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読み切り*視力を失った平均男。(1,413文字)


平均的な男がいた。


若いころからスポーツも勉強もでき、
容姿も能力も特別良くはなく、悪くはない。
仕事も恋愛も趣味の世界も、なんでも普通程度にできる。
家庭環境は普通。全てが普通。
成績表は3ばかり。3しかない。

簡単なようでいて、平均をとるというのは才能に近い。

できなくて困ることもないが、突出してできることもない。
平凡な男。
平凡というのはつまらない。漫画の主人公にはなれない。
【人から見て】だけではなく、
自分から見ても男の世界はつまらなかった。
人生に喜びも見出せず、
どこかふてぶてしく生きているようだった。

働くようになってからは、
自分から人に声をかけることもなく、
いわれたことをこなす毎日。
職場と家の往復と、ルーティーンな週末。




いつもの朝、同じ時間。
いつものように起きると視界がぼんやりかすんでいる。
コンタクトをいれても
目をこすってもどうにもならない。
午前休をとり、眼科へ行った。

「これは珍しい。眼の難病です」

病原体も起因も不明らしい。


医者から聞いたより速いスピードで病気は進行した。
日に日に視力が落ち、2週間すると完全に視力を失った。
絶望と孤独。
初めて味わう暗闇。

これまで普通にできたことも、人の手を借り、やっとどうにかなる。
一人で何もできない。
生きることに関わる全てが、ストレス。
次の誕生日は迎えないでおこう、と決めた。

一方、耳にくっきりと音や声が届くことに気がついた。
五感の一つが失われたからか、聴力が異様に増している。
幻聴ではない。
「昔読んだおとぎ絵本にこんな話があったっけ」
そう思いながら、
鳥や犬、あちこちから聞こえる声を楽しんだ。
日がな一日することもなかったから
ちょうどよかった。

植物や鉱物、風の声や物の声、
あらゆるものの声が聞こえる。
あると思わなかった、というか気にも留めなかった世界。
しらなかった世界がぐんぐんひろがり、毎日夢中で耳を凝らした。
全てを失ったかと思っていたら、視力を失ってからのほうが遥かに世界は広大だった。
ずっとそこにあったのだと思うと、不思議な感覚がした。

胸のひろがりを感じ、いつぶりかわからないほど、
大きく息を吸い込んた。
そして引きこもっていた2か月が嘘のように、白杖を手に外靴を履いた。


点字ブロックにも足裏の感覚が慣れてきたころ、
たまたま犬を探す手伝いをした。
簡単なことをしただけなのに、飼い主からひどく感謝をされた。
申し訳ないほどだったけれど、偶然でもなんでも飼い主には関係ない。

【奇跡を起こせる人がいる】

犬の飼い主の話をきいた人達が、
依頼をしてくるようになった。
物探しや物件探し、人探し、感激しながら、
依頼人がお礼の品やお金を置いていくようになった。
仕事もできずにいたので、素直にありがたかった。
警察の捜査に協力することもあった。 
見張りならぬ、耳張り捜査中心。

男は驚いた。
人助けをすると、心からの「ありがとう」と言ってもらえる。
「生まれてくれてありがとう」とまでいってくれる人もいた。
ありがとうを言ってもらえることが
こんなにもうれしいなんて、知らなかった。
それに、覚えている限りそんな感謝をされたことは
今までになかった。

病気になってよかった。
生きていてよかった。
生まれてこられてよかった
心からそう思った。

病気に罹れたこと、実態不明の病原体に
こころから感謝した。
初めて生きる喜びを感じる日々だった。

病の進行はとめられず、ある朝男は息をひきとった。

男の口元はしあわせな夢をみているようだった。

 

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