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体験者の口から語られる生の恐怖!2020年9月~2023年1月の取材より、ゾクッとくる恐怖41話を収録『実話忌譚 怪口伝』(緒方あきら)著者コメント、試し読み!

2020年9月~2023年1月に取材した膨大なデータの中から
特に忌まわしきものを厳選して収録!

あらすじ・内容

「おまえ、何握ってんだ…?」
一人は髪の毛。
一人は人形の首。
一人は紙切れ。
誰も覚えはない、気づいたら手にあった。

千葉のホテルKで起きた怪異、衝撃の一部始終。
「四人居た」より

体験者の口から語られる生の恐怖を記録し続ける著者が、2020年9月~2023年1月に取材した膨大なデータの中から特に忌まわしきものを厳選して収録。
・殺人事件のあった千葉の廃墟ホテルを訪れた男たち。
 建物を出た後、それぞれの手に身に覚えのないものが…「四人居た」
・お盆に墓参するたびに妙な場所で骨壺を見つけてしまう女性。
 骨壺に呼ばれているような気がするのだが…「墓参り」
・画廊で熱心に絵を見ていた女性。
 女性が帰った後、絵に異変が…「展覧会の夜」
・子供部屋の柱に刻まれた背比べの印。
 5歳で死んだ弟の記録がなぜか年々更新され…「友人宅の柱」
・海で死んだ漁師の火葬。
 遺灰から幼子の頭蓋骨が出てきて…「蓮の入れ墨」
ほか、全41話収録。

著者コメント「ホラ吹き先生」について

憑いてきてしまう、それを語ることで怪異が伝播していく。という事は色々な方からお話を伺っても往々にある現象だと思います。その拡がりかけた怪異を嘘と断じる事で、そうしたことは防げるのかという興味深いお話でありました。実話怪談の中において嘘はご法度ですが、もしも誰かに怪談を伝える際、怪異が起きてしまった時はその話を嘘だと締めるのもまた一手であるかもしれないと思わされるお話でした。

試し読み

「ホラ吹き先生」


「私は教え子たちから『ホラ吹き先生』と呼ばれているんですよ」
 小学校で教員をしている三神さんは、優しげに微笑んで言った。

「思いつくままに嘘を言っては、子供達をからかってましてね」
 ただ、三神さんがそんな風になったのにも成り行きというものがあった。
 三神さんが子供たちに初めて嘘をついたのは二年前の夏の事だ。
 空いた時間に子供たちが「先生、何か怖い話ない?」と尋ねてきた事が切っ掛けだった。
「ちょうど私はなんていうか、心霊体験……いや少し違うんですかね。怖いわけじゃないんですけど、不思議な体験をしましたので、その話をしたんです」

 その体験を、三神さんが私にも語ってくれた。
 三神さんはとある日の夜、車に忘れ物を取りに駐車場を訪れた。
 その時三神さんは、奇妙な視線に気が付いた。
 駐車場は屋外にあり、隣接する形で田んぼがある。
 駐車場の敷地は、田んぼの敷地と比べいくらか高く作られてあった。
「どれだけの段差があるかと言うと、そうですね。だいたい一メートル半くらいです。中高生ぐらいの子が田んぼに立てば、駐車場からは首から上だけが地面から生えているよう
に見える具合でしょうか。その晩、そこにちょっとしたものが見えましてね」
 
 三神さんが視線を感じた方向を向くと、田んぼの上に女の子の首が見えた。
 こんな夜遅くに、女の子は駐車場から三神さんをじっと見つめてくるのである。
 三神さんは直感的に、この子は人ならざる者だと感じたそうだ。時間が遅い事もさる事ながら、彼女のうつろな視線に目を合わせていると不思議と肌でそれを感じ取れた。
 少女は一段下の田んぼから頭だけを出して、じっとこちらを見ているだけだった。
 何を言うわけでもなく、何をするわけでもなく――。
 本当にただただ三神さんを見ているだけ。三神さんもどうして良いかわからなくなった。
 三神さんは仕方なく当初の目的である忘れ物を取り、その場を去ろうとした。
 その時だった。
「だああああっ!」
 突然、駐車場に男の大声が響く。三神さんは思わず飛び上がった。
 声の方向に目をやると、見知った顔があった。
「はっはっは、驚かせてしまいましたね。ごめんなさいね」
 男性が平謝りをする。彼はたびたびこの駐車場を利用している人で、三神さんも名前こそ知らないものの顔は覚えていたのだ。
「いきなり、何ですか?」
 三神さんは突然脅かされて不愉快だったので、そうとわかるような口調で尋ねた。すると男性は首を傾げて三神さんをじっと見つめてくる。
「おや、視線があっちに向いてるなって思ったんですが……見えませんでしたか?」
 男性が逆に聞いていた。
 ――きっと、あの女の子の事だ。
 三神さんはもう一度、彼女が頭を出していた田んぼの方を見る。
 しかし、彼女の姿は忽然と消えていた。
 三神さんが田んぼに視線を向けた事で、男性も理解したらしい。
「ああ、やっぱり貴方にも見えましたか。あれね、あんまり良くないものですね」
 男性が頷くのを見て、三神さんは疑問を口にした。
「確かに、女の子が見えていました。良くないとか、そういうのまではわかりませんでしたけど。でも、どうして突然叫んだんですか?」
「ああすると幽霊側が驚いて逃げるんですよ。はっはっはっは」
 そういうものなのか、と三神さんがなんとなく納得はしたもののあまり深く関りたくはないなと感じた。三神さんは男性に軽く会釈をして、帰路についた。
 その後、あの女の子を見かける事はない。
 大声を出した男性とはたびたびすれ違う事はあるが、挨拶をする程度でそれから何かがあったという事もなかった。

 三神さんは、そんな話を子供たちに聞かせてあげたのだという。
 オチこそ何もない話ではあったが、叫び声で逆に幽霊を脅かせるという斬新な話に、子供たちは興味津々だった。
 そんな子供たちに、三神さんはここぞとばかりに「嘘だよ」と告げたそうだ。
「え、何が?」
「え? 何々?」
「まさか、この話が?」
 子供たちは最初戸惑っていたが、からかわれたのだと気が付きゲラゲラと笑い始める。
「やられた!」
「マジか!」
「くそう、騙された!」
 それから子供たちは、愛称として三神さんを『ホラ吹き先生』と呼び、慕ってくれるようになったというけだ。

 この話を終えて教室を出た後、三神さんは生徒の一人に呼び止められた。
「先生、話があります」
「うん? どうしたんだい?」
「先生、あの話本当ですか?」
 まっすぐな目で見る生徒の視線を受け止めながら、三神さんは頷いた。
「ああ、あれは嘘だよ」
「本当に嘘ですか? 私見たんです。先生が話をしている時、最後の最後に一番前の席の由紀ちゃんの後ろからぬっと女が頭を出して、由紀ちゃんをじっと見ていたんです。そしたら先生が急に『嘘だよ』っていうので、私はてっきり私たちを守るために嘘って事にしたんだと思いました」
 三神さんは、こう答えるしかなかった。
「あぁ、嘘だよ。だから全部忘れなさい」

(二〇二二年 三月二日 品川にて採話)

―了―

◎著者紹介

緒方あきら 

神奈川県川崎市出身、川崎市在住。シナリオライターの傍ら小説の執筆にも取り組む。人と会っては実話怪談の蒐集をし、読書、映画鑑賞をしながら趣味のお酒を飲んで過ごす。主な著作に『手繰り怪談 零レ糸』共著に『怪談四十九夜 荼毘』(ともに竹書房)他。

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