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【小説】 宇宙人VSヤクザ 【ショートショート】

 世界が混沌の渦中にあったある日、世界中の空を突然銀色の円盤が覆い尽くした。
 空を埋めるほどの円盤は日がな一日空中に停止していたものの、何か特別なメッセージや意思表示をする訳でもなく、各国首脳陣の頭を大いに悩ませていた。
 それもそのはずで、世界はとある大国が仕掛けた戦争のせいで勢力が二分していたのだ。円盤に対する情報交換を行うにも、ホットラインが断たれている為、世界は円盤に対してどう処置を行うかまとめられずにいた。

 円盤が現れてから三日目が過ぎようとしていた頃、全世界中のメディア、それもテレビやスマートフォン問わずに、こんなメッセージが突如として表示された。

『我々はあなた達の星を滅ぼすことにしました。』

 アーモンド形の大きな目をした異形の生物の映像と共に発信されたこのメッセージに各国首脳陣は恐れ慄いた。
 命が惜しいばかりにパニックになり、民衆を差し置いて我先にと逃げ出す世界の指導者の姿もあったが、アメリカ、ロシア、イギリス、中国、そして日本の首脳陣は分断されている現状を乗り越え、この世界の危機に対する情報交換を行うことを決定した。
 その直後、円盤側から新しいメッセージが届けられた。

『私達の文明は高度に発達しています。あなた方を一方的に攻撃するのはゲームとしてフェアではないし、面白くありません。あなた達は五人の代表を選出し、我々が選んだ五人と最後の一人になるまで戦ってもらいます。あなた達が勝てば、私達は大人しく引き下がります。試合は三日後です』

 この知らせに、世界中の軍隊は協力して核を持って先手を打つことを首脳陣に提案した。しかし、その動きを察したのか、円盤側から首脳陣に向けてある映像が届けられた。 

 映像の冒頭、地球とよく似た惑星が映し出され、カメラは徐々に地表に迫って行った。雲を越えた先に見えた青い海、青い空、そして緑に覆われた地面が見え始め、まるで地球のような光景が画面に広がって行く。すると、地表からカメラへ向かって無数のミサイルが飛んで来た。
 その次の瞬間、画面は眩い光に包まれて真っ白になり、何も見えなくなった。眩い光が収まると、カメラのアングルは地表から再び離れて行き、地球に瓜二つだった惑星が無残にも真っ二つに割れた姿が画面に映し出された。

 それを見た世界中の首脳陣達は「一切の攻撃を加えないように」と軍隊に通達し、円盤側が要求する戦い方を呑むことにした。
 試合の為に闘いのリングを設営することになったのだが、スタジアムの貸し出しに名乗りを上げたのは世界一の収容人数を誇る「メーデースタジアム」を所有する北朝鮮だったが、

『今は外敵の脅威から地球を守るのが先決であり、晴れて脅威が過ぎ去った暁には、憎き米英の鬼畜生共に我々が正義の鉄槌を下すことを肝に銘じておくがいい。さもなくばホワイトハウスは決戦の前に火の海を見ることになるであろう』

 という余計な声明文まで付いていた。
 形だけの謝辞を米英が述べると、すぐに決戦のリングは設営され、戦いの日がやって来た。

 アメリカ代表はプロレスラー。ロシア代表はシステマの達人。中国代表は山奥に籠っていたという気功師。イギリス代表はボクシングの世界チャンピオン、そして日本からは収監されていた超武闘派のヤクザが代表として選ばれた。

 ヤクザの名はタジマと言い、その手の者達で彼を知らない者はいないほど名を轟かせている人物だった。タジマは他の選手達と違い、本番に向けての練習など一切しなかった。大柄な彼は頬に傷を持ち、実にヤクザらしい風貌はしているものの、民衆の前で戦意を見せることはなかったのだ。
 両手をズボンのポケットに突っ込んだままスタジアムの隅に立ち、じっとリングを見つめているだけのタジマの姿に世界中の民衆は不安に陥った。

『あのジャパニーズ・ヤクザは戦う気があるのか?』
『図体がデカイばかりで役立たずだったらどうしよう』
『あんな奴が世界の五分の一を背負っているだなんて、ジーザス!』
『今からでも遅くない、選手を変えてくれ!』
『設営をやってるガリガリの朝鮮兵の方がまだマシだ』

 そんな言葉がネットの海を覆い尽くしても尚、タジマは動じることなくリングを睨みつけていた。

 いざ試合当日になると、円盤側の選手達の異様な姿に地球の代表達は目を丸くした。腕が八本もある烏賊のような生物、スライムのようなドロドロと姿形を変える生物に、象のような鼻を持つ大型のナメクジ、全身が流体金属で出来たロボットのような者まで、円盤側の選手達は実にバリエーションに富んでいるのであった。五人目に出て来たアーモンド形の目を持つ小さな生き物は地球側の代表達を見て、こう言った。

『私が五人目になりましょう。何故なら、私が出る幕はないからです。あなた達はすぐに破れてしまうでしょう』

 と。

 いよいよ地球存亡を懸けた試合が始まり、円盤側の先行には烏賊生物が選ばれた。烏賊生物がリングに上がると、

「今夜はシーフードピザで決まりだぜ」

 そう叫びながら、アメリカのプロレスラーが意気揚々と先行を名乗り出る。しかし、試合が始まった直後に烏賊生物の触手によってプロレスラーは一瞬のうちに八つ裂きにされ、続くボクサー、気功師、システマ使いもあっという間に烏賊生物の毒牙に掛かり、あっさりとやられてしまった。

 パズルのピースのようにバラバラに散らばった肢体の真ん中、地球側に残る選手はたった一人になってしまった。
 始めから誰の期待も背負っていないタジマは試合の成り行きをまるで他人事のようにポケットに両手を突っ込んだまま眺めており、何が起ころうとも微動だにしなかった。
 戦いの覇気の片鱗さえ見えてこない彼の姿に世界中が再びパニックを起こし、世紀末がやって来た! とネットは荒れに荒れ始める。
 最後の一人となったタジマにアーモンド形の目を持つ生物が呼び掛けた。

『さぁ、残りはあなた一人になりました。おとなしくリングに上がり、負けを認めましょう。この星は滅びますが、あなたの命だけは助けてあげます。』

 その声に反応したタジマは唇の片方だけを上げ、ゆっくりと歩き出す。
 溜息を洩らしながらいかにも怠そうにリングへ上がると、後ろに撫でつけたオールバックを櫛で整え始める。
 戦う意志がまるで見えて来ないタジマの姿に世界中の民衆は画面の前から離れ、我先にと逃げ場を求めて外へ飛び出した。
 五体の異形な生物達は全員リングに上がり、タジマがいよいよ負けを認めるのを待っていた。 

 タジマは肩をいからせながらリングを歩き、彼らの前で立ち止まる。そして、アーモンド形の目を持つ生物の耳元でボソボソと何かを囁いた。
 すると、アーモンド形の目を持つ生物は突然

『ピギィィィィィィィイイイイイイ!』

 と泣き叫び、他の生物達も慌てふためいた様子でリングを駆け下り、スタジアムを飛び出して行った。そして、停泊していた円盤に乗り込むと、夜の向こうへ消えてしまった。
 それと同時に世界中の空を覆い尽くしていた円盤は空の彼方へ消えて行き、それから二度と姿を現すことは無かった。 
 こうして、地球は滅亡を免れた。

 それからしばらくすると一丸となっていた勢力は再び二分し、一時停止していた混沌が再び世界を襲い始めた。収まる様子のない混沌に世界の経済バランスは崩れ始め、局所的に済んでいたはずの戦火は地球全土に拡がっていった。
 地球を救った英雄として崇められ、再収監を免れたタジマは六畳一間のアパートでミサイルの空襲警報を聞きながら片手鍋を火にかけ、お湯を沸かしている。
 お湯が沸騰し始めてすぐに午後の静けさを打ち壊す衝撃音が彼を襲ったが、やはり試合の時のように微動だにしなかった。
 お湯を注いでから三分きっちり待って蓋を開け、割り箸を手にする。そして怠そうにテレビに向かってリモコンを操作する。外では衝撃音と共に、街のあちらこちらから火の手が上がり始めている。
 タジマは昼時のニュースを眺めながら試合当日を反芻し、すぐに頭の中から掻き消した。あんな平和はもう二度と戻って来ないだろう、そう悟ったのだった。テレビの中でも外でも、雨のようにミサイルは降り注いでいる。窓際に立ってみると、その熱を肌で感じられるくらいに火の手は近い。
 座り直して、テレビ画面に目を向ける。外と同じような光景が、世界の至る所で広がっている。湯気の立つ醤油味のカップラーメンを啜りながら、タジマは世界の混沌を鼻で笑っている。

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