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すらすら読める人事小説:部下を持つ⑧

「越智さんは、なぜ新卒採用チームに来てくれたの?」
「あ、はい。実を言うと復職場所として新卒採用チームを佐川部長から提案されたとき、チームの課長が岡部課長なら会社を辞めようと思いました。でも山田課長だと聞いて、それなら戻ってもいいかなと思いまして」
越智はやや照れながら、正直な気持ちを山田に伝えた。
「俺だから?」
こいつは俺の何を知っているのだろうか?果たして俺は、人事部の若い社員から何と思われているのだろう。山田は、越智の言葉に素直に喜べずにいた。ただ、越智の反応を文字通り受け取れば、評判はそれほど悪くは無いようだが。
「そうか、それは喜んでいいのかな?」
山田の質問が聞こえなかったのか、越智からの返答はなかった。新幹線は浜名湖大橋を左手に見ながら、ほどなく豊橋を過ぎた。
名古屋では多くの乗降客が行き交う。春休みを利用した家族連れや、出張のサラリーマンに混ざり、恐らく東アジアの留学生と思しき団体が乗り込んできた。彼らは流暢な日本語を操り、自分の座席を探していた。その中の二人組が山田たちの前の座席に座った。二人とも山田たちを振り返り、背もたれを倒してよいかと丁寧に聞いてきた。これには山田も越智も驚いた。自分たち日本人が忘れかけているマナーを、留学生に日本語で教えられた。
「越智さん、今の聞いたかい?」
「はい、しっかりしていますね」
「日本人が教えたのだろうか。それとも子供のころからの躾かな」
「わかりませんね。ただ、マナーがしっかりしているだけではなく、日本語もしっかりしています。それに見てください。あれ、日本語で読んでいますよ、経営書みたいですが」
その姿に二人は驚きを隠せなかった。山田は、自分を含む立川産業の社員が、諸外国で戦える人材と言えるほど鍛えられているのだろうか。言われのない不安に陥った。

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