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梢子からの返信。話すのに心の整理が必要なこととは何か?そして、江崎の不可解な行動。或いは『フワつく身体』第二十回。


※文学フリマなどで頒布したミステリー小説、『フワつく身体』(25万文字 366ページ)の連載第二十回です。(できるだけ毎日更新の予定)

初回から読みたい方はこちら:「カナはアタシの全て……。1997年渋谷。むず痒いほど懐かしい時代を背景にした百合から全ては始まる。」

前回分はこちら:別の踏切事故の遺族の元へ。そこでまたもや浮かび上がる「トパーズ」というキーワード。或いは、『フワつく身体』第十九回。

『フワつく身体』ってどんな作品?と見出し一覧はこちら:【プロフィール記事】そもそも『フワつく身体』ってどういう作品?

八割方無料で公開いたしますが、最終章のみ有料とし、全部読み終わると、通販で実物を買ったのと同じ1500円になる予定です。

本文:ここから

■二〇一七年(平成二十九年) 十月二十六日

 梢子からの返信が来たのは翌日だった。
 環は休みで、パジャマ代わりのアディダスの古ぼけたジャージを着て、湿気た布団にくるまっていた。早瀬がノートに残した、トパーズと夜の女神について考えていたが、何も回答も得られなかった時に着信音がした。

梢子【お久しぶりです。加奈のことを探していることは、メグから聞いていました。】

環【立花さんとは同じ中学だったんだよね】

梢子【そうです。塾も一緒でした】

環【その時、何があったのか教えてもらいたいと思っています】

梢子【はい。直接会って話した方がいいですか】

環【できれば、そっちの方がいいです】

梢子【分かりました。でも、今、忙しいので十一月になってからでも構いませんか。】

環【大丈夫です。】

梢子【心の整理もつけておきたいので】

 私に話すのに心の整理がいるようなことなのか。

環【ゆっくり、無理のない程度で構いません】

 環はそう返信した。加奈と梢子の間に一体何があったと言うのだろう。


■二〇一七年(平成二十九年)十月二十七日

 朝、環が起きてスマホをチェックすると、

 以前、加奈の行方を問い合わせたライターから返事が来ていた。それまで、全く返信がなかったので、期待はしていなかった。

「ご連絡、遅くなりまして申し訳ありません。

 こういったコラムを書いていますと、冷やかしや嫌がらせもありますので、お伝えできることがある以外はお返事をしないでおこうと思ってのことでした。

 私はその、立花加奈さんや世良田美頼さんという子を存じ上げていませんでした。

 ですから、お返事はしないつもりでした。

 ですが、先日、知り合いとの雑談の中で知っているという人がいました。名前は明かしたくないと言うので、Aさんとしておきます。

 Aさんは元、家出少女で、一時期同じデートクラブに所属していたと言います。

 一九九七年の秋頃だそうです。Aさんはその後、両親に連れ戻されてしまったため、立花さんという子が行方不明になったことは知りませんでした。

 なにぶん、二十年も前のことなので、デートクラブの名前などは忘れてしまったそうです。場所は円山町と松濤の間ぐらいで、雑居ビルとマンションを何部屋か借りていたということでした。

 後、覚えていたことと言うと、立花さんと付き合っているという大学生がデートクラブにやってきたことがあるそうです。

 その人の名前はショウといったそうです」

 円山町と松濤の間の雑居ビルとマンション。

 そして、加奈と付き合っていた大学生の名前は、ショウ。

 分駐所に出勤してしばらく経った頃だった。ハロウィン前の週末が迫っていて、これからは数日忙しくなるだろう、とその準備に当たっていた時だった。

「深川巡査長、おりますー?」

 と間延びした関西弁が聞こえた。

 すると、馬のような、キリンのような長い顔が見えた。警視庁渋谷署五課の警部補、及川だった。大阪出身の彼は警視庁に二十年勤務しても、関西弁で喋り続けている。

 その後ろには、同じく五課の平井という地蔵のような顔の巡査部長がいた。

 及川が口を開いた。
「困りますわー、ホンマ。危険ドラッグの売買に使われてたのと同じ契約者の電話回線を、深川さんの失踪した同級生と同姓同名のアカウントがつこてたー、って聞いたんで、その立花加奈さんのお母さんと、一緒にいなくなった世良田美頼さんのお母さんとこに、事情聴取しに行ったら、前に深川さんに話しましたて、もうホンマ勝手なこと、せんといてくれる?」

「いや、あれは同級生として個人的に聞きに行ったことで」

「そないな言い訳あるかいな。そもそも、深川さん、鉄警隊やろ。関係あらへんがな」

 芝居がかった感じで、及川は腕を組むと机を指でトントンと叩いた。

「すみません」

「しかも、一課の羽黒さんが、監察には上げるな言うて来るし。あの人、出世頭やから逆らえへんがな。もー、どないなっとんの」

 結局羽黒に守られていたのか。組織に流されないように生きているつもりでも、組織に守られているのだと思うと情けない。

「すみません」

「ホンマ、もう、うちの捜査妨害せんといてくれる?」

「分かりましたー。テヘペロ! なんち」

 と環が茶化そうとしたところだった。

「オドレ、ホンマわかっとんのか!」

 と胸ぐらを掴まれて凄まれた。

「ち、近い、近い」

「この犬いらずの及川をあんまりコケにせんといてや」

 と言って、環の一本に束ねてある髪の毛を掴んだ。

「痛っ、いたたた」

 とひとしきり、環が痛がった後で手を離すと、及川は環の髪を掴んでいた自分の指を嗅いで言った。

「パンテーン」

「キモっ!」

 環の口から思わず出てしまう。

「だから、犬いらず言うたやろ」

 背後から、平井が、

「すみませーん、うちの上司、五課に特化しているうちに気持ち悪くなっちゃって」

 と言った。

 及川は環から離れると、急に態度を柔らかくして、

「とは言え、別に深川さんにクレームを言いに来た訳ではあらへんで」

 そこへやり取りを遠巻きに見ていた、赤城が入ってきた。

「みなさん、よろしいですかー」

「なんや、嫁のエッセンシャルつこてる赤城巡査部長」

 赤城は一瞬、明らかに引いた顔をした。そこへ平井が

「すみませーん、ダブルで気持ち悪くてー」

 と言う。赤城はやや苦笑いを浮かべながら、続きを口にした。

「と言うか、五課の皆さんは、八月に自殺した巻紙亮二がタチバナカナと名乗る人物と接触していたことに対して、あまり重要視してこられなかったってことですよね。少なくともお忙しい五課の皆さんのリソースを裂くほどではないと思われていた。だから、仕事の間にコソコソ動いているタマ姉、いや深川巡査長よりも後に聴取に行っている。逆に、最近になって、二十年前に失踪した立花加奈さんのことを調べ始めたのはなぜなんです?」

「せや。巻紙の髪の毛からは、薬物は出んかったから、こちらとしても動く材料が足りんかったし、そもそも、薬物の売買などに本名使うとはまず考えられへんからな。金に困って漫画喫茶で寝泊まりしてた笹原から電話回線を買った奴が、誰かにさらに転売でもしたんやろ、とな」

「転売先の相手が薬物に絡んでいる可能性は薄いと思った、ということですか」

「せやな。巻紙と薬物との関係について何も出ていない以上、誰を名乗ろうが、五課の捜査範囲ではあらへんしな」

 環が、単独行動の負い目がある上に、キモい及川の様子を伺いながら、尋ねてみる、

「じゃあ、なんでここへ来て、調べることになったんです?」

「一月前になるな、深川さんを襲った江崎な、あいつはまあ、取調べしても、なんやもう訳分からへんことばっかり言いよる。どこまでが現実で、どこからが妄想なのかわからへん、完全にジャンキーや。ただ、一点不可思議なことを言いよった。前の刑期を終えてから、渋谷に来るのは二度目やと。二ヶ月前、八月の二十一日やと」

「巻紙が死んだ前の日?」

「せや、その上、二週間ぐらい前から、おかしな証言をし始めたらしいと、検察から連絡があってな。渋谷にはタチバナカナに会いに来た、とな」

 え?
「ただ、カナに会うための招待状を無くしたから、会えへんかった、と」

 江崎が加奈に繋がる?

「招待状?」

「その招待状と思しきものの絵を江崎が描いた、とな。これやわ、薄気味悪い絵ぇやでホンマ」

 と、及川は江崎が描いたと思われる絵のコピーを見せた。

 環は覗き込むが、何が描いてあるのか分からない。円から枝のようなものがいっぱい伸びている。環が首を捻りながら聞いた、

「木?」

「上下逆や逆、なんや顔から腕がいっぱい出てるということらしい。ホンマ気色悪いわ」

 環の脳裏に、ピンクチラシと一緒に入っていた、バモイドオキ神に似た絵が甦った。

 あれが、招待状?

 江崎のフルネームは、江崎翔太。

 そうだ、ショウだ……。

本文:ここまで

 続きはこちら:第二十一回。

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読者の皆様へ:

※この話はフィクションであり、現実の人物、団体、施設などとは一切関係がありません。

※警視庁の鉄道警察隊に渋谷分駐所は存在しません。渋谷駅、及び周辺でトラブルにあった場合は、各路線の駅員、ハチ公前の駅前交番、渋谷警察署などにご連絡ください。

※現在では、一九九九年に成立した児童買春・児童ポルノ禁止法において、
性的好奇心を満たす目的で、一八歳以下の児童と、性交若くは、性交類似行為を行った場合、
五年以下の懲役若くは五百万円以下の罰金、又はその両方を併科されます。
本作品は、こういった違法行為を推奨、若しくは擁護するものでは決してありません。


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