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【小説】 駅前おじさんの真実 【ショートショート】
東京○○区駅前等で非常によく見られる光景の一つに、昼間から泥酔し切った中高年者がロータリーで辺り構わず怒鳴り散らしたり喚き散らしたり、という場面が在る。
幾ら時を経ても、支払いが電子化されようとも、何故あのような者が生まれてしまうのか。ある一人の男に焦点を当て、ここに記しておく。
男の名は戸倉正蔵。年齢は御年七十を迎えるがその肌艶は良好で、白髪や皺のケアも日頃から決して手を抜かない。彼は芸能人等ではないが、とある大手製紙会社の三代目であり、幼少期から人に見られること、そして人を動かすことを、人を魅了することを徹底的に両親から叩き込まれていた。
親に敷かれたレールの上を走り続け、長男に四代目にそろそろ経営のバトンを渡してもよかろうと言う頃合いで、彼の中で「自由」を欲する心が芽生えたのである。
彼はある日駅前で見た光景に衝撃を受け、自由への渇望を潤す為の手本とすることにした。
当日。駅ロータリーを抜けた先の商店街の片隅で、黒スーツにサングラス姿の二人組が何やら揉めている様子であった。
背の高い方が、酒瓶を手に詰問口調で言う。
「佐藤、おまえバカか! 誰がこんな一級酒を買って来いって言ったんだよ!?」
「え、でも澤田先輩……社長に酒買ってこいって、それしか言わなかったじゃないっすか」
「あー……もう! そうだったかなぁ? ちゃんと言ったと思うんだけどなぁ。それっぽい酒買って来いって、言ったと思うんだけどなぁ!」
「いや、記憶にないっす」
「いいよ、もう。とりあえずコンビニ行って小さい紙パックの『鬼ころし』、あれ三つ買って来い」
「えっ!?」
「時間ないから。早くしろよ!」
「わっ……かりました」
それからものの五分後に、佐藤は「社長用」の鬼ころし三パックに一体どんな用途があるのか、知ることとなる。
商店街脇に停められてた黒塗りのワンボックスから降りて来た社長こと戸倉正蔵の恰好に、佐藤は目玉を丸くした。
日頃はアルマーニや「カジュアル」と称してイヴサンローランのスーツに身を包んでいる社長が、グンゼ製と思しき肌着一枚、下は肌色のステテコ、果ては履物に使い古した便所サンダルと言う衝撃の恰好で登場したのである。
これに臆した佐藤であったが、その手に持たれていた鬼ころし三パックを奪うようにして手にした戸倉は、一人おぼつかない足取りでロータリーへ向かって行く。
「あっ……あの、澤田先輩、追い掛けなくていいんすか?」
「佐藤、今日は社長の公休日だ。つまり、プライベートだ」
「はぁ……それは、そうですけれど、なんだか様子もおかしいですし……」
「あれがな、社長の「愉しみ」なんだよ。しばらく放っておこう」
「たのしみ? は……はい」
ワンボックスへ乗り込んだ佐藤と澤田であったが、車内には社長監視用のモニターが備え付けられており、不測の事態に備えながらモニターへ目を移す。
そこに映されていたのは、日本経済を支え続けた男とはあまりに掛け離れた姿であった。
鬼ころしを手にした戸倉はまず駅前のベンチ等ではなく、花壇の縁に半ケツ状態で座り込むと、鬼ころしを立て続けに二パック、ストローでチューチューやり出した。
空き箱は慣れた手つきで花壇に咲いたパンジーの陰に放置されると、スッと立ち上がってから三パック目をチューチューやりながら、辺り構わず咆哮を浴びせ始める。
「なんだよぉ! 何みれんらねーおぉ(何を見ているんですか)!! るっころすぞこらぁ(殺しましょうか)!! あああああ!?」
あまりにも有態なその姿に佐藤はたじろぐが、一方澤田は下らない恋愛テレビドラマでも眺めているような無関心の表情でジッとモニターを見つめていた。
戸倉は次に女子大生らしき三人組の前へ出ると、やはり咆哮を浴びせた。
「らり見れんらよぉ(何を見ていますか)! おい! おいちゃん、おりんぽ見せるららよぉ、おめこ見ーちぇてっ(私は男性器を見せるので、女性器を見せて下さい)!」
可愛らしく首を傾げてお願いポーズを取る戸倉であったが、女子大生三人はガン無視を決め込み、その横を通り過ぎて行く。すると、今度は怒りの表情へと変わり、彼女らの後ろ姿目掛けて罵声を浴びせ始める。
「きろってんじゃねーやブス(気取っているのですか。醜女)! ろうせ、夜はカレシとコーマンハメハメしてるくせによぉ(どうせ、夜は恋人男性と性行しているのでしょう)!」
その直後には一歩ではなく半歩ずつ、ぜんまい式の玩具のようにちょこちょことした足取りで、「うううううう……」と呻きながら、ロータリーに向かって歩を進める。
すると、ロータリーの反対側からも同じような風体の男が、戸倉よりも一等上級な「ワンカップ」を手に、やはり同じような動きでやって来る。
二人が鉢合わせになる寸前で、澤田が「ん?」と眉を潜めた。
「澤田先輩、あっちは「本物」っすよね? 喧嘩とかになったら……不味くないですか?」
「いや。佐藤、あのオッサン……よく見てみろ」
「……えっ? うわっ、山辺製紙の山辺社長さん!」
なんと、反対側からやって来た肌着の親父は戸倉製紙のライバル会社であり、看板商品の「ドビュッシー」という箱ティッシュを一般家庭に普及させた、かの山辺製紙の四代目社長なのであった。
二人は互いを認知すると、カチ合う前から罵り合い、一メートルの距離でと立ち止まると、挨拶代わりの罵声を浴びせ合い始めた。
「どうにもウンコ臭ぇと思ったら便所紙屋の戸倉のオヤジじゃねぇかバカヤロウ! 外にまで、ウンコ持ってくんじゃねーよ! このイカレスカトロジジイ!」
「うるへー! どうもイカ臭ぇと思ってたら、あらあら、センズリ紙へんもん屋の、山辺ひゃんらありらせんかぁ!(どうにも烏賊の香りがすると思っていたら、自慰紙専門屋の山辺様でありましたか)」
「なんだとテメェこの野郎! やんのかこの野郎!」
「おう! かかってひやられよぉ! センズリ坊主がよぉ(はい。掛かって来て下さい。自慰和尚め)!」
この緊急事態に双方の側近が直様向かったものの、先に二人の間に割って入ったのは通行人の通報を受けた警官であった。
「はいはい、喧嘩はダメだよぉ。お父さん達、昼間っから相当飲んでるでしょう? 飲むのはいいけどね、喧嘩したらちょっと来てもらうことになるからねー。喧嘩しないって、約束出来るかなー?」
側近達が辿り着くと、それぞれが事情を説明し、ドン引き顔の警官を置き去りのまま撤収となった。
帰りの車中。晴れ晴れとした顔の戸倉が追加の鬼ころしをやりながら楽し気に話す。
「いやぁ、スカッとしたぁ! まさか山辺さんに会うとはなぁ。バッタリ会うの四回目だけど、あの人も好きだねぇ!」
社長が異常者になってしまったと思い込んでいた佐藤が、恐る恐る、訊ねる。
「社長、四回目ってことは山辺さんも同じ趣味なんですか……?」
「うん、そうそう! 「コレ」やってる社長さんって、わりと多いんだよねぇ。今日はねぇ、他にも佐野自動車の花田さん、あとサンテックイコウの井高さんもいたね。花田さんはパチ屋の前でズボンのチャックからワイシャツとチンチンをハミ出させたままジーッと立ってたなぁ……あれ、上級者だよなぁ。井高さんは駅の中で「切符買わないから自転車でレール走らせろよ!」って大暴れしてたよ。二人とも世界を相手にしている社長さんだけあって、やっぱりセンスあったなぁ。ははは。よし、澤田君さぁ、ちょっとモノ足りないからO駅に行ってくれるかな? うーん、ディテールが足らないんだよなぁ……俺もステテコの股から何か出してみるか……」
真剣に悩みながらあそこを弄る社長の姿に、佐藤は理解不能の感情を抱いてしまったが、運転席に移っていた澤田は淡々と「ではO駅に向かいます」と答える。
助手席に座る佐藤は眺める車窓から異装した戸倉と同じような格好の中高年男性がフラフラと歩く姿を見つける度に、心の底で何とも言い難い感情が蠢くのを感じてしまうのであった。
ある一人に焦点を当ててここへ書き記した訳であるが、その大半の実態や職務というものは目下調査中であり、今だ謎に満ちている。
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