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無憂宮の調べ、大王の音楽

 前々から欲しかったクラシック音楽のCDを購入した。「フルート協奏曲、シンフォニア集」。誰の曲かというと、フリードリヒ大王である。
 
 ドイツ好き、世界史をよく学ばれた方であれば、その名に聞き覚えがあると思われる。
 プロイセン王、フリードリヒ2世。

キャンプハウゼン『フリードリヒ大王の肖像』

 哲学者として名高いイマヌエル・カントは『啓蒙とは何か』において、啓蒙思想の盛んであった彼の統治時代を“フリードリヒの世紀”として讃えたことでも知られるように、フリードリヒ大王はその軍事的才によって強国たらしめただけでなく、哲学にも造詣が深かった。
 この時代の、そういった君主を「啓蒙専制君主」と言う。

啓蒙けいもう:人々に新しい知識を与え,教え導くこと。

カント『啓蒙とは何か』
「啓蒙とは、人間が自分の未成年状態から抜け出ることである」

啓蒙専制君主:
主に18世紀後半、東ヨーロッパの君主国のプロイセン・オーストリア・ロシア・トルコにおいて、啓蒙思想を掲げて「上からの近代化」を図った君主をさす。

用語メモ

 僕は好きな歴史上の人物の中でも指折りの存在として、フリードリヒ大王を敬愛している。
 フリードリヒ大王は、フルートの名手でもあり、この曲はフリードリヒ大王自身の曲なのである。

 ちなみに以前、好きなクラシック音楽として挙げたバッハの「音楽の捧げもの」は、フリードリヒ大王から賜ったリズムを基に作曲されたとされる。

 プロイセン出身の画家・メンツェルは、フリードリヒ大王が宮殿でフルートを演奏している様子を描いてみせた。

『サンスーシ宮殿でフルートを演奏するフリードリヒ2世』

 この中央で実際に演奏しているのが、フリードリヒ大王。
 日本の貴族社会では「詩歌管弦」という貴族の嗜みはある上、天皇も龍笛りゅうてきを吹くといったことがある。

 一方で、西洋の貴族社会において、自分自身で楽器を奏でるということは滅多にない。
 室内楽として聞くだけであり、事実、フリードリヒ大王が皇太子の折、父王から楽器演奏は厳しく禁止されてもいた。

 フリードリヒ大王の幼少・青年期の辛い体験についても、述べることは多数あるが、今回はあくまでも音楽に絞ろうと思う。
 メンツェルの絵を見ると、女性陣は着席し、男性はその横ないしは後方で立って聴いているのがわかる。
 ちなみに、フリードリヒ大王の曲は別に短くはないので、立って聴くのはオススメしがたい。
 そこにはやはり、貴族社会における上下関係が表れている。もしフルート奏者が別な人物であれば、全員座っていたことと思われる。

 ちなみに、この絵のタイトルにある「サンスーシ宮殿」というのは、フリードリヒ大王が建てた離宮の名である。
 この時代、フランスのロココ調美術がまだまだ優勢で、ロココの調度品が大多数。
 しかも、このサンスーシという言葉、これもフランス語なのだ。繰り返すが、宮殿がある地はプロイセン王国、つまりは今日のドイツ。
 「Sans Souci」、つまり「憂いなし」。よって、日本ではかつて「無憂宮」とも訳されていたようである。
 幼い頃、芸術を否定されたものの、そこでは何もかもが彼の思うように配置され、運営された。啓蒙思想を抱きながらも、立派な専制君主でもあるのが、個人的には面白いところ。

 クラシック音楽の楽しみの一つは、かつての人々が聴いた音楽を、自分も愉しむことができるという点かと思う。
 その意味で、この音楽はフリードリヒ大王と精神的に繋がることができると僕は思っている。クラシックは単にBGMとして流すよりも、かつてそうであったように、音楽を音楽として、ただただ聴くことがあっても良いはずだ。
 まさしくあの絵の中に自分がいるような感覚。
 日本では滅多に演奏会で選ばれることのない曲なので、お聴きになりたい方は、YouTubeなどで検索してもらえればよろしいかと。なんとなく「THE・宮廷音楽」といった調子の曲。
 優雅であり、おごそか。そんな気分を、絵と音楽から甘受するのも一興である。

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