#2-3 時代遅れになりつつある「ブランディング」を再設定する(UX戦略の教科書)
前節(#2-1、#2-2)では、事業戦略の検討枠組みである「STP」とマーケティング戦略の検討枠組みである「ファネル」がともに時代遅れになっているにも関わらず多くの人に信じられており、そのためにUX戦略の策定・実行が妨げられていることを説明してきた。そのうえで「STP」や「ファネル」の検討枠組みを、時代の変化に合わせてアップデートする方向性を提示した。
本節(#2-3)ではブランド戦略を取り上げる。デジタル社会の到来によって、これまでのブランド戦略を捉える枠組みが時代遅れになっている理由・背景を説明したうえで「企業はブランディング活動をどのように再設定するべきか」を明らかにすることを目指す。(図表-1)
ブランディング活動の目的・ゴール
ブランド戦略の時代変遷を語るにあたり、まずは「ブランディング活動とは何を目的・ゴールとしたものか」を明確にすることから始めたい。というのも、ブランドという概念の意味・定義が曖昧で捉え方が難しく、人によって異なる解釈をしていることが、混乱を招く要因の1つだからである。
ブランディング活動の目的・ゴールを明確にするために、ここでは「ブランド」という言葉の原義に遡ってみる。この言葉の語源は、北欧の古い言語であるノルド語のBRANDR(ブランドル)に由来する。BRANDRとは「自分が飼っている家畜に焼き印をつけることで、他人の家畜と間違えないように区別する」ことを意味する言葉である。
つまり語源をリスペクトするならば、ブランディング活動の目的・ゴールは「他のものと差別化」することにあるということだ。これを企業戦略の文脈でいうと「自社が提供するプロダクト・サービスを、他社と差別化すること」が目的・ゴールとなることが分かる。
本書では、ブランディング活動の目的・ゴールを上記のように定め、それを議論の出発点として、これからの活動の在り様を考えていくことにする。(もちろん様々な捉え方があり、異なる定義がされるケースもあるかもしれないが、本書では上記の定義を採用して話を進める)
これまで企業が実践してきたブランディング活動
次に「自社が提供するプロダクト・サービスを、他社と差別化する」という目的・ゴールを達成するために、これまでの企業はどのような手段・アプローチを採用してきたのかについて説明する。
結論からいうと、これまでの企業は「提供するプロダクト・サービスに、物語の力をまとわせる」ことで差別化を図るアプローチを採用してきた。
具体的なイメージを持ってもらうために、ここでは「缶コーヒーのBOSS」の事例に基づいて説明しよう。サントリーは自社が販売する缶コーヒーを他社製品と差別化するために、宇宙人ジョーンズを主役としたテレビCMシリーズを作成した。「宇宙人ジョーンズが地球人の生態を調査するために、さまざまな職業に潜入して労働体験をする」というあらすじのCMである。最近はあまり見かけなくなったが、覚えている方も多いのではないだろうか。
サントリーはこのCMシリーズを通じて「仕事の休憩シーンにBOSSを飲むことで、働く人が心身をリフレッシュさせる物語」を繰り返し描写した。CMには様々なクリエイティブのバリエーションがあり、ジョーンズはさまざまな職業体験をしているが、CMシリーズを通じて展開される物語は全く同じである。同じ物語・メッセージを手を変え品を変え人々に伝えたのだ。
そうすることで商品の認知度を高めることに成功しただけではなく、BOSSとは働く人の相棒であり、「ちょっとした休憩時間に仕事の疲れを癒せる」という意味・便益を有するプロダクトであることを多くの人々に知ってもらうことに成功したのである。(図表-2)
プロダクトに「物語の力」をまとわせたことでBOSSブランドが有する意味・便益が広く知れ渡った結果、人々は仕事の休憩シーンになると「BOSSを飲んで心身をリフレッシュする」という行動を高い確率で想起するようになった。あるいは「BOSSを飲んで心身をリフレッシュさせたい」というニーズ・期待が高い確率で形成されるようになった。
またテレビCMの効果により、「どの缶コーヒーを買おうか」と悩まずに、BOSSを指名買いする人が増えた。他社の缶コーヒー製品は想起されず、比較対象にすら挙がらない。なぜなら、顧客の中に
という図式の認知回路が強く形成されたためである。「シーンにおける顧客の便益」と「ブランドネーム」が物語の力によって強固に接続されたため、他社製品が比較対象にあがる前に購買行動が完了してしまうのだ。
かくしてサントリーは、プロダクト間に機能的な差異はほとんど存在しないにも関わらず、プロダクトに物語の力を纏わせることで、他社の缶コーヒーと差別化することに成功した。仕事の休憩シーンでBOSSを想起してもらい、指名買いが発生するような状況を構築したのだ。「BOSSは売れるが、他社の缶コーヒー製品はあまり売れない」という状態を実現させたのである。
これは「意味伝達型ブランディング」とでも表現できるようなアプローチである。自社が提供するプロダクト・サービスは「どのような生活シーンに、どのような意味・便益をもたらすのか」を物語を通じて顧客に広く伝達することによって、差別化を図るアプローチである(図表-3)
これまでのブランディング・アプローチを理解するために、我々が理解しておくべき事例がもう1つある。それは、アメリカの老舗バイクメーカーである「ハーレーダビッドソン」による差別化事例である。
このバイクメーカーは「重心が低く、排気音の大きい大型バイク」を主に製造・販売している企業だ。重心の低さが走行時に感じる迫力・スピード感を高めてくれるため、顧客は走る喜びを強く体感できる。排気音の大きさは(法定速度内で走っていたとしても)ハイスピードで走っている感覚を演出し、バイクで疾走するときの楽しさを拡張する。バイクに乗ったことがある人なら分かってもらえると思うのだが、バイクに乗るのは楽しい。機械の力で身体能力が拡張され、自分の身体を自由自在に操れるようになることに、人間は本能的な喜びを感じる。イメージがつかない方は、ジェットコースターに乗ったときの楽しさや爽快感を思い返すと近い感覚を理解してもらえると思う。ハーレーのバイクは、そんな走る・動く喜び(身体能力拡張の喜び)を顧客に提供できるプロダクトである。
そんなハーレーダビットソンもまた、他社製品とのさらなる差別化を実現するために、物語の力をプロダクトにまとわせるアプローチを採用した。彼らは「一匹狼の男性が、孤高かつ自由に生きる物語」をプロダクトにまとわせたのだ。コミュニティのしがらみに囚われず、孤独だが自由でハードボイルドな生き方をしている男性が、ハーレーのバイクを通じて生を謳歌する物語を、世の中に対して繰り返し提示したのである。
プロダクトに物語の力を情報的にまとわせた結果、顧客は「走る喜び(身体拡張の喜び)」を超えた価値を感じるようになった。走る喜びを超えて、「自由でハードボイルドなライフスタイルを過ごしている」という価値を、顧客は感じるようになったのだ。もはや顧客にとってハーレーのバイクは「走る喜びを感じるための道具」ではなくなっている。自らが「自由でハードボイルドに生きる」という人生を過ごすために必要不可欠な存在となったのだ。バイクは単なる道具ではなく、自らのライフスタイルを体現するために必要不可欠なパートナーに昇格したのである。
このようにして、彼らはプロダクトに物語の力をまとわせることで、実体を超えた価値を顧客に提供することを可能にした。物語の力で幻想を作り出すことにより、提供価値の底上げに成功したのだ。(図表-4)
はっきり言ってしまえば、これは幻想に過ぎない。はたから見れば、中年の男性が座高の低いバイクに乗って、大げさな騒音を出しながらバイクに乗っているだけだ。ハーレーの物語を知らなかったり、その物語の魅力に取り憑かれていない人からは、その中年男性がハードボイルドな生き方をしているようには見えないだろう。
しかし、顧客の主観的な世界においては、ハーレーダビットソンという物語をまとったプロダクトを使用することで、一匹狼な男の生き様を体現・体験していると感じる(信じる)ことができる。それは幻想に過ぎないのだが、顧客自身が「一匹狼な男の生き様がここにある」「オレは今、最高にハードボイルドに生きている」と信じることができれば、それは(その人にとっての)真実になるのだ。
つまり、ハーレーダビットソンはプロダクトにまとわせる物語を広く普及させることで、人々に幻術魔法をかけたのだ。「ハーレーのバイクに乗れば、一匹狼でハードボイルドな生き様を体験できる」という幻想を信じさせる幻術魔法を多くの人にかけることで、他社のバイク製品と差別化して圧倒的な競争優位性を築くことに成功したのである。
これは「幻想形成型ブランディング」とでも表現できるようなアプローチである。通信技術の発達によりマスマーケティングを行えるようになったことで、企業は世界に幻術魔法をかけて、提供価値を底上げするアプローチを実行できるようになったのだ。
以上が、これまで企業が実践してきたブランディング活動の解説となる。まとめると、サントリーが実践したような「意味伝達型」とハーレーダビットソンが実践したような「幻想形成型」の2つが、ブランディングの代表的な成功パターンとして挙げられる。(図表-5)
長々と説明してしまったので、改めて本節の主張点を明確にしたい。ここで皆さまにご理解いただきたいのは、これまでの企業はプロダクト・サービスに物語の力をまとわせることで差別化を目指すアプローチに注力しており、それを『ブランディング活動』と呼んでいた、ということである。
なぜ「物語付与型のブランディング活動」が流行したのか?
しかし、ここで改めて考えてみて欲しい。本記事の冒頭にて説明した通り、ブランドという言葉の語源を遡ると、ブランディング活動の目的・ゴールは「他のものと差別化すること」であったはずだ。
いったいなぜ、ブランディング活動の定義は「プロダクト・サービスに物語をまとわせること(それによって意味を伝達したり幻想を形成すること)」にすり替わったのだろうか。差別化というゴールを達成する手段としては、プロダクト・サービスの機能を進化させるという方向性もあるはずだ。それなのに、いつのまにか「物語をまとわせる」という手段がブランディングの代名詞となり、言葉の定義がすり替わったのはいったい何故なのだろうか。(図表-6)
「物語をまとわせる」という手段が、ブランディング活動の代名詞となった理由・経緯を端的に述べると、モノからコトへという外部環境の変化に対応するためのソリューションとして、ブランディング活動の必要性が位置づけられたからである。
かつてはモノが絶対的に不足しており、優れた機能を有するプロダクト・サービスを開発・生産すれば「他社との差別化」を実現できて、高い収益率を担保できる時代があった。物語の力をまとわせなくても、機能だけで十分に差別化できる時代があった。しかし、技術の進歩によって顧客の要求水準をローコストに満たせるようなプロダクト・サービスが徐々に普及するようになると、主要な顧客のペインポイントが解消されていき、結果としてあまりモノが売れない時代が訪れるようになった。企業は「新機能」を有するプロダクト・サービスを開発して顧客の購買意欲を煽ろうとするが、顧客からみると過剰品質で、価格が高いだけの商品に見えてしまうようになったのだ。
「機能」で他社と差別化できなくなった企業は「価格」で差別化するしかなくなり、その結果として価格競争に巻き込まれて利益率が下がっていく、という負のスパイラルに飲み込まれることになった。なんとか差別化して価格競争から抜け出そうとするも、それを叶えられる革命的な新技術はなかなか見つからない。
このような閉塞感ある状況を打破するためのソリューションとして登場したのが、ブランディングの取り組みである。機能面の差異では差別化できず、価格競争に巻き込まれてしまう状況を打破するために「プロダクト・サービスに物語をまとわせることで差別化する」という、これまでと異なる差別化のアプローチが開発されたのだ。情報通信技術の進化がマスマーケティングによる物語の拡散を実現可能にしたこともあり、この新しいアプローチは圧倒的なビジネス成果をあげた。多くの企業はブランディング活動に注力するようになり、物語を流布することで世界の人々に幻術魔法をかけあい、共同幻想を形成する戦いが始まるようになったのだ。
こういった経緯から、「プロダクト・サービスに物語をまとわせる」という手段・方向性がブランディングの代名詞となり、ブランディング活動の定義は広告宣伝色の強いものへと改変されていったのである。
「物語付与型ブランディング」が時代遅れになっている理由
しかし、ここまで紹介してきた差別化のアプローチは、デジタル社会が到来したことで時代遅れになりつつある。少なくとも以前のような圧倒的な成果を創出することは難しくなっている。ここからは、企業がこれまで実践してきたブランディング活動が時代遅れになっている理由を説明する。
「物語付与型のブランディング活動」が時代遅れになっている理由は大きく分けて2つある。(どちらかといえば、2つ目に挙げる理由の方が重要だ)
1つ目の理由としては「プロダクト・サービス単位で差別化しても、競争優位を築きにくくなっていること」が挙げられる。これまで何度か説明してきたように、デジタル社会の到来がしたことで、企業は「顧客が目指す成功」を行動フロー横断的に支援できるようになっている。たとえばシューズメーカーであれば、ランニング中に走行距離を読み上げてくれる機能や走行距離を自動で記録・管理してくれる機能、SNSへの写真投稿を支援する機能などを有するデジタルサービスを設計・開発することで、「コンディションの維持・健全化」という顧客の成功を行動フロー横断的に支援するような仕組みを構築できるようになっている。(図表-7)
その結果、もはや顧客は「シューズの性能」や「ブランドのカッコよさ」の優劣によって、どのメーカー / ブランドのプロダクトを購入するかを意思決定しなくなりつつある。プロダクトや店舗、デジタルサービスといった顧客接点全体を通じて作られる「コンディション健全化ジャーニー」が魅力的だから、そのメーカーのプロダクトを購入するようになっているのだ。(このあたりは「#1-1 道具からライフスタイルへ」や「#1-2 ライフスタイル提供型への転換事例」で詳しく説明している)
このため、プロダクト・サービス単体に対して物語の力をまとわせるブランディング活動に注力したところで、競争優位を築くことは難しくなっている。デジタル社会の到来によって企業の競争ルールが変わってしまったことで、クリティカルなソリューションではなくなったのである。
2つ目の理由としては「幻想世界ではなく、現実世界で顧客が成功を掴むことを企業が支援できるようになったこと」が挙げられる。これまでの企業はプロダクト・サービスに物語をまとわせることで、提供価値の底上げを実現してきた。ハーレーダビッドソンの物語を広く普及させることで、「ハーレーのバイクに乗ればハードボイルドな男の生き様を体験できる」という幻想を顧客が体験できるようにしてきた。顧客がその内面世界において、あたかもハードボイルドに生きているかのような幻想を体験できるようにしてきたということだ。
しかし、これからはプロダクトとデジタルサービス、リアル空間サービスを組み合わせることで、顧客が現実世界でハードボイルドな生活を送ることを企業は支援できるようになっている。例えば「バイクで走ると楽しい走行ルートの設定を支援する機能」や「バイク駐車場がある休憩スポットの探索を支援する機能」、「ハードボイルドな雰囲気のBARの探索を支援する機能」「同じ世界観を有する仲間との情報交換・繋がりを支援する機能」などを有するデジタルサービスを設計・開発することで、顧客が幻想世界 / 内面世界ではなく、現実世界でハードボイルドな生活を楽しく送ることを企業は支援できるようになっているのだ。(図表-8)
これまでのブランディングは、物語を流布して世界に幻術魔法をかけることで、顧客が幻想世界の中で成功を掴むことを支援してきた。しかし、これからはデジタルサービスを開発することで、顧客が現実世界で成功を掴むことを支援できるようになっているのだ。現代における魔法とは、放送技術に裏打ちされた幻術魔法(マヌーサ)ではなく、デジタル技術を用いた行動支援魔法(バイキルト、スカラ)へと変わってきているのである。
幻想世界 / 内面世界の中で成功を掴むよりも、現実世界で成功を体感できたと知覚した方が人間は高いリアリティを感じられるため、体験価値が高くなるのは明らかである。このように考えると、プロダクト・サービスに物語をまとわせるブランディング活動が、デジタル社会の到来によって時代遅れになっていることが分かってくる。幻想世界ではなく、現実世界における顧客の成功を支援する活動に取り組むことが、「他社との差別化」というゴールを達成するうえで最も重要になっているからだ。
近年のブランディング活動の潮流
ここまで、物語付与型のブランディング活動が時代遅れになっている理由を説明してきた。しかし、多くの企業は「物語付与型」の枠組みを踏襲してブランディング活動を発展させている。これまでは「プロダクト・サービス」に物語をまとわせる活動が中心だったが、近年は「企業そのもの」に対して物語をまとわせる取り組みに力点が置かれているのだ。
例えば、近年の企業がブランディング活動において注力しているものとして「SDGs」や「ソーシャルグッド」「パーパス」などが挙げられる。SDGsでいうと、その企業がいかに持続可能な社会に貢献しているかを示す物語を広く流布することで、企業に対して物語の力をまとわせようとしている。そうすることで、その企業のプロダクト・サービス(例えば缶コーヒー)を購入した顧客が、あたかも「自分が社会に良い影響を与える行動をした」かのような幻想・気分を体験できるようにして、提供価値の底上げを図っているのだ。
はたから見れば、その顧客はプロダクト・サービス(例えば缶コーヒー)を購入しただけに過ぎず、別に社会貢献をした訳ではない。しかし、企業にSDGsやソーシャルグッドな物語をまとわせることで、プロダクトの購入者が「社会に良い影響を与えた」かのような幻想を体感できるようにしているのである。(図表-9)
このように「ソーシャルグッドな企業の物語」を普及させて幻想を強化することで、他社との差別化を実現しようとしているのが近年のブランディング活動の潮流である。多くの企業は物語付与型のブランディング活動を踏襲・発展させることで、人々に対してこれまで以上に強い幻術魔法をかけようと試行錯誤しているのだ。
ブランディング活動を再設定する
このように、いまだに多くの企業が「物語付与型」の枠組みを踏襲したままブランディング活動を実践している。物語を流布することで世界に幻術魔法をかけて、幻想を強化することにブランド予算が使われているのだ。
もちろん、企業がソーシャルグッドな活動に取り組むことはそれ自体とても重要なことだし、その活動に取り組んでいることを広く流布する活動も重要だと思う。それを否定したい訳ではないし、そういった活動は応援したい。しかし、デジタル社会の到来によって企業間の競争ルールが変わっており、物語付与型のブランディング活動では以前のような成果を挙げにくくなっていることも、我々は理解しておくべきだ。ブランディング活動の原義である「他社との差別化」を達成するためには、物語を流布する以外のアプローチにも目を向けねばならない時代になっている。
そして、これからの時代において差別化を実現するために必要なアプローチとは、既存のプロダクト・サービスにデジタルサービスを組み合わせることで、顧客の成功を行動フロー横断的に支援するジャーニーを設計・構築する取り組みに他ならない。幻術魔法によって「幻想・内面世界における顧客の成功」を支援するのではなく、デジタル技術を用いた行動支援魔法によって「現実世界における顧客の成功」を支援する。このような取り組みに成功した企業こそが、顧客に良質な体験価値を提供し、他社と差別化して競争優位を構築できる時代になっているのだ。(図表-10)
図表-10のように全体像を捉えると、ブランディングをどのように再設定するべきかを理解しやすいかもしれない。ブランドという言葉の原義に遡ると、ブランディング活動のもともとの目的・ゴールは「他社との差別化」にあった。しかし、ブランディングという概念が「機能面での進化では十分に差別化できず、値下げ合戦をしないとモノが売れない」という閉塞感のある状況を打破するソリューションとして普及したため、物語付与型のアプローチがブランディング活動の代名詞となった。そこから時代は変遷し、デジタル社会が到来したことで、企業はデジタル技術を組み合わせてプロダクトの機能を進化させたり、デジタルサービスを用いた行動フロー横断的に価値を提供することを通じて他社との差別化を実現することが可能になっている。にも関わらず、企業側は「物語付与型」のアプローチから頭を切り替えることができず、必ずしも効率的ではない活動にリソースを投資しつづけているのだ。
このように考えると、UX戦略を策定・実行して「ライフスタイル提供型」への転換を模索することが、これからのブランディング活動を実践するうえで極めて重要であることが分かってくる。UX戦略を策定して実行することが、ブランディング活動そのものになるのだ。企業が差別化というゴールを達成するためには、ブランド予算を広告宣伝による物語の形成〜流布に偏重して使うのではなく、デジタルサービスの設計・開発や運用改善にもリソースを投じていく必要があるのではないだろうか。
まとめと次回予告
第2章では、事業戦略やマーケティング、ブランディングに関する伝統的なナレッジや方法論を、デジタル社会の到来に合わせてどのようにアップデートするべきかを提示してきた。2-1では事業戦略の検討枠組みである「STP」が、2-2ではマーケティング戦略の検討枠組みである「ファネル」が、2-3ではブランド戦略の検討枠組みである「物語付与型アプローチ」が、それぞれ時代遅れになっていることを示した上で、それぞれの概念をどのようにアップデートするべきかを提示した。
それによって、企業がUX戦略を策定・実行する際にプロジェクトメンバーや意思決定層に生じる困惑・戸惑いを少しでも減らし、取り組みの成功確率を高めることを目指してきた。既存の常識を打破するには時間がかかるので、すぐには難しいかもしれないが、その第一歩目くらいにはなるはずだ。
続いての第3章では、UX戦略を立案する際の方法論・検討プロセスについて具体的に紹介する。いくら抽象的なレベルでの概念転換を理解したところで、優れた顧客体験の仮説を具体的に立案・創出し、実装できなければ意味がない。実績を作ることができなければ、すべては机上の空論となる。
そこで、ここからは「どのような作業手順で検討を進めれば、優れたUX戦略を策定・立案できるようになるのか」を明らかにすることを目指す。天才的なセンス・才能を持ち合わせていなくても、UX戦略を立案・策定できるようになるためには、いったいどのような思考プロセスに基づいて検討を進めれば良いのかについて考えていきたい。
隔週くらいの頻度で火曜日に投稿する予定である。更新情報はTwitter(@takashikoshiro)でお知らせするので、必要に応じてフォローしてもらえると嬉しい。
始めから読む 続きはこちら
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?