悪人は死なない(前編)

ある日、出かけようと玄関にいると、ちょうど弟が帰ってきて同じ書籍ばかり10冊を抱えて、玄関の隅にドンと置いた。

弟「お袋が書いたってよ。」

私「はぁ?なに?書いた?え?これ?」

私「なに?これどうするの?買ったの?」

弟「買ってくれ、って金渡されたからさ。」

失踪したけど、弟は母親と連絡を取っていた。というか仕方なく繋がってあげている感じだった。私に気を使ってか、母親の話はしないというのが暗黙の了解だった。


もう頭が真っ白になった。まず、いつから物書きになったのか。姿をくらまして、まだ私が母親が蒸発したと認識する前だっただろうか。

間が悪く、渦中の人物からの着信。バックれておきながら、なんと図々しい。携帯契約できるんだ?!払っていけるんだ?!そんなことが頭の中をめぐった。私はまだ母親に騙された借金の返済中、眼光鋭く、はっきり言ってイカれていた時だ。罵倒したかったが、まず本の話を聞きたかった。

今までのことが全く何も無かったかのように、落ち着いた雰囲気。自主出版したという話だった。携帯小説もいくつかヒットして臨時収入があったから小遣いをあげるよ。その金であなたも本を買って応援して。と得意の猫なで声。これに騙されて借金まみれになったのだ。

ブチ


なんだ小遣いとは!ふざけんじゃねぇ!返済だろうが!どこにいるんだよ、出てこいよ。三指ついて謝ってから、返してくれよ!

自分でも驚くようなべらんめえ口調だった。その頃、あらゆるサラ金業者からのDM(ちゃんと返済していたからか、知らない業者にも個人情報がばらまかれていたのか)が届いたり、偽の請求電話で怖い人から謎に恫喝されたり、職場にまでバレて茶化されたり居ずらくなって、ストレスは増殖するばかり。まるで1人アウトレイジだった。

「お前な、こんな母親だけどお前を産んでやったのは私なんだよ!!」「人がせっかく、気分よく小遣いをやると言ってわざわざ電話をしてやったのに!なんだその言いざまは!!」

プッツーン


出ました。「産んでやった。」はいはいはいはいはいはいはいはいはい。丹田のあたりから込み上げてくる全てのエネルギーを使って、ありったけの罵倒をしたと思う。ごめんね、ヨガ。

死ね!も言った気がする。

ブチ切れの中のブチ切れ。気づいたら通話も切れていた。

「○○、そんなに怒っちゃダメなんだぞ、な○○」知ってか知らずか、お気楽じいさんが出てきて私に言った。「怒りってのは、鎮めて…」言いかかったところで、「じいちゃん、今は本当に勘弁して!!」と強く当たってしまった。

弟に電話でのやり取りを話すと、「馬鹿だなぁ、そんなの黙ってふんだくったらいいんだよ。○○は真面目すぎるんだよ。」

まぁ冷静なこと!そりゃそうだ。弟には借金は無いもんね。もう先に小遣いを貰っているのだろう。

何週間かたち、まだ置きっぱなしだった本が気になりパラパラめくった。携帯小説っぽい恋愛ものだった。

「気ん持ちわるっ!」

積んである本を、1度思いっきり蹴っ飛ばして、また玄関に用事があった時に整えた。

精神衛生上よくない。毒親はやはり毒。着信拒否にしてやった。私は、自ら母親を失った。

何が母親だ。産みっぱなしじゃないか。


非通知で家にも電話をしてきたようだ。ばあちゃんも何度もかかってくる無言電話の相手に気づいていたようだった。

いつからか、捜索や指名手配系の番組に出てしまうのではないかと気が気でない時期があった。私のところに、騙されたから肩代わりしろと言いに来た人がいたけれど、祖父母も親戚も私もみんな騙されてすっからかん、など身の上話をしたら、「あの人上手いのよね。」「ろくな死に方しないわ。」と言われた。


それから私も完済して数年たった頃、叔母に頼まれ役所に付き添った。叔母の敷地の一角に、母親名義の土地が宙ぶらりんで遊んでいるから、じいさん名義に変えることは出来ないか相談するのだという。

まずやはり本人でないと、と戸籍を見て生死の確認だった。

戸籍がのった紙を受け取り、すぐに叔母に渡した。私は興味がなかったので、その辺の掲示物を見ていた。

叔母が駆け寄って来て、「あいつ、結婚してるよ!」「図々しいね!住まいもそんなに離れてないよ」

その年をみると、ちょうど自主出版した頃だった。なるほどね〜。と思った。でも、おばさんの結婚にも生死にも興味がわかなくなっていた。

だって、私の母親はもう死んでいるから。

この戸籍に生きている人物は悪人だ。




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