サン・シーロに行きたいんだ! 8番を追いかけてミラノへ【妄想トラベル#04】
妄想トラベル
それは、想像の中で、実際に旅をするように楽しむ大人の旅行術です。
思い立ったら、お気に入りのチームの試合日程を調べ、フライト、ホテルを決め、行きたいお店や観光地、天気予報をチェックします。予約はせずに調べるだけ。あとは想像力を発揮させて楽しむのです。出費なし、トラブルなしのトラベル。家から一歩も移動しない旅です。
妄想トラベルのきっかけは、こちらの記事をご覧ください。
第4回目は、3泊5日ミラノへの旅です。ミラノを訪れるのは約7年ぶりです。急に行きたくなったのは、誤解を恐れずに言うなら、発煙筒の煙に包まれるスタジアムが恋しくなったからです。気になる選手をスタジアムで観たいからです。ACミランへの愛を確かめたいからです。
それでは、出発!
■1日目 2021年4月2日(金)
旅の出発地は、羽田空港国際線ターミナルです。東京からミラノへの直行便は運航していないため、ロンドンで乗り換えて向かいます。2020年4月よりANAが直行便の就航を予定していましたが延期となったままです。
離陸して間もなくすると飲み物が提供され、食事の匂いがしてきました。機内食メニューは事前に確認済みで、どちらを選ぶか決めています。チキンかビーフかと聞かれれば、ビーフを選びます。しかし、チキンカツカレーかビーフハンバーグステーキかと聞かれれば、チキンカツカレーが食べたいです。搭乗前から口の中はカレー待ちの状態でした。ようやく自分のところにカートがきた時、キャビンアテンダントさんが申し訳なさそうに、チキンカツカレーが品切れになったと伝えてきました。カレーの匂いをかぎながらハンバーグを食べました。
いいのです。
そんな小さなことは、どうでもいいのです。
旅の目的はACミランの試合を観ることです。チキンカツカレーが目的ではありません。ミラノに向かっているのです。
遡ること半年前、2020年10月18日。たまたま遅くまで起きていて、ミラノダービーをテレビで観戦しました。開幕から絶好調のズラタン・イブラヒモビッチが2得点し、2-1でACミランが勝利しました。ミランの試合を観るのは7年ぶりでした。
かつて、ACミランはわたしの生活の一部でした。観戦のために、遅くまで起きていたり、夜中の3時頃に起きたりすることもありました。頻繁には行けないスタジアムはまさに非日常で、華やかな選手たち、低く響きわたるサポーターの歌声やブーイング、発煙筒で白く煙るスタジアム、綺麗とは言えない椅子でさえも愛おしく、まるごと大好きでした。
そんな生活が変わってしまったのは、ある選手の移籍がきっかけだったのかもしれません。2012年にジェンナーロ・ガットゥーゾが移籍した後、テレビで観ることが少なくなり、2013年12月に現地でミラノダービーを観戦したのを最後に、徐々に気持ちが離れていき、ミラノへ行くこともなくなり、試合を観ることもなくなってしまいました。
しかし、2020年10月のミラノダービーで、忘れていた恋心が再燃しました。久しぶりの観戦で出会いがありました。
8番 サンドロ・トナーリ
子どもの頃からミラニスタで、ガットゥーゾのファンだったというトナーリ。8番を付けるにあたり、ガットゥーゾに電話をして許可をもらったそうです。このエピソードだけで満足ですし、「わたしもガットゥーゾが好き!同じ!同じ!」と抱き締めたくなりました。
そして、2021年2月21日。この日のミラノダービーは、インテルナツィオナーレ・ミラノが1位、ACミランが2位で迎えたダービーマッチでした。意外に思われるかもしれませんが、双方上位で対戦したことは、それほど多くありません。首位対決となるのは10年ぶりでした。
無観客試合でなければ、チケットは完売し、両チームのサポーターでスタジアムは満員になったはずです。当日は、観戦できないと分かっていてもスタジアム周辺に両チームのサポーターが集まりました。
治安が悪そうな動画ですが、懐かしさが込み上げてきます。発煙筒の煙、フラッグを振るサポーターを見て、ミラノへ、サン・シーロに猛烈に行きたくなったのです。どんなに離れていても、焦がれる想いは今も変わりません。「首位だから好きなんだろ」「強いから好きなんだろ」と思われそうで言えませんでした。しかし、今なら言えます。首位じゃなくなった今なら。
ミランが好き。
トナーリが好き。
子どもの頃からミラニスタだったトナーリが好き。
ガットゥーゾに憧れ8番をつけたトナーリが好き。
想いを心の中で叫んでいるうちに、ロンドン ヒースロー空港に到着しました。あわただしく乗り継ぎをします。
ロンドンからミラノへのフライトは2時間です。席に座ると同時にうとうとしたようで、目が覚めると、まもなく着陸態勢に入るとアナウンスがありました。窓を覗くと暗闇のなかに少しずつ光が見えてきて、ひときわ明るいオレンジ色の光が眼下に広がりました。21時45分、定刻どおりミラノに到着。入国手続きに思いのほか時間がかかり、23時を過ぎたため、タクシーでホテルへ向かうことにしました。
■2日目 2021年4月3日(土)
Buon giorno!(おはようございます!)
少し寝坊してしまいました。カーテンを開けると、まぶしい光が部屋に差し込み、窓の向こうは青い空が広がっていました。試合はお昼12時半キックオフです。遅めの朝食は、チョコレートが入った少しパサついたパンとカプチーノを。
ホテルを出て歩いてドゥオモ広場に行くと、卵をモチーフにした飾りやカラフルなお菓子を売る小さなお店がたくさん出ていました。明日はイースターです。街路樹も薄い緑色の葉が出始め、モクレンの白い花、レンギョウの黄色い花が咲いていて、春らしさを感じます。
ドゥオモからスタジアムへは、トラムか地下鉄で行くことができます。天気もいいし、外の景色を眺めたいので、トラムに乗って向かうことにしました。16番線に乗って終点のサン・シーロスタジアム駅まで約25分です。
同じ車両には、赤と黒のマフラーを巻いた人や、ミランのクッションを脇に抱えた人がいました。みんな荷物が少ない、というか手ぶらです。ユニフォームを着ている人をあまり見かけないのも、日本と違うところでしょうか。皮ジャンにさりげなくチームカラーのマフラーを巻いている人や、普段着に一つだけそれらしいものを身に着けている人が多いです。こんなスタイルもいいなあ。
ACミランとインテルは、ミラノ市内にある同じスタジアムを共同で利用しています。皆さんは、このスタジアムを何と呼びますか。ジュゼッペ・メアッツァでしょうか、サン・シーロでしょうか。正式名称は、スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァですが、ミラニスタは旧称のサン・シーロと呼び、インテリスタはジュゼッペ・メアッツァと呼ぶと言われています。本当のところはどうなのか分かりませんが、私はやっぱり「サン・シーロ」派です。
サン・シーロの収容人数は80,018人で、イタリア国内最大のスタジアムです。日本最大の日産スタジアムの収容人数が72,327人、それより大きなスタジアムが、ダービーマッチになるとチケットが完売になるのですから、街の人がどれくらいカルチョに熱狂しているか想像できますよね。
昔と変わらない景色が見えてくると、自然と気持ちが昂ります。スタジアムの周りには、ホットドッグを売るお店、ユニフォームやマフラーを売るお店が並んでいました。昔と変わらないのが嬉しいです。
そして、スタジアムの中も昔のままでした。汚れた椅子もそのままです。
第29節 ACミラン vs UCサンプドリア
ACミランのスターティングメンバーはこちら。音声オンでお楽しみください。
かっこいい!
トナーリはベンチ。サンプドリアの吉田麻也もベンチスタートでした。
セリエAで昼間の試合は珍しいです。そして、ミランは昼間の試合に弱い……気がする……。いや、でも、サンプドリアには勝てるでしょう。吉田麻也ファン、サンプドリアファンには申し訳ないけれど勝てるでしょう。勝たなきゃいけない試合です。
日が当たるバックスタンド2階席からの観戦です。ぽかぽか陽気のなかキックオフ!
前の週に代表戦に出場していたズラタンは身体が重そうです。前半は特に見せ場がなく0-0で終了。
ハーフタイム中、後ろの席のおじさまたちが熱く語っています。どんなことを話しているのか知りたい。気になる。スタジアムでの会話が知りたくてイタリア語を勉強していたことを、ふと思い出しました。早々に挫折したけれど……。少し離れた場所では座席でタバコを吸っている人も。もちろんスタジアムは禁煙です。日本だったら許しがたい行為ですが、サン・シーロでは、まぁいっか、と何でも許せてしまうのが不思議です。
後半に入り57分、ゆるいバックパスをカットされ先制されてしまいました。マリノスでも、こんな失点シーンを何度か見たことあるな……。その直後、サンプドリアのアドリエン・シウバが2枚目のイエローを貰って退場。失点の不満やら、カードの不満やらでスタジアムはブーイングに包まれました。
そして、そして、60分に、トナーリが交代でIN。
ミランは、一人少ない相手をなかなか崩すことが出来ません。もうこのまま終わってしまうのでは……と思ったとき、ズラタン、ケシエと繋ぎ、途中交代で入ったイェンス・ペッター・ハウゲがゴールを決め、同点に追い付きました。
「ハウゲーーーーーッ!!好きだーーーっ!」
87分。もう時間がありません。ここから、もう1点入りそうな、そんな匂いがしてきました。流れがきた感じがしました。しかし、バーに当たる。ゴールネットをかすめる。大きなため息と声援に包まれるスタジアム。そして、90分に吉田麻也が交代で入りました。海外のスタジアムで日本人選手がプレーするのを観れるのは嬉しいですよ。ですが、今は、「間に合っています!」という気持ちです。終了間際に惜しいシーンや得点の匂いがあったのですが、結局、1-1の引き分けで終了。
引き分けじゃダメなのよ。
(注: 現在もセリエAは無観客で試合を行っています。妄想観戦です。)
夕飯はミラノに住む知人のSさんと待ち合わせて、魚介類が美味しいイタリアンのお店へ。キックオフが遅いときは、ここで食事をしてから歩いてスタジアムに向かったこともあります。お互い元気に再会できたことを祝して白ワインで乾杯し、近況を話し合いました。Webでチケットが買えなかった時代、Sさんに随分とお世話になりました。そして、イタリア語のメニューしか無いお店でも頼りっぱなしです。
ほろ酔い気分でホテルに戻り、他の試合結果をチェック。なんとか2位をキープしました。
旅の目的の9割が終わり、計画からリピートしたいそんな気持ちです。ミラノに住んでいたらサン・シーロに通えるのになぁ。Sさんのようにミラノに住んでいても全くサッカーに興味のない人もいるけれど……。
◼️3日目 2021年4月4日(日)
気持ちのよい天気です。向かう場所は、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会。この教会の食堂には、誰もが知っているであろう有名な壁画があります。レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」です。500年以上前に描かれた作品で、1977年から1999年に修復作業が行われ、一般に公開されています。見学するには予約が必要なのですが、入場制限があるため、もっとも予約をとるのが困難とも言われています。
教会が見えてきました。
チケットを受け取り予約時間まで待ちます。案内されて中に入ると、温度や湿度が管理された室内はひんやりとしていて、扉のさらに奥に進むと壁画が姿を現しました。この絵は、イエス・キリストと12人の弟子が描かれていて「この中の誰かがわたしを裏切る」とキリストが予言した時の情景です。想像していたより淡い色合いで、誰かに真実を伝えるために何百年も静かに待っていたような、そんな感じがしました。
見学のあと、近くのお店でジェラートを。ダブルにするかトリプルにするか悩んで、カプチーノとラズベリーを注文しました。お兄さんがウィンクをして、クリームチーズを追加でサービスしてくれました。優しいなぁイタリア人男性は。
食べ終わっておつりを確認すると、しっかりトリプルの料金を取られていました。あいつ……。
■4日目 2021年4月5日(月)
灰色の空。昨日まで暖かかったのに冬に逆戻りしたかのような寒い朝です。リアルにミラノに来れるのはいつなんだろう。スタジアムが建て替えになる前にサン・シーロで、ミラネーゼのように革ジャンに赤と黒のマフラーを巻いて応援したいな。
ドゥオモ近くのデパート、リナシェンテで買ったチョコレート、オリーブオイル、ドライトマトにドライポルチーニ、チーズ、ワインと一緒に日本に帰ります。
Arrivederci!(またね!)
以下は、OWL magazineをご講読されている方に公開しています。ちょっと大っぴらには言いにくいことを書きました。訪れたお店の紹介もしています。
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サポーターはあくまでも応援者であり、言ってしまえばサッカー界の脇役といえます。しかしながら、スポーツツーリズムという文脈においては、サポー…
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