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知恵のリンゴ ノアへの洪水

表紙『崩れなかった橋、改修された橋、千曲川』

#GoogleMap

その人物の回想録を読んだ事が有ります。当時は商売人は進学するのではなく丁稚奉公に出て修行するのが「キャリアー」だったそうです。

頑として旧制中学校の教師の誘いを受け入れなかった親の勧めで入った奉公先を、青年の彼は一度抜け出し、 #千曲川   (県外の信濃川)沿いを長々と歩いて実家に帰るという行動を起こしています。ふと道端に実っていた林檎を取って、パクり。 #やまさき十三 先生の漫画、『サッチモ』でも架空プロ野球球団のスカウト部部長の主人公が最初の話で寄った林檎道で実を取ってガブリとやっていて、それが別に大罪を犯したという風でもない場面だったと個人的に思うので、後悔する必要もそんなには無いかと…「腹減ってただろうし。」酌量してはあげたいと思うのですが、青年には後末永くそれを悔いる理由が有りました。

一つの要因は青年が後に実家の製菓屋さんを立派に継ぐ人物になった事。もう一つは青年の胸元には十字架という楔が、十字架への信仰が宿っていた事。

彼を過去の議員として称える、残す、町の議会にはとかく市議会単位では起こりがちな不毛な議論と一線を画す、穏やかさと道徳が感じられます。立地のみで、町が現代のこの日本で穏やかに若年層の人口が増える場所であるというのは、この町には少々強引な理屈でしょう、都心部でもなし。彼や、彼の作った良心が町に今、薫風をもたらしています。

翌年の春先まで、周辺の林檎林を軒並み腐らせた、落ちた林檎が腐った匂いが漂っていました。そういった事象も、傷も、やっと近年癒えて、河川の改修と大型商業施設の再開という要素を経て町の、対岸の死者を多く出した地区の復興は進んでいます。

決壊の嵐の最中、老婆が近所の人間から飛ぶ諌める声に「寂しくて、居られない」と家を飛び出して、流されていったという新聞記事を覚えています。彼女には、救われる為に乗るべきのノアの方舟が見えてしまったのでしょうか?今、川はいつもの見窄らしさを取り戻して、流れています。

残された人々はノアの親族ではありません、しかし希望を込めて防災マップを作り、防災計画を練り、堤防を作り直し、またも川端に林檎の木を植えました。

懺悔は信仰の象徴でしょうか?神の救いが差し伸べられての復活でしょうか?

知らず、春風の到来も詠わず、ただ急ぐ自動車の列、土木業の人々の往来を目で追っています。温泉は夕方から大人350円、お得です。

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