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Re: 【短編小説】梅ハサミ偕楽園

 ある冬のことだった。
 父方の祖父の三回忌だとかで東北に呼ばれた。
 寒いかと思い、30年前に死んだ母方の祖父が遺した紺色のコートを着て行ったが、思ったより暖かいので少し参ってしまった。
 しかし手に持って荷物を増やしたくないし、着ていても汗をかくほどではないので、おれは結局その着ている事にした。



 普段はバイクに乗って通勤するのでプロテクターを付けているとか、そもそも滅多にスーツを着ない職業と言う事もあり、そのコートは押し入れのカラーケースに丸められていた。
 礼服ついでに押し入れから出したそのコートを広げると、ポケットにはナフタリンが詰めてあった。
 前に自分で詰めたのだろうが、そんな事はもちろん忘れていた。
 次は無臭タイプのものにしようと思った。

 他にないかコートのポケットを探ると、なぜか内ポケットにハサミが入っていた。
 しまったのは自分なのだが、どういう経緯で内ポケットにハサミを入れる事になったのか、まったく覚えていない。
 それが開封済みのコンドームとかじゃなくて良かったなと思う。

 コンドームと言えば、友人に避妊をした事が無い男がいる。
 そういう人生もあるんだなと思う。
 渋谷の道玄坂にあるコンタクトレンズ屋の前で深夜に立ちバをしたとか言っていた。
 膣内か膣外か知らないが、当たらない時は当たらないものだ。
 ……どうでもいい話だ。


 
 だが、そうやって男たちは成長していく。
 セックスの為に男たちは成長するし、セックスの度に男たちは老けていく。
 Be Boyからto manになり、そのManはmissionとwithに生きる羽目になる。
 だけどそこで死ぬのはしっかり避妊をするような神経質な男たちだけだ。
 奴らは生の膣を知らないで死んでいく。
 世界は不平等だ。
 避妊しない男たちは、ハードモードな人生を継承しながら笑う。




 ところで、内ポケットのハサミでおれのニューロンを断ち切らない限りは、こうやって続けていくけれど、どうする?

 親戚たちが不思議そうな顔をしている。
 大体、おれはこのコートの持ち主じゃない方の、つまり父方の祖父の三回忌に集まったお前らの名前なんか知らないんだよ。
 自己紹介をしてくれ。
 血の濃度?必要ないよ。
 本家への貢献後?知りたくもない。


 お前だっておれの名前を知らないし、おれの存在に興味なんか無いだろ。
 甥も姪もどうだっていい。
 お前らだってどうでもいいだろ、だからお年玉も何も関係ねぇよ。
 できればさっさと死んで相続をすっきりさせてくれ。

 マヌケな顔をした親戚たちが寺の本堂に集まっている。
 坊主が叩く木魚、やたらとでかい鉢。
 焼香。焼香。焼香。
 ふりかけみたいなお香を落とす。
 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。


 そっちはどうですか?
 こっちはまぁそれなりにやっていますよ。
 たまにインターネットであなたたちを悪く書いています。
 半分は本心です。
 もう半分?
 わかりません。雑味です。

 読経、説教、胡乱な目をした親戚の表情。
 境内に咲いた梅の香りがする。
 焼香の煙を遡上する梅の香り。
 桜切る馬鹿と梅切らぬ馬鹿。

 おれは立ちあがって梅を切る。
 親戚の耳に刺す。順番に挿す。
 みんなの耳から梅が生える。
 木魚のリズムで梅の花が開いていく。
 堂内に満ちる香りは梅が香を圧倒する。
 満開の梅。
 偕楽園よりも美しい景色。
 天井の曼陀羅を突き破りまだ伸びで行く。


 りん、と鳴る。
 坊主が振り向き全てが終わった時に、梅の花は立ち消えた。

 
 墓に備えられた花は鳥たちに荒らされていた。
 墓石も墓誌もフンに塗れていた。
 プラスチックの桶で組んだ水をプラスチックの柄杓でかけて洗い流した。
 苦痛が存在していた事の証として建っている石とか卒塔。
 永遠の眠りとかそうじゃないものについて考える。


 おれたちは耳から梅の木を生やしたまま丘の上にある墓石の前に立ち尽くす。
 南無妙法蓮華経。
 続きは知らないし知る事も無いだろう。
 おれはポケットの中でハサミを握り締めた。

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