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私が占い師になったワケ(闘病記㉕魔法の薬 ステロイド ケナコルト)

2006.08.10 今日は眼科で1年ぶりに散瞳し、ベーチェット病の検査をした。眼症状はまだ出ていなかったが、これからは1年に1回のペースで検査を受けるように言われる。

採血を受け、午後からはリウマチ内科へ。リウマトレックスを服用し始めたが、思いのほか効果が出ていないことを伝える。(今になって思うが、この薬はそんなにも早く効果が出るはずもない。)

リウマチ内科の主治医は、肝機能に異常がないのでそのまま服用するようにと言うことだった。

さらにこの日は整形外科も受診し、骨代謝に異常があるのではないかと言われる。骨代謝の検査は採血で行われるらしく、それと同時に骨密度の検査も勧められた。

これで少しはわかると良いのだが、あまり期待しないようにしようとこの日の日記には書かれていたが、正直な話。

この程度の検査では「私がいったいどうして病気になったのか」と言うことまではわかるはずもない。

この日からアザルフィジンEN錠からサフィルジンEN錠500mgに変更になると書かれていた。

今だからこそジェネリック医薬品は当たり前の世の中になったが、この頃の医療はジェネリックに切り替えたら薬が効かなくなるのではないだろうか、と思われており、ジェネリックに切り替えるのも慎重だったことが伺える。

まれに今でもジェネリックにしたら効きが悪いと言って、正規の薬に戻す人もいるようだが、長期に渡り飲み続けるとなると薬価が安いにこしたことはない。

2006.08.24 今日は骨密度を測定する為、整形外科を受診した。骨代謝の結果も出ており、数値は11.3で正常とのこと。
骨密度についても一般の成人女性から比較するとやや数値は劣るが正常の範囲内と言うことだった。

ちなみに本日はミルタックス(湿布)の使用により、皮膚がかぶれた為、リンデロンVG軟膏0.12%が処方された。

そのため、暫くの間は、ミルタックスは中止し、ボルタレンゲル1%で様子を見て欲しいとのことだった。

2006.09.07 今日はリウマチ内科の受診日だった。採血の結果、異常はなかったので、引き続きリウマトレックスを使用することになった。

主治医は私の右ひじの関節の腫れを確認すると「本当はエタネルセプト=エンブレルを使用したいけど、この程度の腫れだと難しいかも。でもプログラフカプセルならば使えるかもしれない」と言った。

とりあえず暫くの間は、薬を変更することなく、このまま様子を見ることになる。

2006.09.28 本日は採血は行わずリウマチ内科と整形外科のみ受診した。相変わらず右ひじの関節に水が溜まり、痛みはあるものの、激痛が走るわけでもなく、慢性的な痛みがダラダラと続いている。

この頃から私は死ぬほど痛い痛みに襲われない限りは、あまり人前で「痛い」と言う言葉を口にしなくなった。

またリウマチ内科の主治医とも話し合った上で、リウマトレックスやサフィルジンEN錠が本当に効いているのか、ということを確かめるために試験的ではあるが明日からは抗リウマチ薬の服用をやめる。

そのため、フォリアミンも処方されず。プレドニン5mgで様子を見ることにしたと書かれていたが、もしもこの時の主治医にもう1度出会えたら、実はあの時の左足の骨壊死はのちに関節リウマチによるものと判明したので、抗リウマチ薬は中止する必要はなかった、と教えてあげたい。

ちなみに20代の頃の私は、できるものならば右ひじの関節の内視鏡を望んでいたようで、この日は整形外科の主治医に相談するも「内視鏡よりもMRI検査をやった方が良い」と言われるも、あまり乗り気ではなかった、と書かれている。

基本的に私はCT検査ならばまだしも、この頃からMRI検査が嫌いだ。

2006.10.10 今日は久しぶりに右足が痛むのでボルタレンサポ50㎎(座薬)を使った。右ひじは相変わらず腫れている。と言うよりは、もはや悪化していると言った感じだ。

リウマトレックスとサフィルジン(抗リウマチ薬)を中止したからだろうか。
多分そうなのだが、その時の日記には「今回の服用中止は決して間違っていたわけではない。この薬の効果を確かめるためにも服用中止は正しかったのだ」と。

我ながらこの日記を読み直していて、我ながら自分はとことん強気な奴だな、と思った。

いったん抗リウマチ薬の服用を中止することによって効果を期待できたのであれば、その当時の私はまだ正式なリウマチ患者ではなかった為、抗リウマチ薬の服用に対しためらいを感じることはなくなるだろうと考えたからだ。

あまりにも酷くなるのであればリウマトレックスの服用を4mgにして欲しいと思うようになって来た。

次回の診察で肝臓や腎臓に問題がなければ、リウマトレックスを増量したい旨を主治医に伝えたいと思う。

2006.10.12 今日はリウマチ内科の主治医が休診の為、新しい先生がいた。そのため、今まで通りリウマトレックスを2mgならば処方できるが、勝手に4mgにし処方することはできないと言われる。

仕方がないのでリウマトレックスを2mg処方してもらった。

2006.10.23 2.3日前からとても疲れやすく、呼吸をするのもしんどい。もしかするとリウマトレックスの副作用かもしれない。

2006.10.24 今日はリウマチ内科と整形外科を受診した。リウマチ内科の主治医はお休みだった為、前回の診察でリウマトレックスを2mg処方してくれた先生に診てもらった。

この頃の私は1度風邪をひくと、3週間から4週間くらいはずっと治らなくなっていたので、肺炎を患っている可能性も視野に入れ、胸部のレントゲンを撮り、今朝は心臓の痛みも確認できたので心電図を撮ることになった。

さらにこの日の採血ではCRPの数値もチェックしつつ、甲状腺の検査もすることになったのだが、今になって思うとベーチェット病の検査(HLA検査)では、B35とB67だったので(亜急性甲状腺炎)、私は20代の頃に足を運んでいた大学病院でも真っ先に甲状腺の検査を行っているが、現時点で問題がなくてもそのうち甲状腺の機能に何らかの異常が出てきてもおかしくないのだろう。

念のため、酸素の数値を図ってみたが、どの検査もまた異常はなかった。引き続きリウマトレックスも飲み続けて良いと医師に言われたが、この当時の私は自分がいったいどうして病気になったのか、と言うことを知りたい一心で病院へ通っている姿が見受けられる。

今ならばどうせ治す方法はないのだから、できる限り病院には行きたくないし、検査もしたくないし、薬も飲みたくないと思ってしまうのだが。

20代の頃の私はまだ真面目だったのかもしれない。

整形外科へ行くと主治医は不在でその代わり、新しい医師がいた。レントゲン写真を撮り、骨の状態を確認してもらうが、右ひじに関しては骨に変形はないとのこと。

久しぶりに水を抜いてもらい、ステロイドの注射をお願いした。

右足の足根骨の注射よりはだいぶマシだが、右ひじの水を抜きステロイドを注射する痛みも結構酷く、その割にはすぐに良くならないと言うのが難点である。

2006.10.25 前日の日記に書いた記述とは裏腹にこの日の日記には夜になると右ひじの痛みが嘘のように消えた、と書かれている。あれはいったいどんなステロイドだったのだろう。

2006.11.9 リウマチ内科と整形外科を受診するも、相変わらず私のIgGは下がり続けているも、リウマトレックスはこのまま継続し飲み続けて欲しいとのこと。

今年もまたインフルエンザのワクチンは受けた方が良いと言うので、とりあえず申し込んだ。

また前回の整形で打った注射(ステロイド)について教えて欲しいと整形外科の主治医に伝えると、ケナコルトを10mg右ひじに打ったとカルテに書かれていたそうだ。

主治医の話だと、個人差はあるがケナコルトはだいたい打ってから週間くらいは効いている魔法の薬らしい。とりあえず今月の21日は造影剤を用いたMRI検査を受けることになったので(右ひじ)、この日は珍しく足早に診察室をあとにしたと書かれている。

この頃の私はよく病院の待合室で占いの勉強をしていた。姉が離婚をし、母子家庭になったた為、こども達を3人面倒みなければならず。

我が家で飼っていたシロと言う猫もまだ若かったので(今から約10年ほど前に慢性腎不全のため19歳で他界)自宅ではよく左の太ももにシロを乗せ、右の太ももには生後まだ2ケ月だった1番下の姪っ子を乗せて、ミルクを飲ませながらタロットの本を読んでいた。

普通の人は8時間は会社へ行って働いてくるのだから、1日に最低8時間は勉強しようと思い、あの頃の私はただでさえ先が見えない世の中だったが、音楽で失敗した私にはもう「占いの道」しかないと思っていた。

プロになれる保証など、どこにもなかったが、右も左もわからずによく勉強したと思う。

だからこそ言う。

少年よ大志を抱け、ではないけれど。

これからを生きて行かなければならない若者たちよ、何もなくても良いから大志だけは持っていろと。

今で言うならば、パッション、つまり「情熱」の方がわかりやすいかな。




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