日本の外で、満開の桜を眺める春
かの有名なサン=テグジュペリの「星の王子さま」の中にこんな話がある。
王子様は、自分の住んでいた星で一本のバラを育てていた。それはそれは懸命に育てていた。このバラという花は王子様しか持っていない、この世でたった一つの美しい花だと思って。
やがて王子様が住んでいた星を出て、地球にやってきた時に、バラという花は地球に何本もあることを知る。
この世で自分しか持っていなかったと思っていたバラの花は、実はありふれている何本ものバラの一本にすぎなかったことを知った王子様は、ショックのあまり泣いてしまうのだ。
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少し前に、アメリカに引っ越した。
東海岸、ニューヨーク。
日本の家族や友達から桜の写真が送られてきてもまだまだ寒い風が吹く。
家族や友人から離れ、異国の地で一人、今年はお花見をしない春を迎えると思っていた。
SNSのタイムラインで、こんなコメントと共に桜の写真が流れてくる。
「家の前だけ咲いている。他は少し先かな」
アカウントを見ると、時折やりとりさせていただいている在ニューヨークの方。写真もよくみると日本の建物ではない。
コメントで「ニューヨークにも桜、あるんですね!?」と返すと、桜で有名な場所がいくつかあることを教えていただいた。
インターネットで調べれば、ニューヨーク市内の桜の名所がまとめられている英語のサイトが簡単に見つかる。
しばらくすると、在ニューヨークの日本人アカウントで桜の写真や動画がたくさん上がるようになる。
せっかくなので、一番わかりやすいニューヨークのシンボル、セントラルパークを歩いてみる。ホームアローン2を初め、色んな映画で見てきたセントラルパーク。
思った以上に桜の木が植えられている。
セントラルパークの写真を日本の友達に送るとこんな言葉が返ってくる。
「海外で桜見れるんだね。なんか日本だけの特別なものだと思ってた。」
そう、私もそう思っていた。
日本の春は桜が咲く。それが日本の春を特別にしている。
でも考えてみれば、日本で普段食べている野菜や果物、目にしている花の中で、日本原産のものというのはどれだけあるのだろうか。
植物は生きられる環境があればそこで育ち、花を咲かす。
ニューヨークでも、桜は咲く。
世界各国からやってきた観光客が、セントラルパークの桜の写真を撮ってSNSにアップロードしている。
日本を離れ、桜の咲かない春を迎えると思っていたのは完全に拍子抜け。
先日、マレーシアで観光業に携わっていた経験のある野本響子さんがこんなことを記事で書いていた。
“観光地としての日本の人気は独特の文化で人気です。 ただ、日本人が思っているような「素晴らしい自然がある・四季がある・文化がある・温泉がある」だともう厳しいです。そもそも素晴らしい四季や自然がある国は他にも多いのです。”
素晴らしい四季や自然だけでなく、 "桜の花が芽吹く春" もまた、他の国にもあるのだという事実。
王子様の星に咲いたバラが王子様の星だけのものではなかったように、桜を愛でる春もまた日本にだけ特別なものではなかったのだ。
私はそれなりに海外旅行で色んな国に行っているし、それなりに知見を広げてそこそこ広い世界に住んでいるつもりでいた。
私が住んでいた世界はまだまだ小さかったのだな、と異国に芽吹く季節が教えてくれる。
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王子様は、その後たとえ世界に何本のバラがあったとしても、王子様が懸命に育てたバラが王子様にとって他のバラとは違うことに気づく。
日本で見る桜とニューヨークで見る桜の何が違うのか。
頭で考えれば、その違いはいくらでも述べることはできる。でもそれが実感として伴うのは、また日本の春の中に戻った時だと思う。
違うものを見てから、もう一度見直したときに。
今はただ、新しい世界での季節を存分に味わおう。
そうやって今、ニューヨークでの初めての春を迎えている。
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