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(2)  五箇山らいふ (2023.8改)

昼休憩を終えて、15時過ぎに家族総出で家を出る。一時間程の昼寝で随分楽になる。
妻と娘は夕飯の食材調達の為に南砺市の中心部まで買い物に出掛けていった。

祖母は孫たちを統率して畑を耕し始める。
畝を作って堆肥を入れて土を被せる、土作りを始めている。野菜の苗を植えるには朝晩と日中の温度差があるので、今月末から6月になるまで待たねばならない。その間に、土に腐葉土や肥料を投じて混ぜて、地中の栄養分を肥えさせてゆく。

小型トラクターのエンジンを始動させ、男が暫くエンジン音に耳を傾けて異常のない事を確認してから、手押し車のようにトラクターを転がしてゆく。
上背があるのでトラクターが玩具の様に小さく見えるが、限られた面積を耕すには十分なモデルだった。

杜(モリ)家の代掻きは3日後を予定しているが、お隣の、妻の外叔父の家では、明日代掻きを行うが、モリと義母の金森 鮎と妻の杜 蛍の3人が代行する。作業日程をズラしている理由はトラクターやコンバイン等の農機具を数件の家で共有しているからだ。ムラの田畑で有効活用して、所有メンテナンスコストを戸数割している。

今年はコロナの為に学校の授業が変則的となり、この状況のままでは夏休みが無くなる可能性がある。おそらく6月もネット授業となるので、ムラでの滞在期間も延びる。滞在中に可能な限り、周囲のお宅の田畑の作業を済ませて農作業の負荷を減らしておきたいと考えていた。
コロナが無かった頃は、田植え、稲刈りの作業を除けば、田への日々の水入れ、畑の野菜への水撒き、田畑の雑草取り等の殆どの日常の農作業を、お隣の叔父夫婦やムラの人たちにお願いしてきたが、今年はモリ家の五箇山滞在時間が増えるので、恩返しが出来る。

田の畦までトラクターを押して来ると、2本の木材をレール状に設置して、トラクターが畦を乗り越えて田へ乗り入れる。スイッチをオンして前方下部のローターを回転させる。回転しながら田畑を撹拌するローターを、乾燥してひび割れた土へゆっくりと差し込んでゆく。
ザクザクと乾いた土を掘り起こし始めるので、トラクターをおしながら前進させる。後は両手でグリップを支えて軽く前方へ押してゆくだけ。端からトラクターを往復させて田の面全体を掘り起こしてゆく。
文明の利器は作業を効率的なものにする。田起こし全てをを鍬で行っていたら、それだけで時間が掛かってしまう。

「よっ、村人A、中々さまになってるわよ!」
隣の畑で鍬を振り回している鮎が、トラクターを動かしているモリをスマホで撮りだした。こんなの撮るのか?と思ったが、無表情のままピースサインを掲げてみる。パシャパシャと何枚も写している。今年還暦を迎えるオババのクセに、何を小娘みたいな事をやっているのか、と笑った。

来年、鮎は定年60歳を迎える。おそらく教授から名誉教授と肩書が変わり、暫く数年間は大学に勤務し続けるのだろうが、研究室の教え子に指導教官の座が引き継がれる。この先、どうするのか、他校に特任教授として転じて、研究を続けるのか、それとも引退するのか、本人には確認していない。

義理の息子としては、本人次第、本人任せなのだが、外観的には美魔女系装備が機能し、維持されているので、定年という節目に違和感を覚えている。つまり、2人の子を産んでくれた内縁の妻に対する想いは、昔も今も変わらない気恥ずかしい状態が持続しており、今まで同様にご活躍頂いた方が、美貌もスタイルも保たれるのではないか?と思っていたりする。
子供達と楽しそうに農作業している姿を見ていると、まだ十分イケる、と邪な考えが浮かんでしまう。年齢詐称としか思えない、張りのある胸部と臀部に加えて、娘と変わらない潤いのある白い肌で十分に若く見えるので、内縁の夫の満足度と評価は依然として高いままなのだ。

ーーーー

買い物から帰ってきた妻と娘がおやつと飲み物を持ってきたので、休憩に入る。

「終わったみたいね」
土が掘り起こされた田を見て、妻が言うので頷く。田に水を入れて、乾いた土を泥状にする。明日以降、水田となった状態になった田をトラクターで再度撹拌する。

「明日の晩は大人達はイカしゃぶにしようと思うの。ママ友から リクエストを頂きまして」
妻が母親に伝えると「そうなんだ」と嬉しそうに相槌を打つ。
今年のホタルイカは大漁で価格も安い。おかげさまで連夜の様に、ホタルイカが食卓へ上がっている。当方としては嬉しい限りだ。
去年までは不漁が続いていて高級魚の扱いだったのだが、突然の大量発生の理由は、我が家の海洋生物学者様でも分からないらしい。

「蛍のママ友さんはお2人共、独身なんですって。玲子ちゃんと杏ちゃんのママなら期待大でしょ?」鮎が意味ありげに人の顔色を伺ってくる。独身は初耳なのだが、そこを強調しても意味がない。美女には必ず男が居ると相場が決まっている。故に動じない。人の物を奪う趣味は無い。

杜の家に時折遊びに来る、3人の女子大生が居る。子供達の学校のOGであり、元担任教師のモリに挨拶にやって来るのが習慣化して、富山にも何度も来ている。
今回はご時世柄、母親も含めて家族ごと疎開に参加される。妻も街に遊びに行けると楽しみにしているし、息子達もキレイなおねえさんが居れば胸が騒ぐのだろう、明らかに喜んでいる。
合掌作りは大家族用の家屋なので5人増えたところで、まだ空きスペースがある。合宿施設として向いているのかもしれない。

鮎お手製のよもぎ饅頭を押し込む様に頬張る。
売り物の様に餅に柔らかさはないが、伸び始めたヨモギの若草の香りが鼻に抜けて、北陸の遅い春を感じる、季節の風物詩だ。
川魚の鮎や山女の解禁日も間もなくで、連休後の空いた春山で残雪登山を楽しむ。
「農始め」はアウトドアシーズン開幕の到来でもある。ホタルイカの旬は間もなく終わってしまうが、お次は大イワシの群れが富山湾の豊富なプランクトンを求めてやって来る。    

要は、個人的には客人が何人増えようが構いません。こちとら単独行動の目白押し、勝手に出かけてきます、となる。不謹慎だが父的には密かにコロナ渦サマサマ、ウエルカム、大歓迎!なのであった。 

「さて、やっちまうかぁ」と休憩もそこそこに立ち上がる。トラクターを田から出すと、用水路の水を誘いにゆく。2時間もすれば田に水が入る。問題が無ければ、18時過ぎに満水となる。田に水を入れながら、張った水が漏れ出さないか確認を行う。時折沢蟹やモグラが畦に穴を開けていることがあって、そこから貯めた水が漏れ出すことがある。田起ししながら目視した限りでは、穴は見当たらなかったが、こればかりは水を溜めてみないことには分からない。

「あれは野山に遊びに行こうと企んでる顔ね・・」

「春山登山は無理でも、鮎釣り、イワナ釣り位なら、子供達もしたいんじゃない?」

夫の企みを嗅ぎ取った、母と娘の会話を孫娘が聞きつけて加わる。
「鮎の友釣り、する!イクラでヤマメ、バンバン釣る!」
イクラは禁じ手だが、街の子が釣る分には、この辺りでは遊漁券も求められない。

「そうね、あゆみを充てがっておけば、あの風船男も勝手には飛べないでしょう」

「確かに。良し!あなたをスパイに任命します。お父さんの外出に常に付いていきなさい。アルプスはまだ冬山だからダメだよ。白山に登りたいっていいなさい。簡易アイゼンで登れるから」

「あの山だよね?」

「そう、あの手前の山」

「分かった」

かくして、父親の自由は奪われたのであった。

ーーーーー

翌日、代を掻き終わったお隣の家の田を眺めながら、畦に座って鮎と蛍と休憩していた。

青空を薄い白雲が覆い始めていた。西の山峰は既に雲に覆われて、その頂きは既に見えない。やはり雨になるかもしれない。取り敢えず、一段落となって良かったと安堵する。水を張り始めた田んぼに、どこからともなく現れる蛙が生息するようになると、夜な夜なペアを求めて、蛙の合唱が始まる。産卵は暫く後となる。   
蛙の鳴き声自体、美声とは言えないが、重奏、合唱になると何故か心地よく感じる。これも日本人のDNA螺旋の奥底に刻み込まれた記憶のようなものなのかもしれない。

今日は客人がやって来る。間もなくママ友たちが到着すると蛍が言う。予報通り午後から天気が崩れるのであれば、部屋でゆっくりと休んで貰えばいい。晴耕雨読、自分も好き勝手に過ごすつもりだ。田舎では理にかなったライフサイクルだと言える。

「こんにちわ~」と大きな声が耳に飛び込んできた。声のした方を3人で振り返ると、村道に車が1台止まっていて、助手席から手が出て、大きく左右に振られている。あれは樹里、妹の方だろうか?と目を凝らすが、遠目でよく分らない。  蛍が立ち上がって駆け寄ってゆくので、仕方ないと思いながら鮎と並んで車両に近づいてゆく。水田用のゴム長の底が薄く、砂利道では少々痛い。庇うように足を運ぶ。

「いらっしゃい、お待ちしておりました」
鮎が家長らしく切り出す。母親2人と視線が合って互いに会釈する。横浜の家に来られた際に会った事があるのだそうだ。初対面では無いと言うのだが、当方には見事な迄に記憶がない。
面影は娘さん達に似ているので、どちらの母様なのかは理解はできた。初見の印象は悪くはない。ただ、2人が独り身のままであることが釈然としない。これだけのスタイルとお顔立ちなら、お相手も当然、 居ると確信する。

「先生、お久しぶり。元気にしてた?」
近寄ってくる3人娘から抜け出た樹里に、右手を両手で掴まれそうになるが、かわす。

「ダメだって。泥だらけなんだぞ」両手を見せる。

「いいじゃん、そのぐらい」顔が剥れている。
まだあどけなさが残り、高校の頃と変わらない。スッピンだからそう見えるのか?最近は化粧で化けた顔にすっかり慣れてしまったが。

「田植えじゃない、よね? 何してたの?」
樹里の姉の杏が、田んぼを眺めながら言う。 「代掻きですよね?」玲子が答えを言ってしまう。
「正解。あの田んぼは代掻きが終わったばかり。あのまま数日間、水を張ったままにしておく。天気次第だけど田植えはあさってからの予定。だから、今日明日は自由行動だよ」

3人娘がニコニコしている。本当に嬉しそうに見える。当方も気分が高揚しているのが分かる。コロナのお陰で3人とあうのも久々だった。

ふと気がつくとママさん達と還暦美魔女に疑いの眼で見られていた。ひょっとして、関係がバレたのだろうか?

(つづく)




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