一般noteユーザーが集めるnoteマガジン

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noteが支える日常

noteが支える日常

「ニュースをみるよりも早いから」と、Twitterを情報源にしているひとの話をよく聞きますが、わたしの場合は断然noteだなと確信する出来事がありました。 7月19日は祝日 うちのカレンダーにはそうなっていたので、ほとんど仕事をせず――なんなら出かける用事をいれていた――休日を満喫する予定でいました。当日の朝までは。 なにげなくいつものようにnoteをながめていたら… ん?ん? 2度見する投稿がありました。 ミーミーさんが注意喚起してくださったおかげで、仕事関係者

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無冠の女王、文章を書く

無冠の女王、文章を書く

子供のころから、おおよそ「芸術」というものには縁がなく、絵を描いても、歌を歌っても、作文を書いても、楽器を弾いてもどこかサマにならない。運動音痴で体育もからっきしダメだったし、小学生のころ、書道教室に通っていたが、後から入ってきた妹に級を抜かれた。 つまり、一度も「賞」と呼ばれるものをもらったことがない。 noteのコンテストだって、一度も選ばれたことはない。 だから、noteのプロフィールに「◯◯賞受賞」と書いてある人が、とても、とても、うらやましい。 最近、時々目に

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記憶の引出しからnoteをまた1つ

記憶の引出しからnoteをまた1つ

【554】 記憶の引出しをあけて。 僕は毎日書いているnoteは過去のリライトなどはなく、いつだって新規投稿。 実際に下書きのストックはあまりない。 書いて推敲して、その日のうちに投稿してく。 なんなら"なに書こうかな"ってところから始まる日も珍しくはない。 まさに今日なんてそれだ。 日々、2000文字程度の文章をこのnoteに書いている。 思い起こせば2020年の1月からずっとだ。 書けと言われればなんでも書けますよってレベルになれたのは毎日更新していたおかげ。 本来

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たまに毎日投稿でもしようかしら、という欲求にかられる

たまに毎日投稿でもしようかしら、という欲求にかられる

毎日投稿なんてつらいからやらないほうがいいぞ。 ――と書いたのも今は昔の話。現在のわたしの更新ペースは徐々に下降のいっとをたどっている。それでもある程度のペースは保てていると思うし、書きたいと思っているものは書けていると思うので、あまり不満はない。 でもたまーに、「また毎日更新でもしようかしら」というヨコシマなささやきをするやつが顔を出したりする。 意味もなく毎日更新することに意味はない。そう思っているからには、意味のある毎日更新ができるということなのだろうか? そんな

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息をするように書く文章も時間とともにかわる

息をするように書く文章も時間とともにかわる

編集の仕事をはじめたばかりの頃、よく編集長にいわれていたのが「さやかさんのつけるタイトルは黒くてぎゅっとしてる」だった。 漢字、しかも画数多めの漢字を使いがちで、よくいえばきっちりしてわるくいえばかたくるしい文章が得意だったわけだけど、それは子育てメディアのコンテンツを編集したり、担当のライターさんと主にメールで関係性をつくりフィードバックをしていくにあたっては、まったく向いてなかった。 異動当時は、えーー社外の人のメールに「!」とか、顔文字いれたり、そんなゆるい言葉づか

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動画世代のわたしたちが、noteを書き続ける理由

動画世代のわたしたちが、noteを書き続ける理由

同い年の仲良しnoterである武田ひかくんと、5億回くらい討論したであろう内容がある。 『今の10〜20代が、noteを書き続けるのめっちゃむずいよね』 理由はいろいろと交わした。 そのいち、『経験値』。20年間生きてきた人と、30年間生きてきた人とでは、持っている材料が全然違う。材料が揃わなきゃ料理ができないのと同じで、何か自分の中に大きな経験がないと文章を書くのは難しいと感じてしまう。 だが、若さを武器に書ける内容はいくらでもある。いま流行っているコンテンツ、Z世

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noteと書くことの効能

noteと書くことの効能

わたしは本を読むのが好きだ。そして、それ以上に文章を書くのが好きだ。 書くことは、自分の考えや意見を明確にすることができるし、思考の整理にもなる。頭の中が整理されると、自分の想いを正確に表現できるようになり、言葉の精度もあがる。 たぶん、この言葉の精度を保つために、日々noteを書いているのだろう。 最近は、疲れが度を越えてくると、頭の中がとっちらかってしまい、自分の想いがどこにあるのか判らなくなる。 日々の出来事をnoteに書くことで、わたしは日々の出来事をどのよう

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「なぜ毎日書くのか」について考えてみた

「なぜ毎日書くのか」について考えてみた

毎日、noteを書くのが日課になっている。文章を書くのが楽しいし、今日はどんな文章を書こうかと毎日ワクワクしている。もはや完全に「書く」が生活の一部となってしまった。 noteではエッセイを書くときもあれば、心の内側について書く場合もある。毎日更新をはじめた当初から書く内容はその日の気分によって変えていて、たくさんの種類の文章を書きたいと思っている。 でも、今日はエッセイを書いていたかと思えば、突然方向転換をして、心の内側を書く場合もあるから思いつきで行動するってのは少し

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「量は質を凌駕する」は本当らしい

「量は質を凌駕する」は本当らしい

noteを初めて 2ヶ月。 Noteの運営を上手にやっている人が 共通して言っていたのは 「毎日、記事を書くこと」 なぜなら 「量は、質を凌駕するから」 最初は、 「うそだぁ」 って思った。 当時は、まだ Life storyだけを書いていて 1つの記事を 書き終えるのに 3日はかかってた。 1日1記事って 急いで書くことになるし その分、 思考も内容も浅くなる。 毎日、記事を書いている人でも 1記事300文字とかで 終わっている人もいる。 「これ、誰が読

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毎日書き続けたエッセイは活動の種

毎日書き続けたエッセイは活動の種

250日ほど毎日エッセイや日記、何かしらを書き続けた。このエッセイでいったん毎日書き続けることを終わりにする。エッセイを毎日書き続けることで、ぼくが得たもの、書き続けた意味を、自分の整理も含めて書く。 noteを毎日更新する意味について、今も感心を持つ人がいるかわからないが、一応書き続けた上で言えることは間違いなく意味はあった。ただ、それは毎日更新したことにではなく、目的とやる意味を考えて行動したら、それが結果的に毎日になったと言った方が正しい。毎日更新する意味は人によるだ

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