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(3) 専門部隊に 政策屋 、 再び 動き出す


 普段はベネズエラと北朝鮮を拠点として居る自衛隊 特殊部隊隊員は、2地域に3チームづつ15名の部隊がいる。初めての全員参加の作戦準備の為に、市ヶ谷の防衛省に30名が集結した。この夏の過ごし方として、事前に指示が出されており、全員が黒々と日焼けしていた。直近2ヶ月は散髪も控えるように言われ、各人共、野趣あふれる雰囲気だ。農民、労働者に見られるよう、各自で取り組めという通達の結果といえる。各チームに1人居る女性隊員も髪を整えずに、程々に粗雑さを演出して、化粧もせず日焼けしていた。

30名が2名15チームに別れて、北朝鮮と日本から飛び立ち、漢人、モンゴル人として偽造パスポートで中国各地から入国し、汽車か長距離バスで新疆ウイグル自治区へ向かう。今回の任務は先にウクライナへ出国した、ウイグル人収容者のご家族達を、国外へ脱出させるという内容だった。
30人は、充てがわれた中国製の古着を着て、10日間中国人らしい所作やマナーを徹底的に習得し、中国の民草になりきる。全員、障害者手帳を渡され、喋れないフリを体得する。身振り手振りによる伝達と、中国の生活習慣を伝える漢字筆記の練習を繰り返した。3日も経たずしてモノにすると、五月雨式に上海、北京、香港へ2人組が向かっていった。カバンの中にはスーパーで仕入れた日本の菓子類が敷き詰められ、新疆到着までの鉄道の3等車両や長距離バスの移動時の口直しにするなり、車両で周囲の方々に配るなりしなさい、という組織からのご配慮だった。

その頃、チベットは祝賀ムード一色だった。チベット・ラサでダライ・ラマ15世とパンチェン・ラマ12世のW就任と、国民へのお披露目がされていた。
各国が各高僧の就任を祝うメッセージを発しても、日本政府は特に発信しなかった。日本がどっぷり関与しているのは世界で知られているし、発信ポーズをするだけの国と肩を並べるのも、いかがなものかと見送った。

新しいチベットの象徴として奉られながら、ラサで暫く滞在後、2手に分かれて、チベット内をお披露目行脚する予定を組んでいた。ネパールのグルカ兵部隊が護衛として2人の傍に居るが、更にその周囲を別件で合流する自衛隊特殊部隊2チームが一行をガードする。万が一の事態を想定して、徹底した対策を講じていた。

積極的に記者達からの質問に答える2人は、先の14世と11世を彷彿させる聡明さを随所でひけらかしてゆく。チベットの人々は先代を懐かしみ、歓喜の念にとらわれていた。
その模様を中国・台湾向け衛星放送、The Nation CN.が特集、特番を組んでこれでもかと言うくらい放映する。世界でも類を見ない、生まれ変わりの生き仏として、チベットの文化・風習の紹介と合わせて各メディアが紹介してゆく。中国から開放されたチベットのその後の模様を、報告されているのだが、どのメディアも似たような纏め方をしていた。
復興中のラサの町並みから、中国の面影は一掃され、日本の影も全く見当たらないのだが、チベットの人達が当たり前にタブレットやスマホで買い物し、街頭で記者からインタビューを受けても、AI翻訳機で難なくこなすと、そこで初めて日本が関与した節が見えてくるという内容に纏められていた。2人の高僧にはAIを持たせていた。記者会見や取材でのインタビューで記者が質問すると、高僧としての模範解答をAIが提供してくれる。それを通訳用のイヤホンで聞くふりをしながら、回答していた。これを続けていると「天才少年だ」と持て囃されるようになる。「驚きました。こんなに機転が利いて、立派に受け答えが出来る9歳の子が居るんですね〜」日本のワイドショーではチベットの天才少年として毎日のように2人が取り上げられ、放映されていた。日本では、この程度で視聴率が稼げるらしい。

面白くないのは中国共産党だ。就任のお祭り騒ぎで香港と上海の株価が下がってしまった。未だに中国にダーティーなイメージが付いて回っている証左でもある。チベットの開発成長が今後促進してゆくと、中国経済には暫くマイナス要因となる可能性が付き纏う。苛つきながらも、今まで管理下にあった存在だけに注目してしまう。そんな状況を演出していた。

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新疆ウイグル自治区のウイグル人の経営する宝石店を廻って、品々を仕入れているユダヤ人の周囲から、護衛のパシュトゥン人がいつの間にやら居なくなる。彼らは警戒が薄れた人民解放軍の目を掻い潜るかのように、ウィグル人家族を連れ出すと、古びた中古車にご家族を乗せて出発する。郊外の公園にやって来ると、公園の駐車場に止まっていた車に家族を載せ替える。ウイグル人家族達は運転席と助手席の2人を見て漢族と思って震えるが、パシュトゥン人が優しく諭す。「大丈夫。2人共、日本人だよ」と言うので驚く。
パシュトゥン人と日本人が互いに目配せすると、車はチベット方面に向かって走っていった。各地から一定数の家族が集められてくる。夜になると、チベット側からヘリが侵入し、ウィグル人家族をチベット領内へ連れ出す。

作戦自体はさして危険なものではなかった。サウジアラビア、イスラエル、日本による3ヶ国の共同作戦を繫いだのは、モリと歩の親子が繋いだ、たまさかの縁が元となった。
リヨンのG20で、モリに接近して協力の意思を伝えたサウジの皇太子から始まり、歩が中東での事業を介して、偶然その後を引き継いだ格好となった。モサドと自衛隊の、誰も武器を所有していない共同作戦と言いながらも、アーミーナイフを各自が腹や足に隠し持っていた。

この個別搬送を繰り返し、120名を越える人数をチベットへ輸送すると、ご家族は自衛隊機で一旦ビルマへ向かった。ウクライナの日本農場に居た収容から開放された人々が、シベリア鉄道で北朝鮮、羅先市にロシア兵の支援によって護送されるタイミングに合わせて、家族達も北朝鮮へ移動する。この感動の再会・大円団の模様は、世界に発信されることはなかった。抱擁し、涙を流している光景を見て、関係者達だけが喜びを噛み締めていた。
この場に阪本総督、日本から柳井治郎官房長官、そして隠密でベネズエラからモリが来ていた。

作戦成功を喜びあっている場に、目的達成の為に夏の日々を費やした特殊部隊の面々は居ない。サウジアラビアが委託した、イスラエルのモサドのチームも居ない。危険な作戦では無いとは言え、ご家族にしてみれば、ガイド役が居ると居ないでは大違いだ。隊員達にしてみれば造作でもない事かもしれないが、彼らが果たした役割は、評価に値する。
2チームはチベットの高僧の護衛、4チームの次なるミッションは更に大人数の移動の護衛となる。後者の集団護送の方が、万が一の事態に備える必要があるかもしれない。特殊部隊30名という組織が少ないのか、多いのか、まだ実践回数が少なく、判断するには至っていないが、日本という国が所有して然るべきチームなのだと受け止めていた。

同時にモリは誘惑に駆られていた。彼らが捕縛された事実、理由もなく私財を奪われ、収容された事実は公表すべきではないかと悩んでいた。北韓総督府が中国との間で契約を交わしているので日本が公にすることは出来ないのだが、例えば、国連が公表する分にはいいのではないだろうか。それに、謂れのない扱いを受け、その怒りを忘れることが出来ない被害者が、マスメディアに伝えようと考えるのも自然なもので、抑止など出来ない。
もし、何かしらの方法で世間に伝えられると、今の政治体制は倒壊し、その後の中国がどんなものに転ずるのか予測も出来ない。
世に数多ある不条理の一つを正す行為が、世界を混沌としたものにしてしまう可能性が出てくるという皮肉な話だ。だからといって後悔はしていないのだが。

その後、新疆ウイグル自治区の警察署長が、「報告義務違反」で更迭されたと小さく報じられたが、更迭理由まで中国政府が載せるはずもなかった。
署長の罪が重くなったのは、家族達が居なくなった事実を中央政府に伏せて、大捜索網を布いたからだ。収容者の家族達が居なくなっているのが暫く経ってから発覚した。
担当者の気が緩んでいたのが原因だ。部下達の失策を挽回するが為に必死に取り組んだのだと署長は言い訳をしたのだが、通用するはずもなかった。
この失態は中国には痛手となる。日本が関与しているのを疑ってはいなかったのだが、120人以上が跡形もなく居なくなり、何の手掛かりも、証拠すら見つけらない中国の警察能力の薄弱さと、家族と合流した事で収容者は脅しに屈する懸念が解消されたので、匿名でメディアに情報を流す可能性も考えられる。彼らが守るべき者達は既に中国から離れたのだから、もはや恐れる必要もない・・中国政府は打ち拉がれるしかなかった。

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ウイグル人家族の集団失踪の目眩ましとなる材料が、チベットの祝賀モードの他にもう一つあった。
インドのカースト外に置かれている11−12歳少女の第一陣となる6000名が、大型輸送機3機が4往復してチベットのラサへ運ばれてきた。到着した順に高速列車に乗り込むと、北朝鮮・平壌に向かっていった。全員が移動し終わるまで1週間近くかかる工程となり、インドの日本大使館とインド教育省は忙殺された。全数からすればまだ1部に過ぎないが、移動の予行演習は一応成功した。

平壌・新浦の2市で小学生までの女子児童3万人を受け入れ、来年から長春で開校する中高一貫校で3万人と大学で1万人を受け入れる。
平壌の校舎では北朝鮮時代に建てられた校舎跡を改修して、6年生だけを先行して受け入れた。着工が遅れ、11月からは平壌と新浦の新校舎で7−12歳の小学生生徒を受け入れる。

インドのカースト制度の解決策となるのか、壮大な実験が日印政府の間で始まろうとしていた。
そもそも、女子ばかりで不公平だ。一緒に暮らしていた子供が親元を離れるのはいかがなものかと、この移動劇に批判的な意見もある。取材陣がこの暫定施設に入るとその批判も一変した。学校の校舎は外観は旧式なものだったが、内部は完全にリフォームされ、真新しかった。寄宿舎も北朝鮮政府時代の官舎をリフォームして、同じ村の出身者4名が1組となって生活する。教師は北朝鮮、英国、韓国、インド、日本、台湾、フィリピンと公募で採用され、教師の副担任としてロボットが担任教師に割り当てられた。生徒にはPCがそれぞれ支給され、英語の授業について行けない児童のために、翻訳AIがPCに搭載されている。テストや筆記提出物は英印言語を選択出来る。

服装は某社の既製品でチノパンにシャツにカーディガン、11月の新校舎でコートとジャケットが配布される。靴もRs社、体操着はRs Sports製で服は全て無償提供だった。特定の制服にせずに、着替えは潤沢に用意され、宿舎でも普段着として着続けるようにした。
お小遣いは5,6年生は生徒一人あたり毎月2千円程度支給される。街で安価な衣服を手に入れても構わない。美容室では副担任ロボットが要望に合わせてカットしてくれる。実際にモリの愛娘がカットされている場面が公開されると、今後はヒトが要らなくなる分野だと理解されたようだ。

北韓総督府の阪本総督とインドの総務大臣が平壌で記者会見に臨んだ。
冒頭から、阪本が何故女子だけなのか、クドい位に説明を繰り返した。
「女性が最も被害者となっている現実がある為です。女の子に生まれて来たことを実の家族から否定され、家庭内暴力の対象となりやすい背景があります。母親もまた家族の中では最底辺に位置づけられている被害者なのですが、料理を始め、家事担当の主婦が家族から不在となるのは、事態を混乱させるかもしれません。生徒を男女で揃えますと女性の生徒が半数になってしまいます。私たちは一人でも多くの虐げられる可能性が高い女性に、将来という場を提供する方が、望ましいと判断いたしました・・」 地質学の元大学教授が、目に涙を浮かべながら訴えていた。

日本から官房長官もやってきて、阪本の後を次いで詳細な説明を始めてゆく。6年生だけの暫定スタートとなったのを詫び、新校舎、学園都市の完成予想映像と、インドの女子児童に引き続き、来年開校するイスラム圏学園も紹介して見せた。北朝鮮は他国の学童を100万人規模を受け入れて、教育国家を目指すと宣言した。

先行して到着した6年生は、9月10月は課外授業を優先する。季節的にもいい頃なので北朝鮮のグループ毎に調査研究をして、11月にやってくる下級生に、北朝鮮を紹介する資料を作成する。明日は、チームに分かれて小学校の農場でサツマイモの収穫を行い、スーパーに買い物に行き、校庭で料理を作るので、取材陣の皆さんは宜しかったら参加してください。阪本と私も参加しますので、と言って柳井治郎官房長官が笑った。この会見の場には居ないが、ベネズエラからやって来たモリ達も参加する。モリの娘達が映像に撮って、その映像を政府広報としてAngle社に編集して貰う。

「明後日は別の農園の見学に行き、小麦の秋蒔きの光景や、大豆、小豆の収穫を僅かな時間ですが体験します。その次の日は平壌観光と北朝鮮の小学校との交流会です。週末は、Kリーグのデーゲームが平壌のスタジアムであるので、そこに6000名と教師が向かい観戦します。スタジアムで解散して、グループ行動となります。安全な北朝鮮だからこそ出来る自由行動の機会を、生徒達に少しづつ増やして、学校外との接触の場を作っていこうと考えています」
官房長官の隣に阪本の長女の議員が居た。高校の教員を経て、この春の選挙で議員となり、今回の教育メニュー作りにも携わってい。阪本の長男は副官房長官として、柳井官房長官の留守を日本で守っている。職場的に重ならないようにしていても、このようなこともままある。

この学園構想の財源となるのが、春から秋に掛けての太陽光発電の売電と、旧満州、北朝鮮内の農場の炭素クレジット売却益の2本立てとなる。流石に建築費は一度に捻出できないので、公立学校では有りながら日本政府の円借款ODAとして一時負担する。建設、施工はRS建設なので、タイドローン、紐付き援助案件となる。
農地の炭素クレジットを、北朝鮮で事業をしている日本企業が率先して購入していた。企業も、この教育振興プロジェクトに取り組んでいる姿勢を打ち出すことで、クリーンなイメージをPRが出来る。また、日本政府が率先してこの情報を公開するのも理由がある。「日本は難民の受け入れを拒む、排他的な社会だ」という指摘は各国から未だに続いている。確かに、多くの日本人の意識の中に依然として根強く巣食っている思考であるのも事実だ。
北朝鮮とベネズエラの領地を日本人が統治するようになったら、どんな変化が生じるだろうか?これまで政府としても注目して来たが、日本の高齢者比率が高い為か、島国文化、島国根性を払拭する迄には至っていない。そこで「生活圏としての北朝鮮とベネズエラ」の質の向上を今後は図りながら、異文化交流、社会貢献を促進させて、日本人がどう変化するか様子を見る。 政府としては日本列島を利用してはいないが、ベネズエラでは中南米の高齢者を一手に受け入れ、北朝鮮では、世界中で弱い立場に置かれている人々を受け入れようとしているので、世界各国から、国際貢献活動としての評価は得られものと考えていた。

更に国際社会で活躍する日本人を、政治家が率先して示すことも必要だろうと取り組み始めている。それが来年2035年から、国際機関や大使館に大臣経験者や政治家・経営者を投入して、世界で存分に活躍してもらおうという政策となる。
例えば、近い将来47都道府県を道州制に変更すると、40人近い都道府県知事の余剰人員が発生する。彼らを世界各国の大使に任命してしまう。県を統治した経営手腕を遺憾なく各国で発揮して貰うのが趣旨だ。当然、各国の状況が異なるので、採点基準をそれぞれ定める。日本代表である大使が、各国でどれだけ実績を上げたかを各項目で競いあう。一定のレベルに至ったと認められると、重要国の大使を任され、大した事がないまま終わるようならば、途上国大使、大使館員への降格人事か、クビになる。大使は選挙で選考されないので、全て内申書・内申点で評価される。嘗ては大使を報奨人事のように使っていたバカな政党があったが、送り込まれた国は、ダメな奴が来たとせせら笑い、日本の体外的なイメージを悪化させるだけで終わった。

本来外交とは、外務大臣や外務省だけが行うものではない。最前線に立つのは大使館であり、大使館員、日本人駐在員、日本人観光客が該当する。この出先機関・大使館と企業や組織の駐在員をフルに活用してゆく。折角、各国大使館に配置するのだから無能は登用しない。同時に日本の外務省を始めとする各省庁の機能もコンパクトな組織に変えてしまう。
大使館に経産省、環境省、文科省、厚労省などの人材を投入して、大使館を各国のミニ市庁舎の機能を持たせて、各国に対して提案活動、営業活動を行ってゆく。ビザの発行業務だとか、パスポートの再発行等の定型業務は電子化してしまう。配置された大使館員は、各国でのビジネスチャンスを探し、各国の産業、福祉に貢献しながら日本資本の売上向上に勤めてゆく。

道州制の各拠点に各省庁の官僚達を配置させると、東京に居る官僚はグンと減る。そこで霞が関に統合庁舎を一棟建てて、フロア事に省庁を押し込んで纏めてしまう。共同スペースで各省庁がプロジェクト毎に集って、縦割り行政を破壊してゆく。現在の各省庁ビルは老朽しているので壊してしまい、霞が関には国益を齎す企業向けビルを建造して、世界で競える企業を、海外資本も含めて入居して頂く。省庁、政府と密に連携して、海外での事業展開や、国内需要の拡大など、国策について大いに議論出来る環境を整える。 世界を相手に日本が勝ち続ける為にも、霞が関が政官と民間が一体となれる場に生まれ変わると、自ずと日本も変わってゆくだろう。

同時に、北朝鮮の平壌再開発と新浦港の街づくりを経験し、ベネズエラやパナマでの都市開発事業を着手し、都市建設の場数を増やそうとしている。 東京の再開発のアイディアを考え、首都として有るべき姿をそれぞれのリーダーがイメージしていた。もっとも、首都は東京である必要はないという意見もある。確かに再開発のタイミングで、首都機能を移転を検討するのもアリだろう。

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6年生ともなれば、リーダー役を担えるだけのしっかりした子も多い。自然とチームを束ねてゆく。家でも重要な働き手を担っていたのかもしれない。的確な指示を翻訳AIを介して聞いて、モリは感心していた。リーダーではない子に声を掛けてみても、既に確立した自我を備えているので驚く。作業をしながら、多くの児童と会話をしていると、娘の小学生の頃を思い出す。 同時に、彼女達とは同級生に当たるスペインにいる我が子達は、まだ全然 子供だと思う。やはり、女の子の方がしっかりとするのかもしれない。

玲子が大豆が成っている株ごと引っこ抜く方法を教えると、見よう見真似で生徒達が始めてゆく。収穫した株から枝豆の房ごと手際よく取っていく彩乃を真似て、子供たちがむしり取ってゆく。隣の畑ではあゆみがサツマイモを掘り起こして、ドシンと尻餅をついて笑いの中心に居る。故郷を離れた少女たちの心象を汲んで、愛娘達が精一杯のもてなしを演じていた。
モリは焼き芋の準備を始める先生達に加わっていた。隣では官房長官の柳井治郎が、枝豆を茹でる為に大釜に火をかけようとしていた。「来てよかったです!」薪を焚べながら治郎が大声で声を掛けてきたので、微笑んで返す。こうして誰かが最初に始めれば、以降は自然と毎年のように繰り返されてゆくはずだ。暫くは毎日が林間学校、キャンプのノリとなる。収穫の秋という四季なるものを、雨季と乾季しかないインドの子供達が体験して貰うには丁度いい時期だ。小型のドラム缶の中に落ち葉を入れて、火を付ける。女子向けにと、アルミホイルで包んだ芋を火の中に入れてゆく。すごい数のドラム缶から、煙が大空へ向かって何本も上がってゆく。秋の少しだけ冷たい風と、雲が魚の鱗のように高くなった青い空の下で、多くの煙が立ち上っている、そんな光景だった。北朝鮮に紅葉の名所なるものはあるのか?と思う。平壌は平野なので、公園や街路樹が色づくのが精々といった所だろうか。 湖畔とか、河原とかがあれば、場所を変えてキャンプをするのもいいだろう。多くの児童が寒いと言って、もうセーターを纏っている。インドとの気温差で風邪気味の子も多いと言う。とにかくありとあらゆるものが、初めてのものばかりなのだ。低学年の児童になれば、より季節の違いに困惑する児童も増えるかもしれない。
大人達が考えた計画に、まさに数多くの児童を巻き込もうとしている。経緯はどうであれ、政治が関与した事実がある以上、実際に現場を見て判断するしかないと考えていた。日本も、インドも初めての試みなので、何が正しくて、間違っているのか、定期的に見て、判断していこうと話し合っていた。人に任せられるものと、委ねられないものの違いは、責任を感じるかどうかではないだろうか。全てのプロセスに介在する事は残念ながらできないまでも、言い出した者は、事業を成功させねばならない。何よりも、子供達の未来が掛かっているのだから。その一方で、サッカー協会は年内限定として、山下智恵と岩下香澄を推薦して、2人に押し付けてしまった。3ヶ月もあれば片手間で済ませてしまうだろうと、頭に浮かんだので、そうしてみた。

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ベネズエラに居る金森鮎は、最高のアシストを得た事に感謝していた。
国連難民高等弁務官事務所に来年から勤務する立場からすれば、日本が積極的に国際活動に乗り出し、今後も計画が続いていく状況は、組織全体を束ねるにはプラスに作用するからだ。もし、自分が空手の立場で組織に加われば、発言自体に説得力も無ければ、居心地も決していいものではないだろう。嘗て、高等弁務官だった緒方氏は、殊の外立場が弱かったかもしれない。それでいて日本は、彼女が国連事務総長になればいいと余計な期待ばかりを掛けていた。緒方氏は日本は難民をもっと受け入れるべきだと、様々な場面で語ったが、結局梨の礫のまま終わってしまった。
あの時点で国際的な枠組みに一切踏み出そうともせず、自国の体裁と保全だけを優先してみせた。「金だけ出して、何もしない国ニッポン」と世界から失笑されても、それのどこが悪いと開き直るような国だった。そんな国が大成する筈が無かった。まるで釣瓶落としのように、自慢にしていたハリボテ経済は失速し、停滞期へ突入していった。
モリが事務総長の立場となった12年前、偶然得たポストだったとは言え、日本の国際化を促すには、いいきっかけとなった。外務省と防衛省がまずは刷新され、欧米諸国に劣らない組織体制へと次第に変わっていった。これまでの期間で、敢えて脆弱なものを上げるとすれば「人材」だろうか。
政権交代時にこの官僚・政治家では、新しい日本をマネージメントできないと切り捨てた。その結果、与党と議員に一時的に負荷がかかった。それでも、大臣の中から将来を担える英傑が出てきたのは幸いだった。とは言え、自分も含めた首相が何とかなっているのも、モリが居るからこそ成り立っているのであって、もし不在となれば日本にとって大きな痛手となる。

子供達が新しい動きを始めているのも、いつまでもモリの庇護下に頼れないと理解したのだろう。幸いな事に彼は60代前半に差し掛かったばかりだ。 今後も人材を育て、排出するだけの時間は十分にある。
モリはチベット政府にビルマとタイ人の政策スタッフを何人も送り込み、今回、プルシアンブルーの会長を米国大使に据える。国籍を問わず、政治家・閣僚に限らず、人材を登用してゆくかもしれない。ベネズエラと北朝鮮の大臣格、官僚のポジションに日本人に拘らない登用をして実績を上げてみせて、日本の中枢を変えようと考えているのかもしれない。

サッカー協会の理事の条件を、国籍に拘らずJリーグ監督経験者から選出すると決めた一件からも、その方向性が見て取れる。国連スタッフの中から、モリが他国の人材を獲得し始めるかもしれない。日本人の内向き志向を変えていくには、今が丁度いい頃合いなのかもしれない。

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Jリーグで4月以降から、スペインへ転じてもプレマッチ4戦、本戦5節で無敗記録を更新し続けている自信からなのか、坂出新代表監督が醸し出すオーラに、サッカー協会の暫定会長職についた山下智恵は打ちのめされていた。既に予選での対戦国の分析を初めており、勝算を得ているかのような口調まで飛び出し、驚いていた。
AIに出会えた事で、大きくマネージメントが進化してやりやすくなったと謙遜して見せながらも、理にかなった戦術と対策が講じる事が容易に出来、その分析内容をチーム全体で共有し徹底できるのが強みだと、信奉者であるかのような口振りをする。
「あの子達が欧州で事業を始めて、サッカーに中途半端に取り組んでるなんて批判も当初はありましたが、しっかり結果を出し始めたら、そんな意見はすっかり消え失せてしまいました・・。今でもAIを育てているのは、あの兄弟なんです。日々進化して、ここまでになりました。私はこのAIを持っている事が、日本の最大の強みなんだと確信しています・・」新監督のそのイケメンっぷりに、協会会長はノックダウン寸前だった。

日本サッカー協会で就任会見に臨むと、代表監督のオファーを青天の霹靂だったとしながらも、坂出は光栄な話で 即断したと前を向いて睨んだ。
代表選手の選考には早急に取り掛かるが、詳細なデータを元にして公平な選考をすると述べた。選考理由・結果に関して、当落も含めて40名個々の選手に全て情報を公開する。落選した選手も本大会が始まるまではバックアップメンバーだと思って準備をして欲しいと述べた。用いるデータやツール類は今のバレンシアFC、エスパルスで使っているものと全く同じものだと新監督が発言すると、エスパルスOBである欧州、中東のクラブに居る7人は監督が使い続けた選手でもあるので、「A代表は当確ではないか?」と記者達が囁やきあっているのが、智恵の耳にも聞こえてきた。

(つづく)

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