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私的「讃岐・超ディープうどん紀行」をしてみたら

村上春樹のエッセイに、「讃岐・超ディープうどん紀行」なる紀行文がある。

香川県のうどん屋さんを巡る旅を描いた、30年以上前の隠れた名エッセイだ。

そこに描かれた当時の香川のうどん屋さんのディープさはもちろん、村上さんの新鮮な驚きや感動がストレートに伝わってきて、素朴ながら惹きつけられる紀行文となっている。

そして、その文章が収められたエッセイ集『辺境・近境』のあとがきに、村上さんはこんなことを書いている。

アメリカ大陸を車で横断するのと、四国で一日三食、三日間ただただうどんを食べ続けるのと、いったいどっちが辺境なのかちょっとわからなくなってくるところがあります。

だいぶ前、この一文を初めて読んだとき、僕は正直こんなふうに思った。

確かに香川県のうどん屋さんはディープかもしれないけれど、それを「辺境」と言ってしまうのは、少し無理があるんじゃないかなぁ……。

この秋、ふとしたきっかけで香川県の旅が決まった僕は、その一文を読み返しながら、思いついた。

僕も村上さんみたいに、香川県のうどん屋さんをひたすら巡ってみたらどうだろう。「一日三食、三日間ただただうどんを食べ続ける」日々を送ってみるのだ。その果てに、どんな感情に辿り着けるのか、それを知るために……。

香川県のうどん屋さんも、昔ほどのディープさは失われているかもしれない。でも、できるかぎり、地元の人に親しまれているようなお店を巡りたい。

そこで、香川県にある全8つの市を3日間かけて巡り、それぞれの土地で愛されているうどん屋さんを訪れることにした。

秋の日、僕にとっての「讃岐・超ディープうどん紀行」が始まったのである。

1.さぬきうどん上原屋本店(高松市)

香川県に来て最初に訪れたのは、栗林公園近くにあるうどん屋さん。入ってみると、いわゆるセルフ式のうどん屋さんで、いきなり面食らう。厨房のお母さんからうどん玉を貰って、そのまま持っていこうとすると、レジの旦那さんに「そこで温めてくださいねー」と言われる。観光客であることがすぐわかっちゃう。自分でテボ(ざる)に入れ、お湯の中で温めて、再び丼に移して、蛇口みたいなのをひねって出汁を入れる。

そうして食べる最初の讃岐うどんは、もう感動的な美味しさだった。コシのあるうどんも、優しい甘さの出汁も、シンプルなのに美味しい。とても天気が悪い日で落ち込んでいたけれど、食べ終わる頃には元気が戻っていた。

2.手打ちうどん鶴丸(高松市)

高松市で2軒目も行ってみる。1日目の夕食なのだけど、讃岐うどんのお店はお昼か夕方くらいには閉まってしまうことが多く、ここは深夜まで営業している珍しい一軒。お酒を呑んだ帰りに立ち寄ってるっぽい地元の人が多かった。

カレーうどんが名物とのことで、牛しゃぶカレーうどんを食べる。濃厚なカレーともっちりしたうどんが絶妙に合って、1日の終わりに食べるのにぴったりな美味しさ。あと、ここはおでんも美味しかった。大根と玉子。

3.麺処 綿谷 高松店(高松市)

高松市で3軒目も行く。2日目の朝うどん。Twitterのフォロワーさんが何人かオススメしてくれて、かなり人気のお店らしい。肉ぶっかけうどん、このボリュームで490円。東京で食べたら、1000円くらい取られちゃいそうである。

うどんのコシの加減、お肉の柔らかさ、そこにレモンの酸味が加えられて、爽やかな美味しさがたまらない。こんなお店が家の近くにあったなら、毎週のように通うかもしれない。ちなみに、香川県のうどん屋さんは朝から営業しているお店も多いので、ホテルの朝食は付けなくていいかも。僕は朝食付きにしてしまって、ちょっと後悔した(でもホテルの朝食も食べた)。

4.さぬきうどん羽立(さぬき市)

いよいよ高松市を飛び出して、香川県の全8市を巡っていく。まずは高松市の東隣にある、さぬき市へ。いかにも美味しい讃岐うどんが食べられそうな都市だと思ったら、いきなり感動的な一杯に出会う。

薄味の出汁に(なのに不思議なほど伝わってくる味わい)、喉ごしの良いうどん(ちょっと不揃いなのがまた良い)。ものすごくシンプルなのに、もうこれ以上の味はないのではないかってくらい、うっとりするような美味しさだった。平日の昼間からこんなうどんを食べられて、幸せだなぁと思う。地元の人に愛されてる雰囲気に溢れていて、今回の旅でもとくに好みのタイプのうどん屋さんだった。

5.吉本食品(東かがわ市)

続いては、徳島県境の東かがわ市へ。住宅街の片隅にある、小さなお店。かけうどん300円に、ちくわ天100円を乗せてみる。この一杯は、うどんも出汁も、味のバランスが素晴らしかった。こんなに素朴なうどんなのに、完成された一杯という気がする。

お客さんの多くは地元の人で、近くで仕事をしているらしい人が次々に訪れる。その人々のペースの速さがすごい。ふらっと訪れて、ぱっと注文して、すすっと食べて、さっと帰ってく。まるで風みたいである。香川県という土地に今もうどんが根付いている光景を垣間見られて、すごく面白い時間だった。

6.讃岐うどん やなぎ屋(坂出市)

だんだんお腹が限界になってきたけれど(これが2日目の4杯目)、続いて坂出市のお店へ。近くに高速道路のインターチェンジがあるせいか、トラックの運転手さんがふらっと寄るみたいだ。ここでは温玉肉ぶっかけうどんを。出汁は濃いめながら、お肉や玉子との相性は良くて、まさに力を付けたいときにぴったりの一杯かもしれない。

ここで気づいたのだけど、美味しいうどんを次から次へと食べているうちに、自分のうどん舌(?)が肥えてくるのがわかる。うどんの美味しさの閾値がどんどん高くなっていく。関東に戻ったら、もうその辺のお店のうどんは食べられないんじゃないかと思う。

7.なかむらうどん(丸亀市)

3日目の朝うどんは丸亀市で食べる。実はこのお店、例の村上春樹さんのエッセイに出てくる一軒で、「ディープ中最ディープのうどん屋」と評されている。とはいえ今はもうディープではないんだろうなぁと思って行ってみたら、今でもまあまあディープでびっくりした。住宅街の中に佇む雰囲気もさることながら、自分でうどんをゆがいたり、葱や生姜を乗せたりと、ローカルな雰囲気は健在だ。

きらきらと光り輝くようなかけうどんは、こんな幸せがあるんだろうかって思うような美味しさだった。うどんと出汁、ちょっとの葱と生姜だけで、あとはもう何もいらないとさえ思う(けど実際は、おむすびとお稲荷さんも食べた。これも美味しい)。外のテーブル席で風に吹かれながら食べていると、あまりの気持ちよさにぼーっとしてしまう。個人的に、今回の旅で一、二を争う美味しいうどんだった。

8.宮川製麺所(善通寺市)

僕にとって、「ディープ中最ディープのうどん屋」は、善通寺市にあるこのお店だった。製麺所がうどん屋さんも兼ねてるってスタイルのお店(もっとも香川県ではこういう製麺所は多いらしい)。中へ入っていくと、奥にいるお姉さんに、「はーい、お兄さん、こっちまで来てー。はい、こっちまで、こっちまでー」と言われる。で行くと、「はーい、箸持ってー。割ってー」と言われるので、箸を持って、割る。で、さらに、うどん玉の数を注文する→うどん玉を受け取る→自分でうどん玉をお湯で温める→自分でお鍋からお玉で出汁を入れる→油揚げとか具を乗せる→テーブルに運んで食べる、って流れ。もはや自分が客なのか店の人なのかよくわからなくなってくる。

そんな製麺所で食べるうどんは、どこか家庭的でありながら美味しさに溢れた一杯だった。あっという間に平らげて、さて帰ろうかと思ったら、まだお金を支払ってないことに気づく。なんとこのお店、自己申告の後払い制だった。最初のお姉さんのとこに行って、「かけうどん1玉と油揚げを食べましたー」とか言って、お金を払って帰ってく。めちゃくちゃ性善説の世界。でも、いいなぁと思う。お店の人もお客さんも、みんながひとつの家族みたいで、こういう世界が2022年の今も残ってるって素晴らしい。

9.三好うどん(三豊市)

続いて向かったのは三豊市。住宅街の中に隠れたうどん屋さん。インターネットがない時代だったら、辿り着くことさえできなかっただろうなと思う。かけうどん300円。うどんはコシがありながら、口に入れると柔らかく、モチモチしていて絶品だった。具は何にも入ってないけれど、これだけで十分すぎるほど美味しい。

このお店もまた、地元の人たちが当たり前のように次々に訪れる。東京のサラリーマンが、吉野家に吸い込まれていくみたいに。きっとそれくらい、香川県の人たちにとって、「うどん」は日常的な食べ物になっているのだろう。

10.手打ちうどん かじまや(観音寺市)

最後の8都市目は、愛媛県に隣接した観音寺市。午後3時過ぎ、お店が閉まるぎりぎりの時間に入ることができた。年配のご夫婦が経営しているお店らしく、旦那さんがうどんを作って、奥さんが運んできてくれる。「おでんもありますよー」と奥さんに言われ、せっかくなので頂く(ごぼう巻きと玉子)。もう何十年も変わってないのかも、と思えるような風情ある店内だ。4年も前のお祭りのポスターも貼られていた。

旅のラストを飾る一杯も、シンプルなかけうどんにした。僕にとって、最も好みに合うのは、ただのかけうどんであることに気づいたからだ。優しい出汁も、艶やかなうどんも、すべてが美味しさに包まれている。老夫婦のお店で、こうして一人でうどんを食べていると、この香川県という土地では、ずっと人から人へと讃岐うどんの味が受け継がれてきたんだろうなぁ、と思う。そして、この味を愛する人がいなくならない限り(たぶんいなくならない)、これからもその味は受け継がれていくんだろう、と。

私的「讃岐・超ディープうどん紀行」の果てに

そんなわけで、香川県の全8都市、10軒のうどん屋さんを巡った、僕の「讃岐・超ディープうどん紀行」は幕を閉じた。

たぶん、人生でこんなにもうどんばかり食べ続けた日々は、後にも先にもないだろう。

そして旅を終えた今、あの村上春樹さんの一文が、ちょっとわかるようになったと思う。

僕もまた、香川県でうどん屋さんを巡っているうちに、どんどん「辺境」へと入り込んでいく感覚を覚えたからだ。

住宅街にある小さなお店に入っていくとき。自分で麺をゆがいて、出汁を入れているとき。地元の人たちと一緒に、黙ってうどんを啜っているとき……。いったいここはどこなんだろう、どこか遠い異国ではないんだろうか、と錯覚する瞬間が間違いなくあった。

もちろん、香川県そのものは「辺境」ではないはずだ。でも、うどん屋さんをひたすら巡るという、未知の視点で旅するうちに、気づけば自分自身は「辺境」へ入り込んでいた。

きっと、地理的に遠くへ行くだけが「辺境の旅」なのではなく、旅する視点を変えてみることで、どんな土地でも「辺境の旅」はできるんだと思う。

そして、そのささやかな発見は、僕のこれからの旅を少し励ましてくれた気がするのだ。

どこへ行くか、だけではなく、どんなふうに旅するか、を大切にすれば、いつだって「辺境」へ行くことはできるんだ、と。

(ちなみに、関東へ戻ってきてから、うどんはまだ食べていない。しばらく食べなくてもいいくらい、香川県で食べすぎてしまった)

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