イチゴが嫌い|掌編小説(#シロクマ文芸部)
――舞うイチゴ。
そのイチゴは、スローモーションのように、ゆっくりとゴミ箱に落ちていった。
***
「実家からイチゴが届いたぞ!」
ソファに座ってテレビを見ていた妻は、振り向かずに「そう」と答える。
僕の実家は栃木でイチゴ農家をしている。東京に引っ越しても、こうして実家からイチゴが届くのはありがたい。
イチゴと土の匂いがする箱には、父と母、そして兄貴からのメッセージカードが入っていた。
「離婚して戻って来たら、アゴでこき使ってやるからな。頑張れよ」
兄貴のメッセージに手を合わせる。僕は妻がいる東京に引っ越した。イチゴ農家を継いだ兄貴には頭が上がらない。
僕はイチゴを1つつまみ上げ、口に放り込んだ。甘くて酸っぱい、懐かしい味が口の中一杯に広がる。
――うーん、これこれ。
一瞬、僕の周りに故郷の風が吹いた。
「近所にお裾分けしないとな」
俺は箱一杯に敷き詰められた、まるで赤い宝石のようなイチゴを小分けする。
「佐藤さんは子供が食べ盛りだから、ちょっと多めの方がいいかな。田中さんにはこのくらいで……」
そんなことをブツブツと呟いていると、妻が突然隣に来た。
――ん? 手伝ってくれるのかな?
そう思っていたら、妻はイチゴを1つ手に取り、じっと見つめる。
「食べていいよ?」
妻はニコッと笑い、ふらふらと台所へ歩いて行った。
――どうしたんだろう……。
不思議に思いながらその後姿を見ていると、妻はイチゴを乗せた手をゴミ箱の上にかざし、そして……下に向けた。
――あ!
ゴミ箱に落ちていくイチゴを見て、僕は声にならない叫び声を上げる。
「イチゴ、嫌いなの。ごめんなさいね」
能面のような表情をした妻に、何も言うことができなかった。
(了)
小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」、参加用です。
なんでこんな暗い話になってしまったのか、自分でも謎です。(;^_^A
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