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山と海にまつわる厳選怪談集!『山海の怖い話』(黒木あるじ、平谷美樹、小原猛、鈴木捧ほか)最恐収録話「やまごえ」試し読み

「山海」に纏わる厳選怪談集!


あらすじ・内容

「人形の怖い話」に続くテーマ別アンソロジー

山にはいったい何が棲んでいるのか、海には何が潜んでいるのか。人が踏み入れてはいけない異界がそこにある──。
山と海に纏わる怪異を収録した、テーマ怪談集の決定版。
・ベテラン登山者が山で出会ったのは…「道迷い」(鈴木 捧)
・釣りをしていて出会う怪異の数々「渓流怪談」(平谷美樹)
・沖縄でその日、海に入ってはいけない理由「ヨーカビーの海」(小原 猛)
・浜で遭遇した悲しい過去の記憶「ぼたもち」(春南 灯)
・後輩に見せられた奇妙な一枚の写真とは「呼び水」(若本衣織)
・漁師が漁場で見た驚愕の海の秘密「うみだま」(黒木あるじ)
――など書き下ろしと過去の最恐作品を選りすぐって全39話を収録。

1話試し読み

やまごえ (黒木あるじ)

 雑誌「山と渓谷」を創刊した明治生まれの登山家・田部重治たなべじゅうじは、昭和十八年に刊行した自著『旅路』で、友人と奥秩父おくちちぶの深林を訪れたおり、怪音に遭遇した旨を書き記している。なかなか興味深い内容ゆえ、該当部分を以下に引用してみたい。
〈それは獣類のこえともつかず、鳥類のそれともつかず、何れにしても大きく慥かに生物の聲で、ドドドドと大地を叩き幽林をゆるがせてゐるような氣がした。兩人ともこの薄氣味の悪い音を聞いた時には、顔を見合せて黙々と歩いた。そして無事に國境に出た時に、その音は依然として足下に響いてゐた。これが何だったか今でも分からない。それから二三年ほど経って、友人菅沼達太郎君が同じところを通った時に、同じやうな氣味の悪い音が、同じ深林の間に斷續して聞えたと言ってゐた〉『旅路』(青木書店/昭和十八年)
〈山に這入り始めてから三十年以上にもなり、何かその間に怪異なことを経験しなかったかとよく人に聞かれるが、私に關する限り、さうした経験は殆どないと言ってもいい〉と断言する著者がわざわざ書き残すのだから、よほど忘れ難い体験だったのだろう。
 さて、一年ほど前──私はT氏という女性から、おなじ奥秩父での体験談を拝聴した。
 右記の随想と共通する点が非常に興味深く、この場を借りて紹介したいと思う。
 近似の話をお持ちの向きは、ぜひ私宛てに一報いただきたい。

   *    *

 昭和のおわりころ、氏が奥秩父の雲取山くもとりやまへ登ったときの出来事である。
 雲取山は東京都と山梨県の境に位置しており、都内ではもっとも標高が高いことから、登山者には人気の山であったようだ。
 氏は早朝に山梨側の登山道から入り、多摩川沿いに森をひたすら進んだ。
 自分のほかに登山客の姿は見あたらなかった。無人の理由は平日だからというだけではない。当時はバブルの最中、人々は街へ繰りだしては遊侠にふけっており、ハイキングや登山は時代遅れな趣味になっていたのだという。
 みんな流行りに飛びついて馬鹿みたい。まあ、おかげで新鮮な空気を独占できるけど。
 そんな開放感もあり、ついあちこちに寄り道してしまう。おかげで、休憩場所に定めていた七ツ石という地区へ到着するころには、ずいぶん陽が高くなっていたのだという。
 朽ちかけた神社を見つけ、木陰を求めて境内に入る。大きな石に腰をおろすとリュックサックから握り飯を取りだし、アルミホイルの包みをめくって齧りついた。
 途端、信じがたいほどの不味さに思わず顔をしかめる。
 夏に放置した生ゴミのにおいを思いだす、本能が拒否反応をしめす味だった。
 握り飯は、母が昨晩こしらえてくれたものである。使っている白米も具材の切り昆布も普段から食卓にならぶ、食べなれた味のはずだった。陽気で傷むにしても早すぎる。
 たまらずに吐きだしたものの、口のなかにはあの味が残っている。おかげですっかりと萎えてしまい、立ちあがる気力がなかなか湧かなかった。
 とはいえ、いいかげん出発しなくては日が暮れてしまう。日帰りのつもりでシュラフの類は持参していないから、野宿もままならない。
 あまり気は進まないけど──行くだけ行ってみるか。
 意を決してリュックを背負いなおした、次の瞬間。

があああああああ、があああああああ。

 うなりとも叫びともつかぬ聲が、向かう道の方角から聞こえた。たとえるなら、いびきを拡声器で増幅させたような聲こえであったという。
 驚きのあまり氏が身をすくめているあいだも、轟音はいっかな止む気配がない。それどころかますます大きくなり、いまや木々を振るわせんばかりに響いている。
 ふと、気づく。
 異様な味も、異様な聲も、もしや警告なのか。
 この先へ行くな、すぐに下りろという〈山の訴え〉ではないのか。
 もはや迷いはなかった。氏はすぐさまきびすをかえし、来たばかりの道を小走りで戻った。

 帰宅してみると──家がなかった。
 自分の留守中に出火し、全焼していたのである。
「原因は父の寝タバコです。火に気づくのが遅れた所為せいで、両親とも助かりませんでした。だから私……いまも山に感謝していいのか、恨めばいいのか判らないんです。だって……どうせ教えてくれるなら、もっと早く警告してくれれば、なにも失わず済んだのに」
 その日以来、T氏は一度も山に登っていない。
 握り飯も、すっかり嫌いになってしまったという。

―了―

★著者紹介

黒木あるじ (くろき・あるじ)


怪談作家として精力的に活躍。著書に「怪談実話」「無惨百物語」「黒木魔奇録」「怪談売買録」各シリーズ、『山形怪談』など。共著では「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「奥羽怪談」各シリーズ、『実録怪談 最恐事故物件』『未成仏百物語』など。『掃除屋 プロレス始末伝』『葬儀屋 プロレス刺客伝』など小説も手掛ける。

平谷美樹 (ひらや・よしき)


岩手県出身・在住。小説家。二〇〇〇年『エリ・エリ』で第一回小松左京賞受賞。二〇一四年、歴史作家クラブ賞・シリーズ賞受賞。『でんでら国』『鍬ケ崎心中』、「風の王国」「草紙屋薬楽堂」各シリーズなど多数。怪談では「百物語」「怪談倶楽部」各シリーズ、『黄泉づくし』など。共著に『奥羽怪談』など。

小原 猛 (こはら・たけし)


沖縄県在住。沖縄に語り継がれる怪談や民話、伝承の蒐集などをフィールドワークとして活動。著書に「琉球奇譚」シリーズ、『沖縄怪談 耳切坊主の呪い』『琉球妖怪大図鑑』『琉球怪談作家、マジムン・パラダイスを行く』『いまでもグスクで踊っている』『コミック版琉球怪談〈ゴーヤーの巻〉〈マブイグミの巻〉〈キジムナーの巻〉』(画・太田基之)』「沖縄の怖い話」シリーズなど。共著に「瞬殺怪談」「怪談四十九夜」各シリーズなど。

鈴木 捧 (すずき・ささぐ)


山羊座のA型。竹書房主催の実話怪談コンペ【怪談マンスリーコンテスト】において、最恐賞と佳作をそれぞれ三度受賞。最恐賞作品は『怪談最恐戦2019』に収録されている。二〇二〇年『実話怪談 花筐』にて単著デビュー。著作に『実話怪談 蜃気楼』、共著に『黄泉つなぎ百物語』『怪談四十九夜 病蛍』『投稿 瞬殺怪談』など。趣味は山登りと映画鑑賞。

若本衣織 (わかもと・いおり)


第二回『幽』怪談実話コンテストで「蜃気楼賞」に入選。近年は様々な怪談会に顔を出しながら、自身が集めた怪談語りを行っている。趣味は廃墟巡り。著書に『忌狩怪談 闇路』、共書に『実話怪談 玄室』『恐怖箱 霊山』『趣味怪談』『怪談実話コンテスト傑作選2人影』『怪談実話NEXT』がある。

春南 灯 (はるな・あかり)


北海道旭川市出身、札幌市在住。怪談イベント『雑談怪談』主催。幼少期から、身の回りで語られる『おっかない話(怖い話)』と、頻繁に放送されていた『おっかないテレビ(心霊番組)』が大好物。第七回『幽』怪談実話コンテスト佳作入選をきっかけに、心霊体験談の蒐集を開始。自らの足で集めた体験談をもとに執筆した作品で、竹書房主催【怪談マンスリーコンテスト】最恐賞を四度受賞。著書に『北霊怪談 ウェンルパロ』など。

小田イ輔 (おだ・いすけ)


「実話コレクション」「怪談奇聞」各シリーズ、共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「奥羽怪談」各シリーズ『未成仏百物語』など。原作コミック『厭怪談 なにかがいる』(画・柏屋コッコ)もある。

鈴堂雲雀 (りんどう・ひばり)


北海道出身、AB型。多数の職歴で築いてきた人脈にお世話になりつつ、怪異蒐集に明け暮れる日々を送る。二〇一三年『恐怖箱 吼錆』にて単著デビュー。主な著作に『恐怖箱 凶界線』『追悼奇譚 禊萩』など。

葛西俊和 (かさい・としかず)


青森県出身。実家はリンゴ農家を営む。怪談蒐集にいそしむ傍ら、青森県の伝承や民話、風習についても情報を集めている。著書に『降霊怪談』『鬼哭怪談』、共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「奥羽怪談」各シリーズ、『怪談実話競作集 怨呪』『獄・一〇〇物語』『奥羽怪談』など。

戸神重明 (とがみ・しげあき)


群馬県出身在住。単著に「怪談標本箱」シリーズ、『いきもの怪談 呪鳴』『上毛鬼談 群魔』『幽山鬼談』など、共著に『群馬百物語 怨ノ城』『田舎ノ怖イ噂』『恐怖箱 煉獄怪談』『怪 異形夜話』など多数。地元の高崎市で怪談イベント「高崎怪談会」を主催、その傑作選を纏めた『高崎怪談会 東国百鬼譚』では初の編著も務めた。多趣味で、昆虫、亀、縄文土器、スポーツ観戦、日本酒などを好む。

つくね乱蔵 (つくね・らんぞう)


『恐怖箱 厭怪』で単著デビュー。『実話怪談傑作選 厭ノ蔵』『恐怖箱 厭福』『恐怖箱 厭熟』『恐怖箱 厭還』など。共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「怪談五色」「恐怖箱テーマアンソロジー」各シリーズなど。

神沼三平太 (かみぬま・さんぺいた)


神奈川県茅ヶ崎市出身。O型。髭坊主眼鏡の巨漢。大学や専門学校で非常勤講師として教鞭をとる一方で、怪異体験を幅広く蒐集する。著書に『甲州怪談』『鎌倉怪談』『湘南怪談』『千粒怪談 雑穢』『実話怪談 揺籃蒐』『実話怪談 吐気草』など多数。共著に「恐怖箱百式」シリーズほか、『実話怪談 虚ろ坂』『実話怪談 玄室』など。

好評既刊

〈怪談百番シリーズ〉

〈山の怖い話〉

〈参加著者 好評既刊〉

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