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『烏の色』(超短編小説)


「烏はなぜ黒いと思う?」
「ほらほら、またはじまった」

   良平はたまにこちらが到底想像できないような突飛な話題を持ちかけてくる。そのたびに私は口ごもる。ほとんどが答えのない問いなのだ。

「昔、白い鳥に挟まれたからでしょ」

   私がちょっとばかり気のきいた返答をしたりすると、良平はこの上なく嬉しそうな顔をする。

「そうか〜そうだよな〜。うーん。なるほどなあ。麻結子らしいなあ」
「で、結局答えなんてないんでしょ?」
「答えは、答える人の数だけあるんだよ」
「なにそれ」
「その方がおもしろいじゃん」

   私はこう聞き返す。

「じゃあ、良平の答えは何?」
   すると良平はこれまた幸せそうに答える。
「烏は自ら望んで黒になった」
「どういうこと?」
「烏の世界では白は縁起の悪い色で、黒は縁起の良い色なんだよ。だから黒を選んだ」

   そこで私はさらに良平を気持ち良くする指摘をする。

「でも、そもそも動物は自分の色を選べないよね?」
「選べるよ。すべての動物は自分の希望通りに進化してきたんだよ。
ほら、人間だってそうじゃん」
「うーん、納得したようなしないような・・・」
「烏は不幸なんかではないよ、きっと」

   良平にとって明確な答えのある問いはつまらないのだ。そういえば以前、答えのある問いは義務教育だけで充分だと言っていた。

 「ねえ、池をもう一周しよっか」

 私は良平と過ごすこの無駄な時間が好きである。

   井の頭公園の桜はもうすっかり散っていた。満開時よりも新芽をのぞかせた葉桜の時分こそが桜は一番美しい。そう思うようになったのは彼とつきあうようになってしばらくしてからだ。

(了)


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