見出し画像

彼女の素性 ~守護の熱 第六話

 俺は、将来、弁護士を志望し、東都大法学部を目指していた。東国防衛大に行き、東国義勇軍に入った、兄のしたように、学びながら、学費を稼ぎたいとアルバイトを続けていた。アルバイトのきっかけは、カメラと天体望遠鏡が欲しかったことだった。それ以降は、天体写真を撮る為のフィルムだけは、少し贅沢したが、後、使うこともなく、金は貯まっていった。もうそろそろ、一年分程の学費になるだろうか・・・、その為に、部活などは、頼まれれば、大会に出たりはするが、正式に部員としては、所属してはいなかったのだ。

 羽奈賀はねなががランサムに発ってからは、近所の業者から、仕事を頼まれることも増えたので、放課後のアルバイトに力が入った。年の離れた兄が、昔、高校の時、同様のことをしていた。それが当然なのだろうと、俺もそうしていた。周囲の人は、地主の息子なのに、兄弟揃って、よく働くと、理由も含めて、褒めてもらえた。身体を使う土木系が中心だった。身体を鍛えることにも繋がるからと、人の嫌がるきつい、汚い仕事でも、進んで務めた。色々な職業人の苦労で支えあって、社会が成り立っている、と諭しながら、親父は、兄と俺が、若い内から、そのように、職業経験をすることを認めていた。

 親父は、強面で、元警察官という経歴もあり、公私ともに厳しい人物だが、それだけに地元の名士扱いだった。地域の議員に推挙されそうになっていたが、それには及ばないと、頑なに、断っていた。それでも、何か、困った揉め事が起こると、地域住民は親父を頼って、相談に来ることも、よくあったようだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 あの海での一件の後、羽奈賀がランサムに帰るまでは、できるだけ、一緒に過ごしていた気がする。逆に、アルバイトも調整して、むしろ、学校の行き帰りの時間から、放課後は、二人で過ごすことが多かった。あの後、間もなくは、少し、ギクシャクするような感じになった。羽奈賀は、俺に遠慮している感じもした。きっと、俺に、あのことを見られたことを、気にしている。俺は、できるだけ、時間を取って、羽奈賀と今まで通りに過ごした。普通の日常の話をして、今まで通り、何回か、コロッケを立ち食いしたり、天体観測をしながら、念願のココアを飲んだりしていた。

 忘れていたが、あれ以来、例の彼女と擦れ違うことがなかったが、あの日、見た時のことを思い出していた。羽奈賀と、最後に、星見の丘で、天体観測している時に、何気なく、その話題になった。その時、羽奈賀から聞いて、色々なことが、解った。

「どうやら、その人、あのヤクザに金、渡してるみたいだった。あれって・・・」
「まあ、・・・そういうことなんじゃないかな」
「え?そういうこと、って・・・?」
「ほら、あるじゃん、女の人働かせて、お金せびる奴」
「ああ、そんな感じかもしれないな、本当に、あんなことあるんだ」
「つまり、ヒモってやつだろ?・・・デキてるから、そういうことだろうし、あの女の人、あの山の上の旅館で、働いてるらしいから」

 何となく、その辺りのことを、サラリと言って退けることが、これまでもよくあったが、羽奈賀は、この時点では、俺より、理解できる環境だったのだろうと、ランサム育ちであることと、先日の一件で、納得していた。

「知ってるのか?」
「ある程度の大人は、知ってると思うよ。知ってて、黙ってる」
「そういうことか・・・」

 なんか、肉屋のおばさんとの会話も、さりげないが、色々と含みがあったのかもしれない。

「うちにも来たこと、あるから」
「えっ、そうなのか?」
「仕事、でね」

 だから、何となく、羽奈賀は、訳知りで、あの辺りの人間と、関わりたくなかったのか?あの接待のようなパーティで、彼女のような感じの女性が、和服やドレスを着て、お酌とか・・・俺の考えられる、彼女の役割のイメージだった。それは、少なくとも、もてなされる方では、なかった。

「旅館って、仲居さんかなんか、してるのか?」
「・・・気になるんだ?」
「いや、ヤクザに金を渡している、のがな」
「許せないの?まぁやらしいね、正義漢だからな」
「・・・んー、だとしたら、それは、良い状態ではない」
「旅館の写真、撮ろうとしたら、チンピラたちに止められたじゃん。なんでだと思う?」
「・・・」
「あそこ、普通のじゃないんだよ、一見、普通だけど、奥は違うんだ」
「どういうことだ?」

 また、羽奈賀が、訳知り顔になる。

「何の仕事して、お金、男に渡してるの?・・・ってことでしょ?」

 そして、更に、後で、色々と解ったことたが・・・

 羽奈賀がその辺りに詳しいのは、仕方ない。羽奈賀の屋敷の奥は、この地域に暗躍する、企ての元となる人物の巣窟となっていた。その場にいれば、自然に、その話が、耳に入ることになる。

 金儲けの為に、昔からの商店等を潰して、土地を切り取り、レジャー施設にしたいなどと考えている者たちが、その利権に甘んじようと、集まっていた。そのうちの一人、荒木田は、薹部開発の傘下で、消費者金融から身を起こした実業家である。芸術家である羽奈賀一族のパトロンの側面もあったのだ。芸術関連の事業化に、薹部開発の提携の手が入っていることも、間違いなかった。これらの絡繰りが、この地域に大きく作用し、変革をかけようとしていた。それに歯止めをかけようとしていたのが、その実、俺の親父などの、昔から、地元で生活してきた地主たちであり、それは自衛の組織を作って、対抗し始めていた頃だった。
 
 その実、アルバイト先は、新興の建築事業に当たるものには手を出すな、と親父から、言われていた。その意味は、これで理解することができた。この背景にあることが、俺たちの住む地域の人々の生活に、大きく関わってくる。俺にも、羽奈賀にも、その女性―――清乃にとっても、それはそうだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「山の上の旅館の『春海楼』は、その奥に施設があるんだ。それは『芳野かぐわの』っていう」
「あ、それが・・・」
「ああ、そうそう。当然、高校生は出入りできないから、クラスの奴でも、卒業して、就職したら、大人に連れてってもらうとか、はしゃいでるのがいるだろ?それがそこ」

 要は、遊興施設、18歳未満はお断りというやつだ。

「つまりは、玄人プロの女だよ」

 言い方がなあ・・・。

 羽奈賀は、綺麗な顔をして、また、サラリと言う。この辺りは、最後の一か月は、開き直ったのか、より、はっきりしてきた。知られたくない筈の、個人的な部分を想起させるような、言葉尻を拾えば、既知のそれだ。顔に似合わないぐらい、大人っぽい知識の披歴になる。俺は、どう聞いていいのか、解らないから、あまりエスカレートしそうになると、話の路線を変えるのに務めた。

 今、思えば、その雰囲気から見て、恐らく、羽奈賀自身、大人の戯れに接する機会は、今の高校の俺たちなんかより、早く訪れていたのだろうから・・・

「ランサムは進んでいるから、僕だけじゃない。皆、早く『大人』になるんだ」

と、そんな言い方もしていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 羽奈賀からしてみれば、話して、試しながら、雅弥のその辺りの感覚を知りたかった、という側面もあったのかもしれない。自分の為にその身を投げ出してくれた。それを思うと、心が掴まれるぐらい、嬉しさと、一方で、求める気持ちに苛まれた。・・・可能性を思い、押し進めるのは怖い。気持ちに、それが乗っかってくるのに、牽制をかけ乍ら過ごす。後、この一ヶ月しか、この時期を過ごすことができない。大切な時間だ。お互いに、より良い形で過ごしたいのは、そうなのだが・・・

 この時、羽奈賀の心の中には、自分がランサムに行った後のことが過っていた。

 雅弥のことだから、きっと、これから、大人の男になったら、もっといい男になって、女から持て囃されるのは、簡単に想像できた。荒木田の妹のことは、毛頭、雅弥に気がないのが見てとれた。なので、余計、見てるだけで、うっとおしくて、雅弥が気の毒になっていた。そうだった。これは、利害が一致していたから、残酷なまでも、雅弥が人前で、彼女を振ったとしても、それは、むしろ、良いとしていた。

 そして、更に、羽奈賀は、良い勘をしていた。雅弥のあの清乃への興味は、それまでの感じとは、なんとなく違っていたのを。雅弥自身が、今は未だ、正義感で、それを憂慮しているだけであるにも関わらず・・・。

 狡い大人たちの手で、自分自身が、その中へ誘われた時のように、雅弥にとって、女がそのような存在になるのは、羽奈賀の中では、この時点では、許し難いものでしかなかった。でも、それを引き止めて、せめて「自分だけの親友」として、捕まえておくことはできないことも、解っていた。そして、何よりも、そんな、あさましい自分の感じを、これ以上知られて、雅弥に嫌われる存在にはなりたくなかった。

 気持ちが重なる苦しさから逃れようと、雅弥の傍から離れようと、羽奈賀は、その為もあって、ランサム行きを決めていたのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 羽奈賀がランサムに発った後、何度か、また、商店街で、あの女性と擦れ違う。

 そうなのか。そういう仕事をしていると聞いて、見ると、そんな感じがしないでもない。・・・地域の人達のいくらかは、そんな彼女の素性を知っている。きっと、どんな仕事をしていても、それはある程度、許されることだろうし・・・。しかし・・・。

 季節は移り、春になっていた。その杞憂が当たり、目の前で展開される事件が起きる。

 いつもの下校時に、フィルムを現像に出しに来た日だった。カメラ屋で、例のヤクザとすれ違った。先客で、引換券を持っていたから、現像された写真を引き取りに来たのだろう。

「おう、兄ちゃん、写真、撮ってるか?」
「・・・あ、はい」
「何、撮ってんだ?」
「星の写真です」
「ああ、北斗七星とか、天の川とか」
「・・・まあ、そんな感じです」
「良い趣味だな。・・・ああ、親父、釣りは要らない。取っといてくれ」

 写真屋のおじさんが、跋が悪そうな顔つきで、写真の入った大きな包みを袋に入れて、札と引き換えに、そのヤクザに渡していた。

「また、頼むよ・・・よろしく・・・ああ、じゃあな、辻の坊ちゃん」

 写真の量から見ると、焼き増しのようだったが・・・あんなに沢山、何の写真だろうか?その後、写真屋のおじさんは、俺と目が合うと、いつもの感じで、接客を始めた。

「今回も天体ショーだね。いいねえ」
「ありがとうございます。これ、二本分、お願いします」
「はい、まいど、これ、引換券ね、一週間後に仕上がりね。いつも通りので?」
「はい、お願いします」
「あの、ハーフの子、帰ったんだって?外国に」
「ああ、まあ、帰ったというか、そうですね、こっちもお父さんの故郷だから」
「ああ、羽奈賀さんだったよね・・・まあ、良かったんじゃないかな」「え?」
「ああ、いや、辻さんにとってはね」

 どういう意味だろうか。この商店街の人達は、うちの父に、頼みにしてくれながら、親しみを感じてくれているのは、よく感じる。一度、その薹部開発が、観光誘致をしようとする動きが活発化した当時、父は現役の警部で、県警で、この担当をしていたこともある。要は、バックについている、暴力団の対策担当だったらしい。ここら辺一体は、歓楽街的なエリアとして、見込まれていたが、計画の段階で、住民の同意が得られず、ごり押ししようにも、法律違反が発覚し、結局は、それを未然に防いだ。この周辺で、遺されたのが、その例の、昔からある、山の中腹の、宿泊施設の集まっている地域だという。

 その経緯があり、我が家は父の功績により、一目置かれているような所もある。兄は東国義勇軍のキャリアだ。別に宣伝をしているわけではないが、俺の行く末も、たまに話題になっているらしい。何となく、『辻家の次男は、弁護士』という、学校に提出した、進路調査票の内容を、何故か、商店街の人達は知っている。まだ、なったわけでもないのに・・・。つまりは、写真屋のおじさんから見たら、どちらかというと、薹部開発の息のかかった、羽奈賀の家をよく思っていない節があるのかもしれなかった。その対抗同志である家の子どもの俺たち二人が、仲良くしているのが、気に入らないのかもしれない。それでも、羽奈賀自身は悪くない。この辺りは、流しておくに限る。大人たちの思惑など、どうでもいい。俺たちには、全く、関係ないことだからだ。

 フィルムを預け、店を出る。何やら、揉めているような、大きな声が聞こえてきた。

 見ると、スーパーの袋が、道に落ちていて、食品が散乱している。

「やめてください」
「おい、昨日、言ってたのと、違うんじゃねえのか?」

 見ると、酔っ払いが、女性に絡んでいる。髪の長い女性が、買い物の途中で、何か、言いがかりをつけられている様子だ。周囲にどんどん、人が集まってくる。

 どうしようか・・・?・・・誰も出て行かなかったら、どうなってしまうのか・・・。酔っ払いは、女性の腕を掴んで、離さない。

「あんなの、ぼったくりじゃねえのかよ、え?」
「何のことだか、・・・助けて、誰か、放して・・・」

 よし、出て行って、止めるぞ。俺は、そう思って、人垣を掻き分けていった。すると、俺の前に、男が立ちはだかった。例のヤクザだった。

「何、やってるんですか?ああ、昨日、お泊りの方ですねえ」
「おぅ、お前、前金、払ったろうが・・・」
「こちらの方は、関係ありませんよ。勘違いなさってるご様子で・・・」

 サングラスを外して、睨みを利かせる。それで、怯んだ隙に、女性は、その酔っ払いから逃れた。

「あ・・・お前、宿の・・・」
「ちょっと、日の高い内から、飲み過ぎですよ。お客様、まあ、迎え酒でもいかがですか?」

 ヤクザは、傍のスーパーに入ると、すぐ出てきた。手にはビール瓶を持っていた。どうやったのか、傍の庇の支えに、瓶をひっかけ、蓋を開け、その酔っ払いの頭から、中身をぶっかけた。

「何すんだあ」
「はい、どうぞ、こちらに」

 ヤクザは、その空になった、ビール瓶の注ぎ口に、その男の右手の中指を突っ込んだ。

「これ、こっち側に向けたら、どうなるか、試してみましょうか?」

 あ・・・ヤバい。そんなことしたら、指の骨が・・・。

 少し、考えて、酔っ払いは理解したらしく、大声を上げて、その場を逃げ出した。

「ひえっ、や、やめろっ・・・うわあぁぁぁ」

 ヤクザは、その後、周囲に対して、頭を下げた。

「すみません。県外のお客様のようで、お行儀が悪くて・・・お嬢さん、ご迷惑おかけ致しました。商店街の皆様、お店や、お品物に損失はございませんか?」

 そう言いながら、まずは、その絡まれていた女性に、懐から出した、封筒を渡した。どこからか、部下のようなチンピラたちが現れて、飛び散った食品を片づけ始めた。ヤクザは、続けて、写真屋から、精肉店、スーパーなど、その付近の路面店の店主に頭を下げながら、封筒を渡していた。店主たちは、一度は断って見せたが、渋々、それを受け取った。

「商店街で買いものもできやしない・・・怖くて・・・」
「ああ、申し訳ございません。今後、このようなことがないように、気を付けます」

 ヤクザと、その手下は、何度も、その女性と、周囲に、頭を下げた。

 周囲の人達は、こそこそと、それぞれが、ヤクザと、その手下に一瞥し、買い物や仕事、あるいは、帰り路に戻っていった。

 騒ぎが収束した頃、スーッと、例の女が現れて、ヤクザの傍に駆け寄ったのが見えた。

「何の騒ぎ?」
「勘違いな、酔っ払いの客が、お前を追ってきたらしいが、見間違えたようだ」
「全く・・・、しつこいったら、ありゃしない・・・」

 何となく、事件の全容が見えた。そして、羽奈賀の言っていた通り、彼女の仕事は、やはり、そういうことなのだろうと、確信のような理解に辿りついた。
                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 彼女の素性 ~守護の熱 第六話
読んで頂いて、ありがとうございます。
なんか、昭和の古いドラマみたいだなあと
我ながら、思っていますが・・・
一つ前のお話はこちらです。未読の方は、是非、ご一読お勧めです。


この記事が参加している募集

スキしてみて

更に、創作の幅を広げていく為に、ご支援いただけましたら、嬉しいです😊✨ 頂いたお金は、スキルアップの勉強の為に使わせて頂きます。 よろしくお願い致します😊✨