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父が病室で放った、驚きの言葉。(1056文字)



虚ろな状態の母を前に、駆け付けた父が言う、

「くさったプラムでも食べたんか」


肚から出た通る声。

山陰と関西がまざる独特なイントネーション。

責めるでも、笑うでもないゆったりとした口調。



その瞬間、室内全体の緊張が一気に弛緩。

深刻でシリアスな場に太陽の子が現れたように光がさした。





家に遊びにきたその日、母は突然気分が悪くなった。

顔面蒼白で上げ下し。

トイレで一歩も動けず、汗だけを苦しそうにただどぼどぼかく。

これは危ないと思った私は救急車に連絡。

取る物も取り敢えず息子と車に同乗し、病院に向かう。




道すがら父に電話するが、通じない。

高齢の祖父母の様子をみに朝から出たらしい。

メールを入れるとしばらくして返事がきた。

「いま向かっています」

どこにいるのか、いつ着くのか、正しい場所に向かえているのか謎だらけ。

けれど、こちらもそれどころではない。



病院につき、レントゲン、CT、MRI、血液検査。

全てを終え、朦朧とする母に代わりドクターの説明をきき、メモをとる。



そこに突然ぱっかり登場した父、

「くさったプラムでも食べたんか」


一瞬なんのんことだと目がテンになる。


「…お父さん、、、ん、、、」横たわり、苦しそうな母が懸命に声をだす。

「ちょっとだけやで、、、傷んだところは切って食べた、、、」

「あぁ、やっぱりそれやで」



安心した父は、ここは山小屋かというくらいの朗らかな調子で自分のリュックからおにぎりとドーナツをもりもりと取り出す。

いつも開けっ放しで不用心な父のリュックがドラえもんのポケットに見える。

「ほら、たえちゃんたち食べたてきたら」

そういえばずっと食べていないっけ。

親の死さえ意識した瞬間、食欲なんてものはこの世から消えるんだな。


みなで処置室をでて、外の長椅子に座る。
父は病院の廊下でむしゃむしゃと一瞬で菓子パンを食べ終え、煙草を吸いに外に出た。

結局その後母は2日ほど入院し、事なきをえて日常に戻っていった。
原因はプラムなのか、真偽のほどは定かではない。

なるべくして夫婦となり、いるべくして一緒になった二人。

タバコ、酒、ギャンブル。
母は父に散々ストレスを感じながらも同時に猛烈癒されてきたのだろう。

世間的には母が父を支えているようでいて、同じかそれ以上に父は母を支えているのだろう。
父が病室にはいってきたときの、母の表情は全てをものがたっていた。



見た目だけじゃない、体裁のためとは対極のところにいる二人。

そんな両親をみて育ち、私もいい夫婦関係を築くことができている気がした。



上海のサンタさんは、クリスマスにプレゼントを届けてくれた。


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