アイライナーがなくなっちゃった

なんてこった。デート当日の朝、アイライナーがキレてしまった。前々から筆跡が薄くなってはいたけど、「まぁ明日買えばいいか」を繰返しているうちに土壇場を迎えてしまった。

困った困った。アイライナーがないと私は瞳にインパクトが出ないんだ。なんてたって私は純ジャパニーズの堀浅顔で、歪なバランスの、華もクソもない平凡女なんだもの。すっぴんの自分に自信なんかありゃしない。お化粧を施して、ようやく人並みか、それ以下くらい。あーあ、嫌になっちゃう。でもネットには自分よりも明らかに容姿の劣った人間が沢山いる。下品で低俗なやり方で自尊心を慰めようとスマホを開くが、自分の指は無意識に、メッセージアプリの上から二番目を開いていた。


佐藤太郎


< なぁなぁ、明後日〇〇花火大会いかん? 既読18:25

< ぼっちすぎて辛い笑          既読18:27


> おっ(゜゜)                20:20

> いいよ(゜゜)                                                      20:20


< わ~い(^O^)             既読20:14

< 16時〇〇駅集合でよろ👍         既読20:15


ただ今の時刻は15:24で、ここから〇〇駅まではざっと15分。

イケるか。間に合うか。いや違う、間に合わせるんだ、大丈夫、イケる!走れ!!正午の陽光を割ったようなカラッとした音を経て、浴衣姿の平凡女はドラッグストアへ走った。




ただ今の時刻は16:25。約束の時間にはなんとか間に合ったはずなのに、私は〇〇駅に一人立ち尽くしている。なんでって?ほら、見てよ


佐藤太郎


< 着いた~ 今どこ?          既読15:59


> めんご                                                                16:15

> いけんくなった~(゜゜)          16:15


< ありゃ笑 りょうかい~笑           16:15 


やっぱりそう来たか。でも正直そこまでショックではなかった。だって佐藤太郎くんのドタキャンは想定内だったから。そして私がこのまま花火大会にいけば、彼が美人な女性と歩いている場面に出くわすのも、同じく想定内。だからかな、あまりにも私を舐め腐った態度だったのに、また怒れなかった。死ねばいいのに。いや、嘘、死んだら悲しいからやっぱり生きてて。今回は(も)返信してくれるだけでも有難かったと思って、また次の機会を探ろう。でも太郎くんにとって、私みたいな女は人生N本目の割り箸みたいなものだから、罪悪感なく捨てられるんだろうな。友達は口をそろえて「一回関係を持っただけのクズ男でしょ。やめときな?ね?」って言うけれど、本当にその通りだ。私が友達でも同じことを言うだろう。でも私は当事者だ。そのせいで、今もなお、無垢な無関心に無関心なフリができてしまう。

でもこのままじゃダメだよね。きっとこのままじゃ、元の自分に戻れなくなっちゃう。


佐藤太郎


< ブロックしてもええんやで笑     既読15:05

< 嫌いならちゃんと言って笑      既読15:10


> 嫌いじゃないけど(゜゜)          19:19


< じゃあ付き合ってよ笑        既読 19:20


> なんで?(゜゜)               21:21


< そういうとこ笑            21:29


最後のメッセージは数か月がたった今も既読が付いていません。ブロックされたのかもしれないし、スルーしているだけかもしれない。どっちなのか確認するのも面倒なので……なんて、友達には嘘を吐きました。正直なところ、ブロックされていなかったら、まだ脈ありだと期待してしまうので、自分のためにも確認していないというのが正しいです。


雪もほろろな椿冬を迎えました。

私はある男性と出会いました。笑顔がよく似合う、冬なのに日焼けした肌が印象的な、健康好青年に見えます。でも正直なところ、太郎君のほうが恰好いいです。太郎君のほうが髪が長くて歯並びも美しく、華奢で、肌がきれいで、目もクリクリしていました。でも太郎君と私はもう関係のない人なので、なるべく彼のことは考えないようにしました。正しくはしたかった、です。彼には悪いですが、この細指がなぞる背骨が太郎君のものであったならよかったのに、そう考えたことも一度や二度ではありませんでした。彼の胸毛が伸びる様子にも並々ならぬ嫌悪感がありましたが、今や亡霊にも等しい存在と実在する人間を比べるのも阿呆らしいと、無理やり自分を納得させていました。

さっきからなぜ敬語なのかって?そりゃ、私が年を取ったからです。年を重ねるということは守るべきものも増えるということでして、そのために大人は屡々臆病になります。だから私は自分の守るべきもの(勿論それには健康好青年も含みます)のため、敬語やしゃらくさい気取った表現なんかを使って、自身を守るのです。


本音を言えば、自分を殺してでもいいから、太郎君を愛したかった。でも太郎君の殺意はあまりに冷淡なものだから、私を殺すこともできなかった。太郎君は元気にしているだろうか。


ロマンの花筵に一文字一文字認めたお手紙です。太郎君、貴方の幸せを心よりお祈り申し上げます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?