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(9) 破局? 蜜月の終わり(2024.3改)

クーデター鎮圧、軍幹部の逮捕が報じられると、ヤンゴンに在る日本大使館は想定外の問題を抱えはじめ、大使館員は多忙を極めていた。

大使の次席に当たる一等書記官が、首都ネピドーに邦人女性の保護へ向かった。
また、経産省から出向している黒岩 勲と大使館員で通訳のネ・ウィンは、大使からの命を受けて、ヤンゴンにある世界最大の仏塔「シュエダゴン・パコダに居る母子を回収して、大使館に連れ帰って来るように命じられた。

ヤンゴン自体はクーデターの影響は全く感じなかった。銃弾が飛び交ったのはネピドーと周辺の軍事基地のみに限定され、人口の大半が占めるヤンゴンとマンダレーなどの都市は、通常時と変わらなかった。
しかし、軍がクーデターに失敗し、昨秋の選挙で8割の議席を獲得したNLDが無事だったという結果を受けて、仏に感謝する人々が寺院に集まっていた。
黒岩は大使から転送された音声データをスピーカー状態にして再生する。
「お母さん!リアム!」と女児が叫ぶ音声をスマホで流しながら、パコダ周辺に集まり、国の行く末を祈って集まっている人々の中を歩いていた。予想以上の人が集まっているので、黒岩もネ・ウィンも驚いていた。NLDが如何に人々の支持を得ており、軍が如何に嫌われているのかが、良く分かった。

パゴダを仰ぎ見ながら、半ば観光気分で歩いていた時だった。「日本の方ですか?」黒岩に英語で話し掛ける30代位の女性が近づいてきた。
小学生くらいの男子の手を繋いでいる。二人は荷物を持っていなかった。
黒岩はスマホをいじって少女の映像を選ぶと、親子に見せるように短い動画を再生してみせる。黒岩にもネ・ウィンにも何を言っているのか分からない言語だ。

「これは私の娘です。あなた方について行く様にシャン語で言っています。私達はシャン族なのです」
女性の発言に黒岩は納得する。2人共栄養状態が悪いのかかなり痩せているが、ぱっと見、日本人に見えなくもない。
「では、参りましょうか」黒岩が促すと、親子の後方にネ・ウィンがついて、4人で人の波に逆らうように歩いてゆく。
寺院内は土足厳禁だ。足の裏が汚れたなぁと思いながら、素足のまま袋に入れていた靴を履く。母子は裸足で、靴を持っていなかった。ネ・ウィンが男の子を抱き上げ、母を黒岩が背負った。
予想以上の母親の胸の感触を背で感じ、黒岩は理性を保って股間の膨張を抑えていた。

大使館まで車で帰って来ると敷地に無人機20機と共にプルシアンブルー社のエンジニア5名が大使館内に逃げ込んでおり、騒ぎとなっていた。
「後で社員の日本人女性2人が合流する」と大使から聞き、2人はまた驚く。
日本がクーデター阻止に関与していた事実が、敷地内の小型無人機の存在で明らかになったからだ。
また、海上自衛隊護衛艦・・実際はヘリ空母の「いずも」がミャンマーに向かっており、カンボジア沖合を航行中だと言う。なるほど、2m足らずの機体で垂直方向に離発着出来れば、ヘリ空母でも問題無い。F35Bの購入をキャンセルし、出雲の空母化改修工事の必要が無くなる。
良い着眼点だ、と黒岩は感心していた。

疑問に思った数点を、黒岩はプルシアンブルー社のエンジニアに訊ねた。
「海上自衛隊が抵抗勢力として加わったのですか?」

「いえ、違います。これらの機体は別の国の船舶でタイ沖まで運ばれ、我々もその船に乗船しておりました。どこの国の船舶なのかは、申し上げられないのですが・・」

「しかしですね、カンボジア沖まで出雲が到達しているということは、防衛省と自衛隊は今回のクーデターを事前に察知していた事になります。日本政府が護衛艦の海外派遣承認を取り付る必要がありますから」

「私たちエンジニアはそこまで分かりません。この機体を飛ばす指示を出し、メンテナンスしろ、と命じられただけですので」

「なるほど、分かりました。質問を変えますので、可能な範囲で教えて下さい。
この機体はスウェーデンのSAABb37にそっくりです。御社の無人機はアメリカのF22/35に準じた外観だったと記憶しているのですが」

「そうです。SAABb社との技術提携でビゲンの縮小モデルを製造しました。
米国製では無く、スウェーデンとシンガポールの共同開発機となります」

「なぜ、現行機の39グリペンでなく、旧世代機の37ビゲンなのですか?」

「グリペンとビゲンの最大の違いは逆噴射機能の有無です。オリジナルのビゲンの逆噴射用装置の代わりに、垂直離発着用のエンジンを搭載したのです」

「それは凄い。素晴しいです。てっきりビゲンの方が前翼に当たるカナードが大きいから浮力が効くので、垂直移動時に安定するからなのかと思いました」

「それもあります。英国ハリアーにせずに、カナード前翼とデルタ後翼のクロースカップルドデルタ形式のSAABb社の方が、垂直飛行時に安定しますからね」

「ハリアーも検討したのですか?」
黒岩の目の輝きで航空マニアだと、エンジニアは判断した。
「鋭意検討中です」
エンジニアがそう言うと、目の前の大使館員はガッツポーズをした。

そのような情報収集を大使館内の客人達に行っていると、ネピドーに向かった一等書記官からの情報が飛び込んでくる。

モリと行動を共にしていたという日本人女性2人と接触したらしい。タイ国境からビルマ解放戦線の支援を受けて不法入国したという。モリは解放戦線内に暫く滞在するという。

黒岩は知り得た情報を、首相官邸に居る先輩の経産省官僚へ連絡した。

***

昼食の愛妻弁当を食べていた首相補佐官の新井は、経産省の後輩でミャンマー大使館に出向中の黒岩からの私用携帯に届いたメールを見て、驚いた。慌てて食べるのを止めて弁当箱を仕舞うと、首相の部屋にノックする。ノック音で新井だと分かったのだろう、秘書が出迎える。

来客が居ないのを確認して来たのに、防衛大臣と昼食中だった。幸いにして新井が求める答えを得られる環境となっていた。

「昼食中に申し訳ございません。ミャンマーの政変劇に関して、現地の大使館員から報告を受けたものですから・・」

「ここだけの話として、君の胸の中で伏せておいてくれるかね?」首相に言われて即答すると、勝手に話しだした。

「護衛艦 出雲がこの日にベトナムに向かっていたのは、ベトナム海軍との合同演習の為だった。単独でミャンマー沖に向かったのは、ミャンマー在住の邦人保護が理由だ。国会で理由を問われても、それで押し通すつもりだ」

「お二方は反政府勢力にプルシアンブルー、いえモリが関与しているのをご存知だったのですか?」

「新井くん、もう反政府勢力ではない。正規軍に当たる組織になるよ」
海上自衛隊出身で非議員の防衛大臣が言うので、新井は頭を下げて発言を訂正した。

「君が想像するように、ミャンマーでのプルシアンブルー社の活動が米国の指揮下の元で行われてた。が、勿論日本は一切関与していない。
プルシアンブルー製の機体はアジア市場向けのオリジナル機で、今回の年度予算にF35の代替としていずも型護衛艦の艦載機となる。ミャンマーの実戦でステルス攻撃能力を発揮して、成果を上げてみせた。採用は確定とみて間違いない」
首相の発言を受けて防衛大臣を見ると、微笑んだ。2人はグルだったのか!と新井は察する。

「ミャンマーの少数民族の親子を匿まおうとしていますが、親子の素性を首相はご存知ですか?」

「突発的な亡命申請が生じたようだね。暫定的に保護したとは外務事務次官とミャンマー大使から報告を受けているが、親子の扱いをどうするかは外務省内で協議中だ」

「麻薬王クンサーの娘と孫ですよ。アメリカが黙っていないと思います」

「それは親子の自称であって、まだ真偽は確定していない。口外は謹んでくれ給えよ」

「ですが、孫の一人をモリが連れて潜伏中というのは何です?米国とモリが袂を分けたと言うことですよね?少女を米国に渡さない理由が、何かしらあると思うのです!」

「新井くん、これは大した話ではない。助けを求めて来た民間人を保護したに過ぎないんだ。彼らがどんな人物なのか、我々はまだ分かっていないのだよ」
山元防衛大臣に言われて言い返せなくなる。

「では最後に一つだけ。
大臣、防衛省は北朝鮮の狙撃と爆破にモリは関与しているとお考えですか?」

「先ず、そもそも誰も考えもしないし、疑問にもしない。ミャンマーと北朝鮮では難易度に差があり過ぎるからだ。
厳冬期の北朝鮮で行動できるのはプロ中のプロでなければ無理で、英米露に加えてイスラエルの特殊部隊クラスのレベルが必要となる。特殊技能のある自衛官でも、当然ながらプルシアンブルー社には無理だ」

一般論を口にしながら、「それ以上は言うな」と目で威嚇してくる大臣に、新井は怯んでしまう。

それでも今回明らかとなったのは、首相も防衛相も「社会党寄り・米国共和党寄り」であるのと、社会党と米国政権の関係が蜜月状態にあると裏取りがとれた。

前政権時の米国もしくはトランポの従順なポチとしての面影は一切なく、逆に社会党が米国を従えて主導している節もある。
北朝鮮での関与を証明するだけの証拠がまだ見当たらないが、ミャンマーのクーデター阻止に関しては、プルシアンブルー社の主導によるものと見て良さそうだ。

船舶の航跡を辿るシステムを参照すると、第7艦隊所属の強襲揚陸艦アメリカが、1日早朝にミャンマー沖に移動しているのが確認できる。
プルシアンブルー製の無人機が同艦に搭載され、同日に各空軍の拠点を爆撃していったのだろう。

その一方でプルシアンブルー社の関与を世間は知らされていない。首相と防衛相以外の政府関係者は、新聞とテレビが伝える「NLDとビルマ解放戦線の発表する情報だけ」が全てとなる。最大の都市ヤンゴンは無傷で、軍が弱体化したので経済的に好転するだろうと聞いて、ただ安堵して、それで終わりだ。
ヤンゴンの日本大使館は各国の大使館と同様に、ミャンマー国内に進出している日本企業と駐在員の安全確認に徹していたのではなく、最前線基地として国際問題と向き合っていたのだ。
一国の軍を無力化させるだけの軍事力を持った企業が現れ、米軍がバックアップするのを日本のトップが黙認するという図式だ。
ロシアの私兵集団ワグネルと同じようなものだろうか?と思いながらも、日米安保や日本の防衛戦略を蔑ろなものにするかもしれない・・

何れにせよ、日本の政治は2重化構造となっているのが確定した。憂うべきなのか、歓迎する話なのか、新井は見極める事が出来ずに居た。

ーーーー

バンコク・スワンプナート空港に到着し、ファーストクラスなので真っ先に機体を出る。
機長もクルーも スタッフはタイ人で統一しているのだな、とアッガスは感心していた。
食事もサービスも言うことなしで、アラブ系の航空会社にも負けない内容だった。早期の米国路線就航をサザンクロス社に求めようとアッガスは思っていた。

しかし、出迎えのバンコク駐在の大使館員の話を聞いて、アッガスは態度を一変、激怒する。
「親子が行方不明だと?ヤンゴンの連中は何をしているんだ!」
バンコクの大使館員に聞いても、当事者ではないので分かるはずもない。

3名中2人はヤンゴンの日本大使館に保護されている可能性がある、と聞くとモリには伝えていない情報だったのが裏目に出たかと、悔やんだ。

アッガスなりに怒る理由も分からなくはなかった。昇格した最初の仕事に成功したのはモリの功績であって、CIAとしての職務であるクンサーの末裔の保護が失敗に終われば、組織全体に影響を生じかねない。自分のポジションも危ういものとなりかねない。

航空路線数が限られている中で、空港内の到着便の扱いは非常にスムーズなものとなる。エコノミー席のモリの養女達一行も、荷物を受け取って空港の共有スペースに入る。
現役モデルを含む女子大学生6名は、タダでさえ目立つ。観光客の少ない空港なら尚更だ
「村井幸乃の長女!」
当事、後輩の幸乃に淡い想いを抱いていたアッガスは、幸との遭遇を天の配剤と解釈した。
駅に向かおうとする6人を呼び止めると、奇遇だ、同じ飛行機だったんだねと歩み寄り、夕飯でもどうかね?と誘った。

モリが世話になっている人物で、グアムのコンドミニアムや猟銃などの火力器、年代物のバーボンを提供して貰っているので、養女達は疑うこともなく応じてしまう・・

(17章へつづく)


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