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夏の匂いがする

エアコンの涼しさが本当は暑いであろう場所に触れた時のちょっと生臭いと言うか、コンクリート臭いと言うか、いびつな冷気の匂い。
私は一瞬であの頃にワープした。

お酒なんかを覚えたてで、飲む配分とかもまだ全然わからず、とにかく飲めること自体が楽しくて。
ライブが終わったら同年代の対バン相手達との打ち上げがあって、それが終わったらやれ二次会だやれ三次会だと言って、コンビニでお酒を買って近所の公園でまた飲んで騒いで、偶に警察が来たりして怒られて、それでももうしゃべることなんて無いはずなのに、あてもなく果てしなくしゃべり続けてた。

その日はしし座流星群?だったかな。
はっきりとは思い出せないが、なんせ「流星群やあ」と、テンション上がって公園のできる限り高いところから見ようとなり、ぎゅうぎゅうになりながら私はすべり台の上から夜空を見上げた。
都会でも田舎でもない辺鄙な場所のくせに、さすが流星群。結構星が輝いていて、「え、ほんまに流れんの?いつ流れる?」みたいなワクワク感をずっと言い合って、ただそれを言い合ってるだけなのに楽しくて仕方がなかった。

何を願うか?と言う話には自然とならなかったけれど、流れ星が流れきる前に願い事三回ちゃんと言えるのか?と言う話では盛り上がった。
「むりむりむり。だって流れ星って一瞬やで?」
「いやいけるって流れそうな星にあらかじめ狙いを定めとくねん」
などと「言い切れる派」「言い切れない派」に別れた。

私は完全に「言い切れない派」だったのだけれど、それでも「言いたい派」だったのだ。
だから頭の中で必死に「ドラムの○○奏法できるようになりますように」だとか「○○の大会でグランプリとれますように」だとか、とにかく早く言おう早く言おうとイメトレを何度も繰り返していたのだけれど、いざ瞬足流れ星が通る時は、全然違う場所を見ていたりだとか、全然違う話題で盛り上がったりして結局見逃してしまっていた。

普通だったらそろそろ諦めて帰ろうとなっていたのだろうけど、何と言うか、その時はそのバンド仲間と一緒にいれること自体が楽し過ぎて、自然とそれを誰も言い出さなかった。
だけど、「流れ星への願い事」は、正直誰もが諦めていただろう。
いや、本当は諦めたくないけど、こんなところでそんな執念見せるのちょっと恥ずかしいやん?ってな思いを皆抱いていたはず。

おそらく私もその一人で、まあ流れたらいいなあぐらいに思ってる風を醸しだしとこなんてことを思っていた矢先だ。

さっきまで止まっていたはずの星が流れだしたのだ。
しかも、超! ハイパー! スロー! で。
「え!?」
思わず大声が出た。
もちろん皆その声に反応するわけで。
「ちょう見て見て? あそこめっちゃおっそい流れ星流れてんねやけど!」
どういうこと?と言いながらも皆もすぐさまそのスロー流れ星を探し出した。
仲間の内の一人が「あ、ほんまやおった――」と、言う間もなく私は
「彼氏彼氏彼氏ー! あとお金ー!」
と叫んでいた。
……ん、あれ? 私、さっきまで願い事めっちゃ考えてへんかったっけ?

と、自分で冷静に振り返る前に、仲間達から「必死過ぎん?」と笑いながらツッコミが入った。
「いやほんで最後別に『お金』っていらんくない?」
「あれやん? 彼氏って願い事、切実過ぎて恥ずかしなって最後急遽付け足したやん?」

その通りでしかなかった。
私は頭の中でしっかりとした願い事があるんだよなんて風に自分で言い聞かせようとしていながら、実は切実な「彼氏が欲しい」と言う願いがはっきりとあったのだ。
そして恥ずかしくて「お金」と最後に付け足したところまでを仲間に見破られているものだから、私は更に恥ずかしくて居た堪れなくなる――はずなのに、笑いが止まらなくなった。
なんなら涙が出るほど笑ってしまったし、その「恥ずかしい」瞬間が最高に楽しかったのだ。
恥ずかしいのに楽しいってなんじゃそりゃ。って感じだけれど、あんなに「恥ずかしくて楽しい出来事」は後にも先にも、その日以外無い。と思う。

そして、その一か月後に、私は彼氏ができた。
ずーっと彼氏がいなくて、ずーっと彼氏が欲しくて、あんなに流れ星に必死になるぐらい念願だった彼氏。
あんなに恥ずかしい思いをしてまでもゲットした彼氏。
「流れ星に願い事を三回唱えると叶うんだよ」は、私の執念によって本当だったと証明された日。
私の執念は都市伝説と化した。(笑)


今、隣の部屋からは、その彼氏の寝言が聞こえてくる。
スロー流れ星に必死に願ってできたその彼氏は、現在、私の夫である。

「ちゃうねんちゃうねんんもう、ちゃうって――」

何がちゃうねんなと思いながら、私はちゃうくなかったで。
と、あの頃、執念を見せた自分に缶チューハイで乾杯した。


(ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。)

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