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(5) 日本の保安体制を検証する

鴨緑江に架かる新たな中朝友誼橋の開通記念式典が、中国・丹東市の市長と北朝鮮・両道の知事が出席して執り行われていた。記念式典はさて置き、丹東市の市民は市内の至る所から中朝友誼橋へ向かうバスに乗り、「高麗DFS」と名付けられた北朝鮮河岸側に完成した免税店が入る巨大なショッピングモールに向かった。
免税品だけでなく、丹東市内の商業施設にはない日本製や中南米製の商品の数々が市場価格よりも安く手に入り、北朝鮮産の新鮮な生鮮食品が購入出来るとあって、人々は橋を渡って購入に向かう。一般車両での北朝鮮への渡岸は出来ないので、商業施設が運営している無人運転の無料シャトルバスに乗り換える。    
中国の人々が密かに購入するのが「金」「銀」「宝石」「アクセサリー」だった。人民元の下落傾向が近年続く中で、貴金属に変えての資産防衛が例年にも増して流行りとなっていた。北朝鮮の免税店は中国内の貴金属店よりも1割、物によっては2割近く安いと知った人々が買い求めていた。中には貴金属店が利ざやを稼ぐために仕入に来ていた程だ。   
「貴金属の安さ」が口コミで広がってゆくと、次第に丹東市以外からも人が集うようになり混乱が予想された。北朝鮮政府はショッピングモール施設以外でも貴金属品を購入出来る様に、独立した店舗を出店すると表明する。ロードサイド店舗としてコンビニ、ガソリンスタンド等の店舗とセットにして、街道沿いに建設を始めた。
人口が減り始めたとは言え14億人の人口を抱える中国だけに、需要は留まらないかもしれない。

高麗国として独立する前の河岸は草の生えた自然な作りだったが、橋の上から眺めると、対岸からでは死角になって見えなかった運河が掘られていた。中国側からすると2重の堀となる。橋の上から見ると運河沿に塹壕も掘られている。軍人が見れば、有事を想定した防塁壁のように見える。  

「一体いつの間にこんなに掘っていたんだ!」 家族とショッピングモールに買い物に向かっていた人民解放軍の陸軍少佐は、橋の上から運河と塹壕を撮影する。  
「我が軍は、この防塁を知っているのだろうか?」と思いながら、少佐は疑問に感じていた。

気付いたのは少佐だけではなく、軍内部からも、マスコミ各社も河川改良を指摘していた。各所からの指摘や報告を受けて、軍の偵察ドローンが川沿いに飛ぶと、鴨緑江沿い790kmに渡って、下流域には運河と防塁、上流は防塁が築かれているのが判明する。

「何が中朝友誼橋だ。ショッピングモールなど煙幕ではないか。これは国境沿いに建てられた壁、そのものだ!」
映像を見た丹東市駐留の第5師団大将は机を叩く。どうして誰も気付かなかったのだ?周囲に問いながらも、ロボットが夜間に作業を進めていたのだろうと理解してしまう。
少なくとも北朝鮮は中国を快くは捉えていないのが、よく分かった。夜間になると、闇に乗じて塹壕の中に一定間隔で5m丈のロボットが1km置きに配置されているのが判明する。790キロなので790体もの数量のロボットだ。夜陰に乗じて越境する輩を警戒しているのだろう。背にはバズーガ砲を背負って、ロボットの周囲には1mほどの大きさの岩を幾つも積み上げている。朝になると、その100個ほどの岩を河岸に並べて組み上げてゆく。塹壕内は日中はカラになり、河岸沿いに岩壁が徐々に積み上げられてゆく。夜間の警備中は投擲用の弾となり、夜が明けると護岸工事の材料に転ずるという効率性が展開されているのが分かった。国境から離れた場所で輸送機から投下されるタイミングで、巨岩の入ったネットも抱えていた。鴨緑江は水量の豊かな川だ。北朝鮮と中国国境の名山・白帝山からの雪解け水が流れ込むので、川幅も川の深度も運ばれる土砂量も水量も日本海に注ぐ、新潟、長野、富山の一級河川によく似ている。 つまり、大陸には珍しく急流河川の顔も持つ。降雨量が増えると下流域は洪水に見舞われる傾向がある。   
鴨緑江の中国側は護岸工事をしていても、北朝鮮側の河岸は自然に任せるままの景観であり、無人、無耕作エリアだったが、知らないうちに改良されていた。
北朝鮮政府が運河を這わせて塹壕状態にした事で、「国境の川」として明確にしながらも、鴨緑江沿いを商業地帯に変えてゆくのかもしれない。

北朝鮮内の貴金属店が扱う金と銀はボリビアのポトシ銀山やチリ、ベネズエラの金山からのもので、宝石類はインドのカシミール地方のサファイアやアフリカコンゴのダイヤモンド鉱山だと、産地が明記されているが、実際は鉱物は月面資源であり、宝石は北朝鮮の工場で炭素を加工して造られた人工宝石だった。それ故に利益率が非常に高くなる。  
 宝石類は「北朝鮮工場製」の人工品なので、製造コストとアクセサリーへの加工料が原資・経費となる。鉱物資源を掘って地球に投下しているのはロボット達になるので、地球投下後の回収、運搬費用と精製加工コストが全てとなる。市場価格よりも1割2割安く販売しても、十分に過度な利益を得る。帳簿上、ロボットの作業は人件費として処理されているので「暴利」の実態が露呈する事はない。         

地球外からの金銀、チタンやレアメタル等の鉱物やヘリウム等の気化性の高いものを、ベネズエラが主要各国に供給してゆく。ここで市場価格を10分割すると、ベネズエラは市場価格の30%で販売するので、取り分は「3」となる。日本はベネズエラから入手した原料を加工、金属製品として精錬する。金銀で言えば延板や貨幣等に加工し、日本から北朝鮮への提供価格は「6」日本の取り分は「3」となる。販売を請け負う北朝鮮の取り分は残りの「4」となる。利益幅が広いのは、台湾、香港、ASEAN、旧満州、CISと広範囲に渡って卸す為だ。つまり、3カ国で月面や火星周辺の資源収益を密かに分け合っている。これが3ヶ国政府の官房機密費としてクレジットされてゆく。公に出来ず、帳簿に残せないカネなので、官房機密費という都合の良い財布を後生大事に使っている・・という裏事情がある。3カ国によって官房機密費の使い道はそれぞれだが、毎月何割かは「投資用の原資」として各省庁に分配される。各省庁は堅実な投資案件に追加された資金も加味して、堅実に各省庁の資産を増やしている。

3カ国の技術力が突出していると理解されている背景の一つに、「ヒトに不向きな環境下で稼働する製品の開発」が上げられる。突出した技術力を最も保有しているのがベネズエラとなる。深海域での作業、砂漠熱帯地域での開拓や作業、宇宙空間、惑星・衛星での作業など、無人操舵がベースとなる製品群の実用化、量産化が始まると同時に、機能エンハンスと部品改良が並行して行われている。常にロール状のタスクが課せられ、外観は同じでも異なる性能の製品になっているのも状態化している。

また、過酷な環境下で使われる製品群なので、求められる機能と性能に際限は無い。開発費用も製造生産ラインの確保も留まる事は無いので、幾らでも費用を用意できる環境は貴重でもある。「無人操舵=AI」なので、AI自体の開発費用も増額に次ぐ増額となる。      幸いにして製品向けの資源は安価に手に入るので、資源が生み出す利益を収益源として使いながら、大量の試作品、完成品を生み出している。カラカスの郊外にある倉庫群は「モリのガラクタ小屋」とまで大統領府では呼ばれているが、試作品が増える度に倉庫が増築されている。
科学技術省のパメラ副大臣と大臣兼務のモリが、図面と試作完成品を見比べる機会も日々のルーチンワークとなっている。
際限なき開発が可能な背景がベネズエラには揃っている。自己成長を続けるAIが開発能力を進化させる過程で、ある程度の問題点や課題点の克服を出来うるレベルにまで育っている点が大きなポイントとなっている。 日本製のAIより数歩先の段階にベネズエラは到達していると見られていた。大統領と副大臣がロボット工学にのめり込んでいる理由だが、宇宙空間での資源確保という大命題に加えて、他社には出来ない独自の技術進化を、ロボットは具現化できると2人は見なしていた。「人々がロボットの動きを目視して、性能を理解出来る」という分かり易い特徴をロボットは持っている。
例えば、兵器で性能や破壊力を競ったとしても、実際に兵器として使う機会は殆ど無い。スペック上の違いや使い勝手をアレコレ評価し、戦術シュミレーションする等、想像するのが精一杯となる。

昨今のロボットとなると、ロボット同士、もしくはロボットがヒトと会話をし、機械でありながら意思の疎通を計る事が可能になっている。意思を持つロボットが動き回り、飛び跳ねれば、ヒトは誰でも完成品、試作品としての出来不出来を確認できる。己の体との対比を無意識のうちに行うので、脅威の度合を認識する。スポーツ競技で優れた選手に対峙した時のように、己の肉体との能力差を容易に判断してしまうのだ。映像であっても効果が出る。ロボットの動きによっては、ヒトに脅威を齎すので、抑止力を生む効果も得られる。普通の人は160キロの球を投げる投手に挑もうと思わないし、億単位の金を稼ぐサッカー選手とプレイしようとは思わない。

砂漠や深海、そして宇宙空間でも人と同じかそれ以上の作業をこなし、生産性を上げる・・工業品には過酷な環境下での開発に、ベネズエラが注力していると世論は判断する。AIが常に成長して、ヒトを凌駕しても、数値を公表しなければ性能の度合いは分からないが、ロボットやモビルスーツならば目視できる。平和利用が前提だと発言していれば、実際は兵器として開発を進めていてもあまり角は立たない。
ロボットやモビルスーツが手にする武器や兵器がどのようなものか、演習や訓練でどのようなモノを手にしているのか全ては公開しないので、市民が目にする機会は限られ、頓に兵器だとは判断できない。  
ましてや兵器を抱えて夜間だけ配備され、明るくなる日中には居なくなり、目視できないのだから尚更分かるまい。「夜の町は魑魅魍魎が跋扈しているので、出歩いちゃ行けないよ」と、古人が夜を恐れたのと同じような効果が得られ、国境は自然に堅牢なものとなる。
ーーー  
迎賓館のヘリポートにホバークラフトが着陸すると、陛下夫妻が近寄ってゆく。     
マスコミ各社のカメラが撮影場所で構えていると、中から国賓のベルギー国王夫妻が降りてきて、4人が挨拶を交わす。久しぶりに再会した感じは漂ってこなかった。最近も一緒に居たような雰囲気まで感じる。そもそも、ベルギー王室が日本に到着した経路、形跡が全く分かっていなかった。

ベルギーのメディアの1社が周囲に情報を齎す。そもそも、5日前から国王夫妻も、首相も所在が分かっていなかったが、首相は月曜日から登庁して、通常通りに執務に臨む予定になっていると言う。先の週末、ベルギー国王と首相は何処に居たのか?
それが皆目分からなかった。

ーーー
人々が結婚式でこれだけ驚いたのは、初めてかもしれない。新郎の母親と新婦の叔母が段どった挙式に、一般人出身者は誰もが腰を抜かした。
新郎の父であるモリは、二度とゴメンだ、以降は程々な内容にしてほしいものだと、他人事のように受け止めていた。              
週末、北朝鮮とフィリピンに居るはずのモリたちは、旧厚木基地、現在の大和綾瀬空港に着陸するように妻の官房長官から指示されていた。
大和綾瀬空港は、米海軍の空母艦載機の駐留基地と空輸拠点だった厚木基地の機能を引き継いでおり、横須賀の海上自衛隊が民間と共同利用している。空港としての機能は旧神奈川県以西の空輸物流センターの役目を果たしているので、空輸便と輸送機以外の民間航空機が離発着することはない。
今回ベネズエラ大統領専用シャトルと、護衛機のA−1戦闘機2機も共に着陸し、海上自衛隊用の倉庫に格納された。A-1の複座敷シートでやって来たパイロット役の人型ロボット4体は、そのまま大統領一行の護衛役に転じる。
筆頭大統領秘書官の杏と息子2人の3人をガードしながら、海上自衛隊のヘリコプターに乗り込んだ。4体のジュリアが4人をそれぞれ護衛する。ヘリに不具合があった場合は、ジュリアが一人一人を抱きかかえて降下する。パラシュートもフライングユニットも内蔵しているので緊急事態が発生しても安全地帯・・恐らくモリの横浜の生家だろうが・・まで抱き抱えて移動する。日本のロボット、エリカとサクラがどうなっているのかまでは、杏もモリも把握していない。       

モリが子供の頃、厚木基地に米軍機の航空ショーの見学に来たことはあったが、まさかここで離発着するとは思わなかったなと思いながら、ふとロボット達を見ると、ヘリのパイロット役の日本製のサクラとベネズエラ製のジュリアが見つめ合いながら交信中だった。
こういうところが日本は徹底していないと思いながら、人型ロボット・ジュリアのAIにタブレットでアクセスする。そこで頭が錯綜を始めた。  

「あれ、目的地・・葉山警察署のヘリポートって、向かいは確か・・そうだ御用邸だよね」 
タブレットを杏に見せると、驚いた顔をする。 

「葉山はともかく、行き先が分かっちゃうって、自衛隊のセキュリティって、一体どうなってるの?」   
「だから、ベネズエラ製AIにリプレースされちゃうのかな?」とシレッと言ってみる。    
単に、ジュリアのアドミニストレータにアクセスして、日本製AIのセキュリィティ情報を覗いただけなのだが、葉山の御用邸は想定外過ぎた。  

「御用邸だって可能性があるのなら・・鮎先生が皇族に出席のお願いをしたのかな?まさか、御用邸をお借りして、披露宴ってことはないよね?」

杏が有り得ない方向で考えだしたので、都合の良い落とし所を模索し始める。        

「僕ら家族は三浦半島逆側の観音崎ホテルに滞在するみたいだね。葉山警察署到着の2時間後には観音崎の近くにある、防衛大のヘリポートへ移動するスケジュールになっている。ホテルは貸切なのかな?そこで披露宴するんじゃないかな?」 

海自のヘリコプターはモリが創業したPB Air社製で、室内は静音設計が施されており、ジェット機並みの騒音だった。
観音崎ホテルは東京湾に面した海を一望できる立地に建っている、鉄道会社系列の経営だった筈だ。宿泊したことはないが、子供たちが小さい頃、観音崎公園に何度か連れてきたのでこの場所にしたのだろうと想像する。鮎と蛍が好きな、たたら浜もある・・ 
「観音崎って、日本で最初に灯台が建てられたんだよね?」             
「うん、江戸後期だね。黒船が浦賀にやって来る前だから電気は無くて、灯籠タイプだった。
今の灯台は近代的なものに代わってて、模型しか残ってないけど・・」          

「しかし、梅雨のこの時期に横須賀。幸い、天気は良いみたいだけど、随分冒険したねぇ・・
ん?ちょっと待って。御用邸って、カラカスに建てた御用邸も政府関係者でも入れないでしょ?葉山だって、きっと入れないよね? もしかしてだけど、天皇家が式に出席するってことなのかな?」   
モリの顔が真っ青になっているので、杏が補足するかのように口にしていた。モリはそんなオオゴトだったら、どうしようと思いながら、観音崎ホテルであってほしいと懸命に願っていた。このホテルを皇族が利用するには、セキュリティ基準を満たせない可能性がある。海洋船舶からの狙撃を常に考えねばならなくなるからだ。 葉山側であれば面するのは相模湾で、航路からはかなり離れる。だからこそ御用邸は成立する。葉山沖の船舶だけ警戒すれば済むからだ。一方の観音崎は東京湾、浦賀水道なので都内と横浜へ向かう商船がひっきり無しに目の前を通過してゆく・・。 
                    
「あのね・・。先生もきっと想像している最中だと思うんだけど・・ベルギーから、それなりの方々がお見えになっている可能性って、ゼロじゃないよね?」
モリが溜息をついたので、やっぱり同じ事を考えていたんだと杏が理解する。
タブレットで必死になって情報を集め始めているが、流石に要人の情報までは載せていないので、確認出来ないようだ。やがて機体は御用邸の向かいの警察署のヘリポートに向けて降下していった。         
ーーー                     

モリ・カイトがイタリアから日本に移動してから、兄弟、親類達の動きを追っていたCIAと中国諜報部員達が、都内でドレスを購入している3人の姪の姿を捉えていた。購入後に店舗に問いかけると「結婚式用」に購入したと店員が明かしてくれる。式に出席すると判断され、3人娘の行動が監視下に置かれるのと同時に、カイト周辺の人物にも人を配備し始めた。  

カイトの血縁関係に連なる人物を監視下に置いていた高い高度を飛翔する日本製のドローンは、CIAや人民解放軍が委託した日本の探偵事務所や、公安OBが始めたセミプロ組織が関わっているのを把握していた。その数時間後には一定の人数が尾行、外で見張っていると本人達にそれぞれメールで知らせる。外出の際には必ず、該当の電話に連絡するように指示してきた。

こういった費用も官房機密費から支出されている。ベネズエラが宙で掘ってきた資源が発端となったカネでもあるので、日本政府の誰も、とやかく言わなかった。
 
金曜の夕方、3人娘がロボットと共に大きなバッグを抱えて車に乗り込んだ。その車が向かったのが、3人が勤務する国立の農業研究所だった。
雇われた日本人尾行者たちはアメリカ大使館と中国大使館にギブアップを宣言する。研究所の屋上からヘリが飛び立ったからだ。    
「日本海側に飛んでいきましたが、その先で旋回して目的地へ向かっている可能性が高そうです」と言って、前払いの費用だけ手に入れてミッションである尾行から降りた。      

柏にあるレイソルの施設から選手達を乗せたバスが出発する。その黄色に塗られたド派手なバスを追っていると、バスは赤坂で首都高を降りて首相官邸に入っていき、堂々と官邸の駐車場に止まると選手と家族達が降りて、官邸内に入っていった。恐らく明日が結婚式なのだろうが、まさか官邸で式を挙げるはずもないだろうと、待てど暮らせど誰も出てこない。結局、官邸前のバスに各自が乗込んだのは2日後で、柏に帰っていった。
47時間、彼らは一体どこに居たのか?官邸の屋上から飛び立ったホバークラフトやヘリに乗ったのは大臣やスタッフ達だったので、空は使っていない。  
「地下にホームがあるという噂は本当かもしれない」とレポートして月曜日になって尾行業務を終えた。

アメリカ大使館も中国大使館も、日本の週末イベント情報を追いかけている内に、一つの可能性に注目するようになる。フィリピン・レイテ沖から引き揚げられた戦艦武蔵が修理されて日本に向かっていた。この週末は佐世保に寄港し、そこに中南米軍太平洋艦隊も合流するというので、世界中の戦艦マニアの注目を集めている。
武蔵を引き揚げて修理したのも中南米軍なら、沖縄と佐世保に分散して寄港するのも大和を中心とする中南米軍の艦隊なので、モリが絡んでいるのは間違いないと何故か考えた。湾の沖合に浮かぶ空母バレンシアの甲板で挙式を上げ、大和が空砲を放つというのも、杜家らしいではないかと。
佐世保市内のホテルに探りを入れて、要人の宿泊や警備体制を強化するエリアがないか調査する。海上自衛隊 佐世保基地はイベント会場に指定されており、この日イベント警備で大勢の自衛官がアサインされていた。州警察は基地周辺の駅や道路の交通整理にかり出されているが、その対象範囲が今一つ分かりづらかった。   
「台湾の首脳が立ち寄るなら、長崎は格好の場となる。首相や防衛大臣の動静を追え」と指示を出していた。北海道と九州と両極端な場所を想像させる狡猾な作戦だと、半ば見切ったような判断をしていた。6月末、確かに北九州地方は梅雨明けしており、予報は快晴だった。 
この週末、佐世保以外で日本国内の規制や警備に当っている地区を捜索するが、警視庁も各地の州警察も佐世保以外では予定されていなかった。どこかで突発的な交通規制が起きていて、不平不満をネットに書き込んでいる一般人がいないか調べるも、出ていない。    
 国会参院で審議中の首相や大臣は、予定では都内に滞在となったままだった。米中の大使館員達は長崎へと向かった。
      
マスコミ各社に先行公開された武蔵は、この日、目新しいニュースが無かったからか、かなりの時間を割いて取り上げられた。自衛隊から提供された当時の資料や映像を参考にして、オリジナルの状態の再現を目指したという中南米軍フェルナンド・ペソア技師長のコメントと、説明、ガイド役の人型ロボットが船内を案内している映像が報じられる。             
一切、手抜きをしなかったという技師長の発言の通りの出来で、レポートする記者達も昭和の風合いを伝えるのに躍起になっていた。特に日本のメディアは人の居住空間の殆ど無い無機質な中南米軍の旗艦、5年前に完成した大和と対比して紹介していた。       
武蔵は当時 乗員2400人が乗っていた巨大艦だ。当時は厨房で作られなかったであろう海軍カレーを自衛官が調理して、記者達に振る舞うと言う。
このカレーは艦内の食堂で毎日先着3000名まで、500円で食べられるらしい。   

「オリジナルと異なるのは、エンジンが水素ロータリーエンジンと充電モーター駆動となっているのと、艦の至る箇所にエアコンを付けています。エアコンだけでなく、エンジンの発電した電力を活用して、レーダーやソナー等は現代のモノを取り付けて、快適な航海が出来る様にしています。それから、主砲や砲台等の武器は全てハリボテです。兵器類は一切使えない状態になっていますので、お子様も安心して見学いただけるようになっています」と、むき出しだが艦内の色彩とマッチするようにメタリック塗装のエアコンをロボットが指差した。その指がヒトの様に動く方に、テレビを見ていた視聴者は眼を奪われる。

当日の艦内の一般公開に伴って、初代武蔵と新大和との乗り比べをして、ロボットの英語と中国語での説明を感心しながら機器、無機質な長テーブルに座って海軍カレーを食べた大使館員達はつい夢中になってしまい、佐世保へ来訪した目的を忘れてしまう。
そもそも、一般公開の場に政治家達がやって来る訳が無い。ましてや、モリは人前に滅多な事では現れない。人気取り目的で戦闘機の操縦席に座り、艦橋で「ヤマト発進!」と指示を出す沖田艦長のマネは決してしないだろう。       

イヤな予感は的中した。
葉山御用邸で宿泊中の陛下と、皇室セキュリティが施されたホテルに宿泊中のベルギー王家と会談し、脱力する時間は終わらなかった。

翌日、新郎新婦が貸し切ったという葉山のホテルで挙式と披露宴の場でも、皇族と王族の相手をし、美味そうな酒も食事も大して口にも出来なかった。まだ、武蔵で食べる海軍カレーの方がマシだったかもしれない。
更にベルギーとイスラエルとインドの首相夫妻と、台湾総督と香港の行政府長官の夫妻が居るのだから、寛げる時間などアリはしなかった。
日本と北朝鮮の首相も同じような剣幕で各国首脳をもてなす。G7よりも、はるかに疲れた。
そもそも、父として息子夫婦に祝いの言葉を掛けたのか、どうか?それすら怪しかった。   
挙式のあった翌朝早朝に、猫の額のような小さな    たたら浜一帯に急に警備体制を引いて、杜家の一群が波打ち際で遊んでいた時間帯と、浦賀の常夜燈の磯辺付近が一般人が入れない時間帯があったらしい。そんな投稿がSNSでされた頃には、全員が三浦半島から去っていた。
そんな私的な小さなイベントも含めて、式は滞りなく終わった。         

私的な旅行をしてくれた各国の首脳を日本政府の専用シャトルで送迎し、「引き出物」として銀の彫刻と、金塊の入ったスーツケースを官房長官が用意して、各国の空軍基地着陸時に自衛官のパーサー達が首脳達に手渡していた。これも官房機密費からの捻出だった。
ーーー                     やがて、丹東市から北朝鮮側に渡ったまま、中国内に戻らない人々が一定数を越える様になる。
貴金属の販売に携わる人に、他国へ越境する傾向がある実態と、業界関係者の数の多さにも驚いた。
中朝友誼橋を渡るバスに乗車する際に自動的に顔認証されているので、何日経っても中国側に帰っていない人々が日々判明してゆく。    
「北朝鮮・旧満州内に留まっていても、直ぐに摘発される」と、旧満州との国境でも適用されている状況は中国内では知られているのだが、それでもシステムには何らかの穴があるだろうと、トライしようとする人々が無くならなかった。

「中国から旧満州へ越境して、ロシア領、モンゴル領まで逃げ込む人々は摘発を免れる」という抜け道ルートも伝説のように伝わっている。実際にはロシア国境、モンゴル国境で漢族以外のウイグル族やチベット族等は北朝鮮政府によって難民として保護され、漢族は数日間収容して、聴取を済ませた後で強制送還し、旧満州・北朝鮮に再び入国出来なくなる。       
このルールを過大解釈した人々の中で、国際列車やバスで、韓国国境の板門店を目指す中国の人々が増え始めていた。          

元々、最近まで中国資本下にあった企業を抱える韓国は、漢族の受け入れを黙認してゆく。北朝鮮への人材流出に悩む韓国には朗報となる。 
韓国へ越境する漢族にも、戦略が少なからずあった。韓国人女性と世帯を構えて韓国籍を勝ち取れば、いずれ日本や北朝鮮、もしくは台湾に移ることも不可能ではないだろうと。

このパターンへの対応策についても、日台、北朝鮮の3国間で協議が始まっていた。14億人の大移動を食い止める策として完璧なものを作り上げる必要があった。


(つづく) 

 

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