むずかゆい
7月の昼下がり、散歩に来ている親子がベンチで座っている。
「かゆい〜」
少女は腕を掻き毟っている。
掻いた部分は赤くなっており、蚊に刺されたようだ。
「大丈夫?薬塗ろうか?」
「うーうん、痛いからやだ」
隣で母親らしき人が少女を心配して声をかけている。
「でも、それじゃあ治らないよ?それでもいい?」
「だめ。かゆいのや」
「じゃあ薬塗ろうね」
「それもいや」
二人の意見は食い違っている。
片方は痒いけど痛いのも嫌であるから、薬は塗らない。
もう片方は、痒いのが嫌であれば痛いのを我慢しても薬を塗るべきだと。
これら二人の食い違いはおそらくなおらない。
「じゃあ好きにしたら。そのままで。でも薬塗らなきゃ治らないけどね。」
言うことを聞かない子供に母親らしき人は少し苛立ちを覚えてきた。
「わぁ〜〜〜ん!!!」
選択肢を強制する大人は、幼心には恐ろしく見えたのだろう。
少女は泣いてしまい、思考の放棄を始めた。
そこで考えを立ち止まったのだ。
「何で泣くの!?」
大人からしたら理解ができない。子供の思考など、理解しようにもできない。大人だって、他人の思考はわからないのだから。
そして、ただでさえ怒りに身を任せているため理解で着ないことすら理解ができていない。
何とも無様。しかし、仕方がない。
「言うことが聞けない子供は私の子供じゃありません!一人で帰ってきなさい!」
「うぅ・・・」
大人からの追撃に少女は泣きもしなくなった。
少女からしたら、訳がわからない。
何で自分がこんなに苦しんでいるのに大人は怒るのだろうか。
何で見放すのだろうか。
子供には理解ができない。
だから考えないで感情で泣く。仕方がない。
その女性がベンチから離れようと立ち上がり、歩き出す。
少女はベンチで俯いて、悲しみと困惑に身を任せている。
女性が公園の外まで歩き、後ろを振り返ると公衆トイレから女性が走ってくるのが見えた。
「どうしたの!?」
「・・・・・」
その女性は少女に焦りながら話しかける。しかし、少女は俯いたままだ。
「何か嫌なことでもあったの?お母さんに言いな」
「知らない人にやなことされたの」
「どういうこと!?」
「わかんない・・・」
そう言うと少女は再び俯き話さなくなった。
もう少女のキャパシティは限界を迎えた。思考をさらに放棄し、俯き事態の経過を外に任せることにしたのだ。
母親には先ほどまでの女性のやりとりなどわからない。
トイレから出たら我が子が泣いていたという事実のみが存在する。
感情が揺さぶられるような事態に、母親自体は遭遇していない。
感情は焦りもあるが、冷静で思考はできる状態であった。
下を向いた少女からは話そうという雰囲気は無いため、母親は一度家に連れ帰り事態を後回しにしようと考えた。
「一回おうちに帰ろうか」
「うん・・・・・」
それらの様子を隣のベンチで見ていた青年がいた。
青年は一連の流れを見ていたが、あまり関わらないようにしていた。
それは彼なりの自己防衛。もしくはただの面倒か。
第三者である彼は呟く。
「どういうこと!?」
その公園には彼以外人がいないタイミングであった。
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