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父に手紙を書く。

病院の待合ロビー。
予約はしてあれど二時間ほど待ちそう。
開放的な窓の席に陣取って、父の日のお祝いに添える文を考えた。

自分の体調、この頃は元気でいること。
四歳息子を連れて会いに行けないもどかしさ。
今年こそは、と文末を締める。
いつかも書いたような内容で、躊躇する。

加えて父は今、放射線と抗がん剤治療のまっ最中。
ご飯があまり食べられずにいる父へ何か少しでも激励となる言葉
……と考えるや、筆が止まった。一行も書けない。

窓の外を眺める。
夏の空に、父の田舎である福島会津に帰省した時を思い出した。
四歳息子をお腹に宿していた妻と父母の四人。
途中の温泉駅で下車し、風呂につかった思い出。
あれから五年。
私自身の病気もあって一度も旅行に行けていない。
出来れば、五人でもう一度……。

名前を呼ばれて、タイムリミット。
手紙は結局、書けなかった。

帰宅後、発送直前、息子と妻の手紙の端に一行だけ句を添えた。


夏雲

夏雲を抜けてかの日の湯西川

(なつぐもをぬけてかのひのゆにしがわ)
【季語(夏): 夏の雲、夏雲】

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