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6月の歌と、出さなかった手紙

 6月に聴きたい曲は何ですか。

 いろいろありますよね。ユーミンの『雨のステイション』とか。
 一つにしぼるとしたら私はチャイコフスキーの『舟歌』かな。12のピアノ曲から成る彼の《四季》の中でもとくに美しい小品です。

  1月  炉端にて
  2月  謝肉祭
  3月  ひばりの歌
  4月  松雪草
  5月  白夜
  6月  舟歌 ←
  7月  草刈人の歌
  8月  収穫
  9月  狩り
  10月 秋の歌
  11月 トロイカ
  12月 クリスマス

 当時ロシアはユリウス暦で、太陽暦よりも約半月遅れでカレンダーをめくっていました。6月の『舟歌』は短い夜の歌。なぜ夜かというと、ロシアの詩人アレクセイ・プレシチェーエフの短い詩にインスパイアされて生まれた曲だからです:

Выйдем на берег, там волны
Ноги нам будут лобзать,
Звёзды с таинственной грустью
Будут над нами сиять.

舟を寄せて岸辺に立てば
波が僕らの足にキスをする
ふたりを照らす星の光は
どこか不思議でもの悲しい

 ふたりは恋人でしょうか。
 チャイコフスキーはゲイだったそうなので、彼氏を思いながら創作したのかもしれません。

 そうだ、この詩の続きの物語を書いてみよう。

 と数年前に思い立ちました。
 私が子供の頃好きだったNHK『みんなのうた』はクラシック曲に日本語詞をつけた歌がけっこうあって、中でも『小さな木の実』(ビゼー『美しきパースの娘』)やハイファイセットが歌う『白い道』(ビバルディ『冬』)は名曲でした。あんなの作れたらいいなぁ……

 星の光が放つ悲しい予感は的中し、やがて別れるふたり。傷心の〈私〉は思い出の桟橋に降り立ち、ボートを漕ぎながら時の川をさかのぼります。その胸には一通の手紙が……


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桟橋の綱をほどいて
ボートにすわれば


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きしむオールの問いかけに
どこかの雲雀が
どこかへのぼってゆく


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このまま川を下っても
あなたに会えない

並木を走る少年も
やがてあきらめて
元来たほうへ
帰って行った


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低い木漏れ日をくぐって
オールを休めて

薄いコートのポケットの
出さずに終わった
手紙を読み返そう


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誰に知られることもない
思いをたたんで

胸に平たくしまったら
前に背を向けて
きしむオールを
漕いでゆこう


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次の桟橋に着いたら
オールをまたいで
水音から遠ざかろう

雲雀のさえずる
丘の道をのぼって


 自分で言うのもなんですが、口ずさむと景色がふわーっと広がる詞になりました。音階を駆け上っていくサビ(このまま川を下っても♪)がむずかしい。まぐれでも歌えると気持ちが良いです。

 チャイコフスキーはゲイ友がたくさんいて、彼らに宛てた熱い手紙や日記が今も残っているらしい。秘めた思いを胸にしまっておくタイプではなかったようです。むしろその激情が数々の名曲を生み出したのかもしれません。


 波音を伴奏がわりにアカペラで歌いました。
 2年前にも投稿した楽曲ですが、よかったらまたお聴きください。


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