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恋|掌編小説

 大学1年生の時、出版社でアルバイトをしていた。仕事はとてもハードで、他のアルバイトの人は次々と辞めていったけど、僕は食らい付いた。
 なぜなら……好きな人がいたから。僕より9歳も上で、すらっと背が高く、背中まである長いストレートの黒髪と笑顔が素敵な松永さん。いつも「よう学生! しっかり働けよ!」と声をかけてくれる。
 婚約者がいることは知っていた。もちろん告白する気なんてない。でも、好きだった。

 ある日、見知らぬ男性に「松永さんいますか?」と声をかけられ、「松永さーん! お客様ですよー!」と叫ぶと、松永さんは僕に目もくれず、満面の笑みでその男性に走り寄った。

 仲睦まじい雰囲気の2人を見て、僕は悟った。

 ――この人か。松永さんの婚約者は。

 僕は静かにその場を離れた。

 分かっていた。

 この恋が成就しないこと。そして……自分が傷つくことも。

 でも、仕方ないんだ。好きなんだから。

(了)


ネットラジオ「大原さやか朗読ラジオ 月の音色~radio for your pleasure tomorrow~」の「月の文学館」に応募したものです。
今回のテーマは「恋」でした。


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