よってたかって髪をつかまれ、毟りとられでもしたかのような惨状を呈している、濡れた黒髪。
まさに、異形の者だった。
顔中、目だらけだ。
たくさんの目が、顔面のいたるところに様々な角度で開いている。皮膚はボロボロで、身体の中身がところどころはみ出していた。窓には粘液のようなものがこびりついてゆっくりと垂れている。
和哉さんは悲鳴を上げ、部屋を飛びだした。
そんな彼に叩き起こされる形で、野際さんが弟の部屋を確かめにいったときには、すでに化け物の姿はなかった。
「だから、弟が熱に浮かされて見た幻の可能性は、確かにあるんです。でもね、満更そうとも言えない理由もあって……」
野際さんはそう言って、さらに興味深い話を聞かせてくれた。
先ほども言った通り、野際家の横には数階建てのマンションが建っている。
そう大きくはないマンションだ。
正面の大通りに沿う形で、長細く建てられた造り。建物の片端が、隣家の野際家の目と鼻の先にあった。
そのマンションには、中学時代、野際さんと同級生だった女性が暮らしていた。
Qさんとしておこう。
Qさんの部屋は、三階の左端。窓から野際家が見えた。
野際さんが言う。
「弟が全快したあとで分かったんですけど、あいつが秋ヶ瀬公園から帰ってきて熱を出していた頃、Qさんの家でもずっと不思議なことが起きていたんですって」
そこは、ペット可のマンションだった。
Qさんの家では犬を飼っていた。
その犬が、野際家のあるほうの窓に向かって、激しく吠えた。
夜になると、毎晩のように。
そんなことは、それまで一度だってなかったので、Qさんも家族も、愛犬を持てあます日々だったという。
「しかも……それだけじゃなかったんです」
野際さんは私を見た。
彼女の家と向かい合うマンション片端の部屋は、一階から最上階まで、すべての家族が犬を飼っていた。
興味に駆られ、野際さんとQさんが調べたところ、そのすべての部屋の犬たちが、同じ時期、同じ方角に向かって、狂ったように吠えていた。
-了-