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【一人で勝手に旅気分】254

(過去の旅についての振り返りです)
★ そのツーリズムって「エコ」?それとも「エゴ」?(2022年3月28日)

<探究対象…地理、観光、経済、環境、ジレンマ>
去年はバンコクに住んでいたので、「チャオプラヤ川」を眺める機会が多くありました。それ以前にこの川を実際に見たことはなく、あくまでも地理や世界史の教科書の中に登場するだけの抽象的情報でした。

こうして教科書で知った対象と実際に繋がる経験は、何歳になっても感動があるものです。特に私の場合は海外に初めて行ったのが30歳手前になってからで、しかも社会科の教員という職業柄、それまで蓄積されるだけだった抽象的情報がかなり膨大になっていました。そんな中、最初の海外が修学旅行の引率で、そこで訪れたヴェルサイユ宮殿の感動は言葉にしきれないものがありましたね。

今日振り返る写真は「チャオプラヤ川」ですが、何度となく地図帳で見てきました。タイに来てから1週間くらいした頃、私はこの川と直接繋がることができたのでした。インドシナ半島を流れるこの大河は、昔から人々の生活を支えてきた川です。この川は、半島内の移動にとって欠かせない交通網であるだけでなく、その大量の水が多くの生き物を育み食料をもたらしてくれます。河口付近はデルタとなり、稲作を発展させてくれました。さらに、川の流れを利用した水車などが生み出す動力は生活を便利にしてくれたでしょうし、電気洗濯機などがない時代には衣類を綺麗にするための場所としても重要でした。【情報の収集】

そんなチャオプラヤ川ですが、水面に近い所まで行ってみると、遠くから眺めているのとは違った印象を受けました。足元にはたくさんの漂流物がありました。そこには木の枝や葉っぱや花だけでなく、人工物もありました。木の枝や葉っぱや花は分解され、自然界に還っていきますが、人工物の中にはプラスチック製のものもあり、これらは波の動きで破砕され小さくなって見えなくなったとしても、自然界に還るわけではありません。いわゆるマイクロプラスチック問題です。【情報の収集】

しかし、こういった人工物がどうしてこれほど海に捨てられているのでしょうか。川の周りのお店などにはゴミ箱がありますし、わざわざここまで来てゴミを捨てているとは思えません。【課題の設定】

もちろんチャオプラヤ川の河口付近はバンコクにあるので、多くの観光客がここを訪れているのは容易に想像できます。しかし、これらのゴミのほとんどが必ずしも河口付近で捨てられているとは言えないのです。川はインドシナ半島の内陸の山間部から始まり、上流域から中流域へ、そしてバンコク中心部や河口などの下流域というように繋がっています。そして川の流れは基本的に逆にはならないので、川の中に入ったほとんどのものが下流域へと流れ着きます。そのため、上流域や中流域で捨てられたものも含まれている可能性はあります。【整理・分析】

それから、川に捨てるつもりではなかったものが含まれている可能性も否定できません。チャオプラヤ川は多くの運河とも繋がっています。その運河は人々の生活と密接な場所を流れていて、例えば運河の脇に設置されたゴミ捨て場のゴミが風や雨などの影響で運河に落ちてしまうこともあります。路上に捨てられたゴミについても、風や雨で運河まで運ばれてしまう可能性は高いです。また下水溝も場所によってはフタがもともとないのか、外れてしまったのか、とにかく地表からのゴミが流れ込んでしまう状態になっていて、これも最終的に河口に集まってきます。【整理・分析】

チャオプラヤ川の眺めは素晴らしいもので、多くの観光客が訪れるのも頷けます。また、バンコクの経済が成長していくと、それにともなって都市人口が増加し、都市の開発も進むので、さらなる人口増加に繋がるのも必然です。そのようにチャオプラヤ川と繋がる人々が増えると、特にバンコク中心部の路上や下水溝から運河に流れ込むゴミの量も増えてしまいます。観光や経済のプラス(あくまでも量的なプラスですが)を得られれば得られるほどに、環境へのマイナスが膨らんでしまうということです。だからといって環境のために、観光や経済を抑え込むというのもなかなか簡単にはできません。便利さ・豊かさ・賑わいといった既得権益のような要素を、素直に手放すことができないのは人間の性ではないでしょうか。環境は良くしたいが、現在の観光や経済の恩恵も失いたくない。これはバンコクに限らず、多くの場所が抱えているジレンマだと思います。【まとめ・表現】

「エコ・ツーリズム」なる言葉がありますが、これがさきほど述べたジレンマに最も苦心しているかもしれませんね。自分自身に対する戒めでもありますが、どこかの国や地域を訪れるとき、その場所で循環している日常の生活や経済活動、自然環境などに最大限の敬意を払って、「立ち寄らせていただく」「見させていただく」という低姿勢でなければならないのではないでしょうか。合わせて、その地域が継承してきている歴史や伝統への理解と配慮も欠かせません。その地域で華やかに見える観光的な要素(純粋にフローな部分)ばかりに目を向け、その地域を形作ってきた歴史や伝統(純粋にストックな部分)とそれを現在まで継承しながら循環している日常の生活や経済活動、自然環境(ストックとフローが融合している部分)は蔑ろにするような考え方で、どこかの国や地域を訪れることは、「森を見て、木を見ず」のようなものだと思います。これでは「ツーリズム」の要素ばかりが意識されてしまい、傲慢で乱暴なツーリズム、すなわち「『エゴ』・ツーリズム」ということになるでしょう。【まとめ・表現】

言うは易く行うは難しなので、この夏休みに立ち寄る場所で、私自身が「『エゴ』・ツーリズム」にならないように気をつけようと思います。

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