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妄想商店:パラレルフトン巻きのジロー

町に肉屋がある。八百屋があって、本屋もある。
なんとか屋さんというものが町にはいくつもあって、その一つ一つが景色や暮らしをつくっている。

車で走っていたらふと、「フトン巻きのジロー」という看板を見つけた。
ロゴは渦巻きのようなシンプルなものだけど、名前もあいまって道路にある看板の中ではセンスを感じる。

いや、布団巻きってなんだろう。布団をまくこと自体はイメージできる。布団をイメージして、それをまくだけ。多分子供だってそれはイメージできると思う。だけど、それが何を意味しているのかがわからない。布団巻きと書いて「ああ、布団巻きね」と理解できる人が、この世界にどのくらいいるんだろう。恵方巻きとどっちが認知度が高いのか。多分恵方巻きだと思う。恵方巻きは時期になるとコンビニでも売ってるけど、布団巻きはコンビニでは売ってるところは見たことがない。

人間は足りない情報を勝手に埋め合わせる性質をもっている。文字からさまざまな世界をイメージすることができる小説のように。僕の頭は車を走らせながら、突然あらわれたフトン巻きのジローという謎情報を補完するという活動にエネルギーを注ぎはじめた。

フトン巻きのジローはどうやら実在する。でも僕がこれから書くのは、フトン巻きのジローという文字によって妄想された「パラレルジロー」だ。フトン巻きのジローについてググらずに書いた完全フィクションなので、ご注意の上お読みください。

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 パラレルフトン巻きのジロー(以下パラレルジロー)は10万人程度の小さな町にある、個人経営の寝具専門店だ。関東や観光地に程近いその地域は休日になると、有名な神社に面したメイン通りを中心にほどほどに賑わいがある。大学が町にあるので、夜になると若者や都市部から帰ってきたサラリーマンで駅周辺は賑わうけど、その周辺の住宅地、さらに離れた田園地帯には夜の賑やかさは全く届かない。そんなよくある程よい町。
 最近、古い建物をリノベーションした店が増え始めている中でパラレルジローも開業した。小さい路地の商店街にある店は、八百屋をリノベーションした建物で一階部分が外に開かれている。ちょっとしたおしゃれなカフェと間違えるような店内には布団らしきものは置いてない。
「今の時代、布団でもなんでも買える場所はたくさんあります。それなのにまた新しい場所ができても、逆に困るでしょう。」

 Amazonなどで売られているものからやブランドメーカーまで、さまざまな寝具のレビューをブログや動画で行うところから、パラレルジローはスタートした。

 布団のレビューというと、スペックを比較したり主観的にどれが一番いい、というところに落ち着きそうなところだが、ジロー氏は寝具の高い安いに限らず、それぞれに適した使い方がある、という信念を持って、使い方やシーンを提案するレビューを10年以上続けている。どの寝具にも愛を持って書かれたそのレビューは購読者も多い。最近は自身の興味もあり、テント内でいかに心地よく眠るかというテーマを中心に扱っている。
 また、4年前インテリアデザインの会社を独立してから、勤めていたインテリアデザインの会社やレビューを見た顧客から仕事を受けて「心地よく眠ること」を中心に考えた空間の提案も行うようになった。現在はホテルはもちろん、キャンプ場の空間にも関わっているとのこと。

「小さい頃から布団を整えるのが好きで。敷布団、シーツ、毛布、ブランケット、掛け布団、クッション。限られた素材を使っていかに自分が一番気持ちよく眠れるか。それを模索するのがとても楽しかったんです。物心ついてから、なんだか親や兄弟がどういうふうに寝てるか気になって。見てみるとみんな違うんですよね。なんだかそこで、人の多様性みたいなものを深く感じたんです。みんな違う生き物なんだって。」
「ホテルや旅館って、もちろん眠る寝具も大事だけど、眠る前に旅行の気分に浸れる空間も大事だと思うんですよね。心地よく眠ることを中心に、眠る以外の時間のことを考えてみると結構面白いんですよ。メインでインテリアをやることもありますし、アドバイザー的に入ることもあります。」

空間のデザインやコンサルティングを行うかたわらオープンした店舗では、主に来店相談を受けている。最初に書いた通り、店舗には寝具らしきものは置いてない。それなのに店舗には人が訪れてはジロー氏とお茶話をしたり「ジローくんに聞いたら布団のことは間違いないから」と次郎氏が提案した寝具を購入し、設置やその後の手入れをお願いする人も多いとのこと。

「寝具専門店をやりたいと思ったんですけど、狭い店舗で在庫を抱えて、それを売るなんて全く考えられませんでした。でも地域の眠りに関することならうちに来れば大丈夫、と思ってもらって、気軽に立ち寄れる場所を作りたいと思ったんですよ。”よく眠れる町”ってなんかぐっときません?
仕事が多い都市も近いし、観光で賑わっている地域も近くにある。それだけではなくて友達や地域の方の知り合いとか、僕が眠りに関してうるいさいけど信頼できるって理解してくれている、地元で開業することにしたんです。」

地域の仕事が2割、それ以外の仕事が8割程度で回っている。地域ではできるだけ気のいい相談相手として、気兼ねなく声をかけてほしいという気持ちを込めて単価を抑えている。

「10年前はこんな心地いい形で実現するなんて思ってませんでした。相談料もプロとして頂かないといけないという気持ちと、気軽さとどう天秤にかければいいかわからなず悩んだ時期も結構あります。だけど地域外の仕事が安定する中で、自分が心地いいと感じるところに向けてちょっとずつ挑戦したり、調整していくことで形になるものなんですよね。」

10年という時間をかけて少しずつ今のスタイルを築き上げてきたジロー氏。今後はどのような展開を考えているのだろうか。

「目の前にある仕事を楽しみたいですね。今はキャンプ場に首ったけです。海外の仕事もやってみたい。いろんな場所の眠りについて知りたいです。そしてそれをこの町の人と共有して楽しみたい。そうやって年を取れたらいいなと思ってます。」

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小さな町の小さな店で繰り広げられる暮らし。そこには思いもよらないほど広大な世界が広がっている。小さな積み重ねが店や人を町の小さなオアシスにしていく。
今回もそのような営みに出会えて、取材させていただけたことに心から感謝したい。




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