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歴史をエンタメ化してよかですか?【小説執筆における史実とフィクションの融合について】

「ここで山場が来れば盛り上がるのに、史実があるから好き勝手にストーリーを動かせない。作りづらい」という創作者の声をよく耳にします。「あらかじめ結末を知っている物語に没頭なんかできないよ。ていうか、説明多すぎ、漢字多すぎ」という読者の声もよく聞きます。

私はこれまで「歴史小説」を4作品、世に出してきました。どうして歴史を元に書くの? 作りづらいんでしょ? その理由と取り組みを今からお話ししようと思います。

1.書くことで作者にも学びがある、それが歴史

創作者はなぜ、物語を綴りたいと思うのか。自分を掘り下げたいから?誰かに喜んでほしいから?なんかわからんけど、胸にあふれる思いを吐き出したいから?

理由は様々でしょうけど、突き詰めるとおそらく同じ欲求にたどり着くように思います。創作者はきっと、他者だけでなく自分という存在も含め、人間という生き物を知りたいと思っているのです。人に対して湧き上がる無限の興味関心を抑えられないのです。

創作というのは極めて孤独な作業であり、小説の場合で例えると、一本の長編を書くためには、筆が速い人でも数ヶ月、長ければ何年も、自分自身と向き合うことになります。好きでもない人と、これだけの期間を、無人島でともに過ごす。それがいかに苦痛に満ちたことかは容易に想像できると思います。自分という存在に愛を向けることができなければ、とても小説執筆などやっていられません。

しかし自分を掘り下げれば掘り下げるほど、なぜ自分はこう思うのか、なぜ自分はこう行動するのか、自分の芯はどこにあるのか、と、自分のことなのに明確な答えの見つからない問いが次々と現れます。作中の人物たちがこちらに向かって問いかけてくるのです。

そこで、はたと気づくことがあります。人間は社会的な生き物ゆえに、好むと好まざるとに関わらず、自分という存在は周りとの摩擦によって研磨され、形作られている、という事実にです。つまり自分だけを見つめていても答えは見つからない。自分を取り巻く人間たちに、人間という存在自体に目を向けなければ、自分を知ることも叶わない。

胸でモヤーッとしていることを言語化するための技と知識は、人の営みを寄り集めた言葉の海に浮かんでいる。

その海とは歴史なのです。私は自分を知りたいと思ったことがきっかけで、人間が長い時間をかけて作り出した歴史の海に飛び込むことにしたのです。人間を知る、それがひるがえって自分を知ることだと気づいたわけです。

2.物語の出発点「題材との出会い」

歴史物語をスタートさせるときの出発点は、私の場合2つのパターンがあります。

パターン1
「材料(人物や出来事)に惚れ込み、それを誰かに伝えたい」が起点となるパターン

このパターンによって生まれた物語は、自著「フラウの戦争論」「静かなる太陽」

理屈屋のクラウゼヴィッツと理知的な妻マリーによる夫婦漫才を織り交ぜつつ、名著「戦争論」に込められた想いと戦場の実相を描くエンタメ戦記。「戦争論」が現代社会に及ぼす巨大な影響を知ったことが執筆のきっかけとなりました。
誕生間もない明治日本が直面した国際危機「義和団事件」。暴徒に囲まれ北京に取り残された11カ国の人々を守るべく、会津の遺臣・柴五郎中佐は55日の籠城戦を戦い抜く。涙なしには読めない柴五郎の生い立ちを伝記で知ったことが執筆のきっかけです。

パターン2
描きたいテーマが先にあり、そのテーマを描くにふさわしい舞台を歴史のなかに探すパターン。

このパターンによって生まれた物語は、自著「甲州赤鬼伝」「信長を生んだ男」

設楽原の大敗北から始まる英雄譚。父と兄の戦死によって14歳で戦国最強の赤備え軍団を継承した少年「山県昌満」の短くも激しい生き様を描く。「責任」をテーマにした物語を書きたい、と思って見つけたのがこの題材。無理矢理負わされた責任から逃げずに戦い抜く少年のお話です。
兄を裏切り謀殺されたという信長の弟「信行」。だがすべては兄のためだったという戦国悲劇。「自己犠牲」を描きたいな、から始まり、「裏切りに見えるけど実は裏切りではない」という構図を思いつき、舞台を探したらこれに行き着きました。

いずれのパターンにおいても歴史をつぶさに取材してみないと数百枚もの原稿を埋めることは叶いませんが、リアルな人間たちの行動を取材によって知ることで、新たな気づきを得ることがよくあります。「人間って、こんなことしちゃうんだ」や「よくこんなことできたものだ。とても真似できないな」という驚きとともに。

一方で、史実が少ない材料ももちろんあります。特に先述の「甲州赤鬼伝」がそうでした。「○○年に生まれて、14歳で家督を継承して、7年後に死亡」。ざっくり言うと、主人公に関連する史実はこれだけです。

「男の子が家を出て、1時間後に戻ってきた」史実がこれだけだとしたら、作者はこの1時間内に起きた出来事をイマジネーションによって補わなければなりません。歴史研究家なら、「近所を適当にぶらついて戻ってきた」と常識的な推論に基づいて結論づけるでしょう。しかしSF作家なら「宇宙人にさらわれて大冒険ののちに戻ってきた」と言うかもしれません。私は史実を壊さないように、しかし可能性の限界値までイマジネーションを広げることをモットーとしています。読者に面白がってもらおう、という想いが先に立つからですが、史実そのものを改変することには抵抗があります。そこは先人たちに対する最低限の礼儀だと心得ているからです。

さて、史実が多ければ多いほど、取材によって得られる作者側の学びは大きくなりますが、イマジネーションを働かせる余地がないほど史実が充実していると、作者はある壁にぶつかってしまいます。

調べたことを並べるだけではドキュメンタリーにしかならない。情報の羅列は物語ではないし、そんなもの面白くない、という分厚い壁に。

3.物語化しづらい題材をどうエンタメ化するか

多すぎる史実を完全に持て余してしまったのが、「静かなる太陽」執筆のときでした。

これは清国で1900年に起きた大規模暴動が列強と清国との戦争にまで発展した「義和団事件」を題材にした物語ですが、首都北京に取り残されて55日間の籠城戦を戦った人々が、日記という形で様々な記録を残しています。すなわち詳細な史実が残っているわけです。

物語の主人公「柴五郎」でさえ、毎日日記をつけて事件後に講演会を行っているくらいですから、55日間にどんなことがあったかはかなり詳細にわかっています。そこで私は、複数の日記からつぶさに事件を拾いつつ、物語風に展開していくことから始めました。しかしほどなく、日記を追うだけでは日記の劣化版小説にしかならないことに気づきます。加えて籠城戦はある日を境に休戦状態に入り、戦いの烈度が後半に行くに従って盛り下がっていく展開となります。後半で盛り下がるエンタメなんかありません。

「ここで山場が来れば盛り上がるのに、史実があるから好き勝手にストーリーを動かせない。作りづらい」

歴史をエンタメ化しようとする創作者が必ずぶつかるという高き壁が、私の前に現れた瞬間でした。

史実改変の誘惑に負けそうになった私は、最後の救いを求めて手当たり次第にいろんな小説を読むことにしました。小説に迷ったら、その答えはきっと小説にある。この窮地を打開するヒントが転がっていないかな、と思いつつ本棚を巡ると、ありました。見つけました、ヒント。それが有川浩さんの「海の底」です。

巨大ザリガニが突如横須賀の町を襲う。海自の潜水艦に逃げ込んだ少年少女たちの救出に動く機動隊、そこに政府や自衛隊や米軍の思惑が絡み合い―――。

SF怪獣物とも言える弩級エンタメですが、閉じ込められた人々の織りなす人間模様、彼らを救わんと手を尽くす外部の人々、そして不気味にうごめく巨大ザリガニ、という三者構造が、とてもうまく緊張感を作り出していました。

これだ、と思いました。

籠城者、救援軍、そして清国政府、この三つを交互に描くことで、緊張感を維持しながら物語を進めていくことができると確信したのです。籠城者の戦闘は後半のほうになって段々しぼんでいきますが、救援軍のほうがそれと反比例する形で盛り上がっていきますから、全体としてエンタメ的な展開も確保できます。

また、史実が多いことで悩んでおりましたが、「海の底」を読むことで、やりようがあることに気づくことができました。史実に現れない、現れようがない部分、すなわち登場人物たちの「心の内に迫る」、という抜け道です。

「海の底」において、潜水艦に閉じ込められた少年少女たちが激しい戦闘を繰り広げるシーンはありません。むしろ、アクションとしては地味なほうです(北京籠城者たちの境遇に似ている)。しかし、彼らの恐怖、不安、葛藤などを丁寧に描くことで、一種の心理サスペンス的面白さを生むことに成功していると感じました。これに私も習おうとしたわけです。

日記があるなら、彼らの心の内だって勝手には動かせないはずだろ、という反論があるかもしれません。この意見は、半分正しくて、半分間違っていると思います。人に見られることを前提に書かれた日記に、脚色の一切ない本心が素直に現れるものでしょうか。たとえ本人が正直に書いていたとしても、思い違い、記憶違い、事実誤認はいくらでも起きることです。ましてや主人公・柴五郎は「黙して語らず。なすべき事を淡々となす」の典型的な会津の侍ですから、日記に愚痴や不満や葛藤を綴るとは思えません。

しかし彼も人間ですから、なにも感じていないわけがない。倒れていく仲間に、減っていく食料に、次から次に降ってくる難問に、悲喜こもごもいろんな感情が内心で渦巻いていたはずです。そこにこそ、作家がイマジネーションを働かせる余地があります。小説の結果と史実の結果は同じでも、そこに至るまでの感情のラインは無数に派生するのですから。

「史実に包囲されたときは、心理劇」

私が新たに見つけた小説作法でした。

右往左往して、悩みに悩んで、結局三年がかりで出版にこぎ着けたわけですが、この試みの結果が吉と出たのか凶と出たのかについては、私自身には判断できません。読み手の評価に委ねるほかありませんが、出版からもうすぐ2年になる2021年12月現在、こういう読者の声が私の耳に届いてます。

「手堅い感じだった」「ハラハラドキドキに欠ける」「だらだら続く」「知識がないと読みにくい」というマイナス評価。

一方で、「一気読み」「息詰まる攻防戦」「読んで損なし」「見事」という高評価。

私の著作全てに目を通してくれている家族は、第四作目となった「静かなる太陽」を読み終えてこう言いました。

今までで一番よかったよ。

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