【小説】 あたらしい生き物 【ショートショート】
ついに、念願の茶釜を手に入れた。清水風芳作のこの茶釜を、私は長年に渡り探し求めていたのだ。
私財で雇った蔵ハンターの越川という凄腕が、私にこの茶釜をもたらしてくれた。
聞けば群馬の山奥の蔵で永い間、人知れず眠りに就いていたのだとか。
私はこの手に収めた喜びを噛み締めながら、茶の間に茶釜を飾った。たまたま遊びに来ていた孫が物珍しそうに眺め、手に触れようとしたので一喝してやった。
「こら! それに触るんじゃあない!」
「父さん、そんなに怒ることないでしょ!?」
「馬鹿者。これはな、本当に特別な品なんだ。国宝モノなんだ」
「ばっかみたい。そんなに大事なら蔵にでもしまっておけば?」
「ふん。蔵から出して来たのだ。それも他人の蔵からな」
「訳わかんない。樹、もう帰ろう。しばらく来ないから、じゃあ」
「さっさと帰れ! この分からず屋め!」
「一体どっちがよ! 頭来るわぁ」
物の価値を知らないバカ娘とアホ孫が帰った所で、私は茶釜と対面し、その雄姿をたーっぷりと堪能した。
この良さが分からないなんて、生きている意味あるのかぁ? と口にさえ出しながら、その日高笑いしながらワシは眠りに就いた。
翌朝、大事件が起きた。
「ない! ないない! ワシの茶釜が、どこにもない!」
朝起きてみると、茶の間に飾ってあったはずの茶釜が消えていたのだ。ワシは家中を探し回った。引き出しも開けた。風呂の蓋も開けた。妻の位牌も裏返してみた。
しかし、茶釜はついに見つかることはなかった。
激しく落胆しつつ、泥棒にやられた旨を警察に伝えるとすぐにゾロゾロと警察の連中がやって来た。
「鍵の掛かるような場所には保管していなかったんですか?」
「茶釜だぞ。当たり前だろう。飾って、この目で愛でていたのだ」
「茶釜を愛でる……そうですか。あ、ちょっと待ってて下さいね。え? なんだって!」
警察によれば、近隣の山中で恐らく私の茶釜が発見されたのだという。
しかし、その形状に難があるのだと警察は言った。
「あのですね……そのぉ、現状を留めていないと言いますか……」
「まっ、まさか! 壊れた状態で発見されたとでも言うんじゃないだろうな!?」
「いえ。壊れてはないらしいんですけど……とにかく、確認の意味も含めてご同行願えますか?」
「もちろんだ!」
警察と共に山へ行くと、茶釜を見たワシは卒倒しそうになった。肩を警察に抱かれながら、「あれですか?」と問われ、かろうじて「いかにも」と答えた。
ワシのだーいじな、だーいじな茶釜は、人の手足が生えた四つん這いの状態で、山中の荒れた路上に放置されていた。
「ピクリとも動きませんけど、捕獲? しますか?」
「あ……あぁ……あの、そうだな」
「了解です。おい! 準備しろ!」
警察たちがサスマタやら網やらを持って茶釜を取り囲み、せーっの! の合図で飛び掛かる。
茶釜は微動だにしないかと思われたが、尋常ではない速度でサスマタや網を潜り抜け、山肌を駆けて行った。
「しまった! 取り逃がしたぞ!」
「追え! 追えー!」
逃げた茶釜を追った警察の努力も虚しく、その日茶釜が発見されることはなかった。
また翌日に捜査するとのことで家に帰り、手足の生えた茶釜を見たショックからワシは発熱し、ドカンと眠りに就いた。
翌朝。熱いお茶を飲みながらテレビを点けると、ワシはお茶をブーッと噴き出した。
『茶釜が逃走!? 警察五十名体制で山中を捜査開始』
なんと、テレビニュースで茶釜の逃走劇が放映されていたのだ。
驚いたものの、その日も茶釜が発見されることはなかった。
さらに翌朝。やはり熱いお茶を飲みながらテレビを点けると、ワシはこれまたお茶をブーッと噴き出した。
『茶釜が暴走!? 猿と共に土産店へ侵入。茶釜に掻かれる被害者続出』
なんと、二つ隣の山の観光地で、茶釜が大暴れしたというのだ。ニュース映像には猿と共に四つん這いで土産店へ侵入するワシの茶釜が、しっかりと映し出されていた。
これは大事になってしまったぞと焦りを感じていると、とある生物研究所から電話が入った。
「現在の持ち主の、花川さんですね?」
「いかにも。越川ハンターから聞いたのか?」
「ええ。実はですね、あの茶釜なんですけど……私共にお譲り頂けませんでしょうか?」
「譲るぅ!? 馬鹿抜かせ! ワシがあの茶釜にどれだけの情熱を注いで来たと思っているんだ!」
「いや……私共が欲しているのは茶釜というより、本体の方なんです」
「ほ、本体? 何を言っているんだ?」
「ええ。実はですね、あれはヤドカリに近い生物でして。宿主として選んだのが今回の茶釜だった訳です。しかし、これは国会機密レベルの極秘情報なので……他言無用でお願いします」
「そうは言ってもなぁ……私には人に見えたんだが……違うのか?」
「ははは! 人な訳ないじゃあないですか! おかしな人だなぁ。しかしですね、年に一度はあの生物が発見されるんです。私達が欲しいのは中身の方なので、捕獲次第茶釜はお返し致します。もちろん謝礼は弾みますので。如何でしょうか?」
「うむ。そういうことなら、任せるとしよう」
「ありがとうございます!」
数日後。茶釜のニュースはあれからピタリと止まり、話題にも出なくなった。
本当に国家レベルの機密生物だったのだろうと思いながら家にいると、研究所の職員が茶釜を持って我が家へやって来た。
茶釜は割れも欠けも傷もなく、無事で何よりであった。
「うむ。確かにワシの茶釜だ!」
「ご協力頂き、感謝いたします。こちらが謝礼になります」
「どれどれ……なぬ! ひゃっ、百万円!? 百万円だと!?」
「はい。ご協力の謝意と共に、どうかご内密に……ということです」
「そうかそうか。ワシは何も見てない、知らない、茶釜は元々ここにあった」
「ありがとうございます。万が一、万が一再び茶釜が消えた際は警察ではなく、我々に直接ご連絡願います。なんせ、中身が大事なものでして」
「うむ。万が一でも二でもあってはならぬが……その際はそうさせてもらおう」
そうして無事に茶釜が帰って来てから一週間後。
バカ娘とアホ孫が遊びにやって来た。臨時収入があったので、二人になんでも好きなものを買っていいぞと羽振りのイイ所を見せたのだ。
買い物へ行き、我が家の縁側でくつろいでいると娘が言った。
「父さんもたまにはイイおじいちゃんになるもんなんだねぇ」
「まぁ、先日株の配当があってな。うむ」
「ふーん。次は何タカろうかなぁ」
「馬鹿言え。今回はたまたまだ。いつもは、ほんの雀の涙ほどなんだからな」
「あれ? そういえば樹は?」
「うん? 茶釜が見たいと言っていたがな。茶の間にいるはずだが」
縁側から振り返り、奥の茶の間を覗いてみる。
電気を点けていなかったので暗がりになっていたものの、じーっと目を凝らすと再びワシの茶釜が消えていることに気が付いた。
「あれ!? ない、ない! またなくなっている!」
「樹ー? 樹ー? きゃあああああ!」
「わああああああああ!!」
なんと、今回は孫の樹まで茶釜と共に消えていた。
そしてすぐに、文字通り茶釜と共になった状態で、我々の前にその異様な姿を現した。
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