欠点を活かすと。

柔らかい心って、すぐ傷つくので、結構厄介者扱いもされたりするのですが。
繊細だからこその対人関係って、ものすごく心地の良い空間を作るのです。
それが、必要な場所や目的って、世の中には沢山ありまして。

適材適所とはよく言ったもので、繊細な感性、HSPにこそこれを意識してもらいたいものでもあります。
多くは生きづらさや社会的な立ち位置でのしんどさを感じるHSPですが、いかにその微細さを活かせるかどうか、もっと言うと、その微細さが必要とされるかという観点からの、職業選択や将来展望を、子供の頃から示すのも手かなと思うのです。

私の本業でもあるカオリヤは、実はその感を大いに使った商売の仕方をしています。
はっきり言って、欠点・ダメな部分でもあるソレを、カオリというものに存分に落とし込む方法と技術を確立したら、ある種の格上げというか仕事自体が洗練されたりしました。
で、ワラジ中の、保育園でも同じくです。
繊細さで糸を紡いで分断を縫合しています。
保育士の中にも、ご本人お気付きではないですが、絶対HSPの方がおられますが、この方が入る事で、微細で奥行きのある保育が生まれています。
在園する子どもにもHSPはおりますし、今時繊細さを持つ子はたくさんいるにもかかわらず、ソレに対応できる資質の保育士は絶対数少ないのです。
なぜなら、独特な職業風土が流れるケアワーカーの類は、ある意味タフでないと務まらないのですよ。
繊細な気質を持つ方、特に自称では無いHSPの方は、自己中心的・利己的で無い方がほとんどですので(それは気質的に必然的に自分の痛みよりソトガワの痛みにより反応してしまうサガ故、みたいなところもありますよね。)、心がザワザワヒリヒリで、居られなくなってしまうのですよね。
対、ヒトに対してのケアって、タフでないとできない側面もあります。
子育てされる方は当然、介護される方もお分かりでしょうが、タフさや軸がないと、支えることや守ること、育てることができないのです。
軸って、しなやかでもなんでも、最終的には相手には「移譲」できないものなので、どうしても「強い」と感じる面は自ずと出ます。それは軸はすなわち、自己であるためです。
その強さをHSPが得られるまでには、相当な「修行」が必要です。
で、本来の、本質的な強さというところに焦点を当てますと、なかなかヒトが辿り着くには簡単では無いものでもあるのです。
気の強さやがの強さは、本来の強さとは違うのですが、往々にしてそれらを強いものとし、またそういうモノが群を制覇してしまうような構図ができてしまいます。
繊細な感性やHSPがその空間におりますと、空気が和らぐのはご存知でしょうか。
特に、保育園などは子供が主役です。
まだまだ人格形成の入り口に過ぎない年齢の子が集まる保育園は、なんとも言えない空気感です。柔らかいとも違う、不思議なエネルギー。
そこにただ強固なオトナが入って、染めてしまうのも簡単です。
そして、それは大変な危ういことでもあると、私は思います。
子どもが、「黙る」のです。
子どもって、「黙らせてはいけない」ものです。
なぜならそれが生きるそのものなのですから。
これは、オトナだって一緒なんですが、、、「黙らせる」って、人が人としてあってはならないし、誰かに誰かが黙らせることも本来できないはず。
わかるかな、この黙る黙らせないのニュアンス。

子どもの柔らかい心と感性を活かせるのは間違いなく、HSP。
なんたら勅語を融解できるのも、また。
場や空気を柔らかくするのもHSP。
繋ぐのも、また。









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