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故郷は地球

このタイトルを見て「あ、ジャミラか」とピンと来た人はどれくらいいるだろうか。
今回は珍しくテーマというか書きたくなる気持ちがあったので真面目に書こうと思う。
そしてそのテーマがウルトラマンに出てくる怪獣「ジャミラ」である。

真面目と前置きした癖にいきなり怪獣の話かい!と心の中で熟睡中の大枝の部屋をボカンと爆破した方々、少し待って欲しい。
この「ジャミラ」のお話は道徳の教科書にも用いられるほど、実は様々な視点の問題を抱えた実にシリアスなお話なのである。

ジャミラの事を「怪獣」と紹介したが、ジャミラは元は人間だった。ある国の有人人工衛星のパイロットで、事故が起きた事が原因で地球に帰還出来なくなってしまったのだ。
その頃地球では大国同士が宇宙技術覇権を争っており、事故が起きたなどと発表すれば国のプライドに関わる大問題となる。
そこで、ジャミラを宇宙へ送り出したその国は事故を隠蔽し、彼の救助を諦める事にした。

ジャミラは辿り着いた先で生き永らえたものの、宇宙放射線の影響により人間とはだいぶ掛け離れたおぞましい姿へと変貌を遂げてしまった。

その後ジャミラはロケットを作って自分を見捨てた人類へ復讐する為に地球へ舞い戻った。
誰もがおぞましい姿をした宇宙怪獣だと思ってばかりいたが、実はその正体が人間だと知ったウルトラ隊員は彼に呼び掛かる。

「人間の心をなくしちまったのかよ!」

その声にジャミラは思いとどまる様子を見せるが、村を焼き尽くしながら平和会議会場へと向かう。

ウルトラ隊に命令が下る。

ジャミラの正体を明かす事なく葬り去れ。宇宙から来た一匹の怪獣として葬り去れ。それが平和会議を成功させるただひとつの道だ。

平和会議が行われている会場に現れるジャミラ。そこへ現れたウルトラマンにウルトラ水流を撃たれ、這いつくばりながら会場を破壊しようとするも、ジャミラは絶命してしまう。

衛星の事故以来、水のない環境で過ごしていた為に人間にとって命でもある水を受け付けない身体になっていたのだ。
なんと皮肉な死に方なのだろう。

しかし、彼の死後には墓標が建てられ、最後はひとりの人間として埋葬された。

なんだかやるせない話だけどウルトラマンの中でも屈指の名作と言われるジャミラ回。
僕が普段書くものもこんなテイストに近いものを目指している所がある。

以前、こんな小説を書いた。

いじめられっこ二人がいじめっこのリーダーを刺してしまうというお話だ。

最近、奇しくも似たような事件が起きた。
ここで誰が悪いとか意見を言う気はない。みんな悪くないと言えばそれまでかもしれないし、みんな悪いと言えばそれまでだからだ。

人の心を探りながら物を書いていると、大体の出来事に対して妙な察しが付くようになってしまう。
それは良い時もあれば悪い時もある。

誰かの悪意というものは恐ろしいもので、善意よりもよほど連鎖を生みやすい。
例えばこんな会話がある。

①「なんかさぁ、あいつってムカつかね?」
②「あー、確かに。調子のってるよね」
③「だろ?みんなでさぁ、シカトしようぜ」

この会話に出てくるポイントがいくつかある。

まず①については悪意の「投げ掛け」だ。これは他者の悪意の心のドアをノックする言葉だったりする

そして②は悪意の増幅。ほんの少ししか思ってなかったことでも他人に言われた途端、悪意は明確な輪郭を持って浮かび上がる。

最後の③は同調と圧力だ。②は①の段階で他者の悪意に賛同してしまっている為、心の隅で「嫌だ」とは思っていても堂々と「嫌だ」とは言えなくなる。何故なら他人の悪意に同意してしまった所を知られているからだ。

そうなると③の「シカトしようぜ」という誘いに従うしかなくなる。自分だけが悪意を背負っているのが苦痛になり、自分と同じような人間を①の手順で作り始める。
そしてウィルスのように爆発的に悪意というのは他人の悪意を逆手に取りながら増殖して行くのだ。

ここで④が出て「いや、僕はそうは思わない」とハッキリと断るとする。
しかもシカトされようとしている人間の素晴らしさをプレゼン出来る能力もあるとする。
その結果、④はシカトされようとしている人間と共に一緒にシカトされるようになる。

これが一番初めの①との接触であれば結果は変わっていたかもしれないが、一番初めの①は狡猾なのだ。
悪意に陥り易い人間を狙い、声を掛ける。

楽園で蛇がアダムとイヴに声を掛けたのも騙しや易かったからだろう。

ジャミラを元人間だと知った者達は複雑な心情を抱いている。
復讐の意志に取り憑かれた化け物となったジャミラを止めるには物理的に殺すしか方法は無い。
しかも復讐の理由は人間が人間を見放したからに他ならない。

悪意がもたらす結果に、人は時に蓋をする場合がある。
虐められている生徒がいると知っていて、面倒を避けるあまりその存在自体を無視する教師もいる。

他の生徒達と一緒になって虐められっこの葬式ごっこをしていた教師も過去に居たというから、これは中々の悪魔だと感じる。

僕自身、性善説よりは性悪説を取る人間だ。
隙が生まれれば必ず生まれる人の悪意を信用しているからこそ、日頃そんなものばかり書くようになった。
控えめに言って性根が腐っている。

しかし、腐っているからこそ見えて来るものもある。

悪意の中に身を置いた場合、心のどこかで

「自分だけは違う」

と善意を信じようとする。
これは心の防御反応としては正当な考え方だと思う。
しかし、周りをよく見て欲しい。

誰かに向かって怒鳴り声をあげる者も、背中を蹴る者も、石を投げる者も、全員が

「自分だけは違う」

と信じてその行為を行なっているのだ。

悪の連鎖を止める方法は人類が誕生して以来、未だに生み出されてはいない。
釈迦の説法もキリストの説教も馬の耳に念仏のまま、ドローンが空を飛び、ロボットが歩く世界まで来てしまった。

その悪意が果たして本当に必要なものなのかどうか知ろうとした場合、自分の中の悪意から目を背けるのでは無く、ゆっくりと悪意と向き合ってみると良いだろう。
長く付き合いのある友人のように、膝をつけ合わせながら腹を割って話せば悪意が微笑む事もあるかもしれない。 

ジャミラは宇宙の隅で悪意の塊となり、人類に復讐を果たす為に異形の姿となって故郷へ舞い戻って来た。
そして正体を暴かれる事なく抹殺せよ、との命令により倒されてしまった。

絶命寸前のジャミラの鳴き声はまるで赤子のようで、彼は早く生まれ変わりたかったのではないか、という悲しい印象を受けた。

これからも僕は悪意を信じ続ける。
その方が善意が良く見えるからだ。
遠くにあるからこそ、そこを目指そうとも思えるのだ。

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