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社会人16年目 内、学校関係職8年目 👶0才 👧中一 自己紹介↓ https:/…

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社会人16年目 内、学校関係職8年目 👶0才 👧中一 自己紹介↓ https://note.com/sun_green_mi/n/n298936ea6a4b

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最近の記事

休職からの復帰からの妊娠からの休職産休

しばらくぶりにnoteを開いてみた。 どうも、スマホ片手に文章を書くのは得意ではないらしい。 ノートとペン派だということが、分かってきた。 それでもひとまず 最近のことを記録しておこうと思う。 noteを始めたきっかけは 休職だった。 5ヶ月休職ののち、3月から復帰し 4月から4年生の学級担任として本格的に働き始め、そのまま持ち上がって2年間同じ子どもたちと共に過ごした。 そして今年度も持ち上がりで 3年目の彼らと共に そして卒業を一緒に迎える。はずだった。 元々、

    • 来年度の人事

      今年度は可もなく不可もなく、ではあるものの同僚との距離感は縮められず理解を得にくい状況だった。 周りの仕事の速さに着いていけず、焦りが募り辛い気持ちも多かった。 昨日来年度の人事について知った。 今年度と変わらず、産休の同期が抜け、それ以外はもちあがるそうだ。 私が休職した時に組んでいた人と まさかの3年目。 彼の隣にいると、すごく辛く感じる。 隣の席だけれど、ほとんど会話をしたことがない。 今年度はコミュニケーションを取ろうと努力をしたけれど、ことごとく打ち砕かれるよ

      • 支援のやりすぎは良くない

        今日隣の席の先生が言っていました。 私の中での教育観は 目の前の子供達がどれだけ学校が楽しいと思えるか、そのために教師としてできうる限りの支援をする。 けれど隣の先生は 支援をやりすぎて子どもがダメになる。 と言っていた。 確かにその考えもわかる。 堕落するのでは支援ではない。 甘えが強く出てしまうことも違うと思う。 けれど、教師としてできることをやってあげなくて、なんのためにいるのか。 知識を注ぎ込むことだけが教師の役割なのか。 そしてその上に ずっと登校支援を続

        • 友達の家で

          私の友達ではなくて、相方のサッカーチームのチームメイトのお家にお呼ばれしていったときのこと。 とても気のいいご家族で お料理を振る舞ってくれて 子どもたちとあそんで過ごした。 旦那さんは今休職中で、何があったかは聞かなかったけれど、自分は休んでいるから妻の代わりに家事をするんだと言って、料理の腕を磨き、まだ幼い子どもたちの離乳食もつくり食べさせ、家事全般行なっているという。 私は何も言ってあげられなかったけれど、頑張りすぎてるな。なんて思った。 きっとすごく真面目な完璧

        休職からの復帰からの妊娠からの休職産休

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        • 休職のこと
          6本
        • 子育て
          0本

        記事

          支援をされたい人が支援をする

          意味わからないですよね。 子どもの支援をしながらふと思います。 支援されたいのはわたしなんだけどな。 今、をなんとなく理由もはっきりとわからないまま苦しんで生きているこどもたちを、少しでも明るい日々の生活にしてあげたくて自分にできることをかんがえてやっているけれど、こどもにエネルギーを与えるときには自分のエネルギーを多くもっていかれることも理解しないといけない。 相談員時代、自分の悩みじゃないのに同じように辛くなったりしたように、元気を与えるときには自分も元気を過ごし失う

          支援をされたい人が支援をする

          こんばんは

          久しぶりにnoteを開いて、あの時の自分を思い返していた。 結局、休職した頃から変わらず不眠の薬は飲み続けていて、耳鳴りが止まない日もある。 職場復帰はしたけれど、あれこれ理由をつけて休む日も多い。 正直なところ、もうわかっている。 仕事が向いていないということ。 教育現場の環境に適応できないこと。 自分が信じる理想論や こうありたい、こうであるべき というような願いや思いはことごとく覆される。 度々落ち込んで、度々諦めるように気持ちを沈める。 変わらないんだなぁ。

          こんばんは

          復帰トレーニング

          あっという間に 休職に終わりを告げて 職場へ復帰することになり。 それを受けて トレーニングがはじまった。 ネットに掲載されている情報によれば 復帰者の意向、体調面に合わせて 段階的に復帰をしていく、 となっていたが 実際には、人手不足の中 ある手は使う、といった感じで あれやこれやと足早に段階を踏み とうとう、意向も聞かれることもなく "予定通り復帰"となった。 トレーニング最終日、 別件で管理職から指導が入り そこからスイッチが入ってしまって これまでの不満不安をぶ

          復帰トレーニング

          職場に戻れる?

          たくさんの揺らぎの中にいる。 個人的には戻らなくてはいけない。 というような気がしている。 なんのために教師になったのか 今家にいる時間はなんなのか この先はどうなるのか はっきり言って細分化すればするほど わからないことだらけで 先が見えなすぎて あたりが真っ白な感覚なんだよなぁ。 これは 備忘録として。

          職場に戻れる?

          休職6週目

          休職してから6週目に差し掛かる。 家にいるようになって思うことは、時計の秒針の音や、隣家の話し声、道を歩く人の声や自転車の音。そう言った音に囲まれていることに気づき、少し煩わしく感じること。 しかしながら、そうした人の存在を感じる音は、私が一人ではないことも同時に実感させる。 ヨガ4週目をすぎたあたりから思い切ってヨガを始めた。 元来、ヨガ講師を育てるスクールのようで、そこら中にあるキャンペーンを掲げた商売目的のヨガスタジオとは違って、至ってシンプルな設定で、なおかつ細か

          休職6週目

          [自己紹介]

          今更ながら 自分のことをすこし。 って、自分のことを紹介する時って何をいえばいいんでしょうね。笑 言葉に詰まってしまいましたが。 まぁ、普通仕事の経歴とかでしょうか。 高校卒業後、ブライダル・ホテル・温泉などの複合施設へ就職。 結婚式をやったり、ベッドメイクも、温泉施設でのフロントに立ったり、はたまた長いことレストランのホールチーフもキッチンでフライパンを煽っていたりもしました。 短い時間だったけれど、いろんな人と関わり、社会というもののたくさんの経験をさせてもらいま

          [自己紹介]

          ibマッピングをやってみた

          先日、図書館に行ってみた。 そこで出会ったのがこの本だった。 最強のココロ整理術 ibマッピング おのころ心平 著 最強のココロ整理術ときいて、今の私にはうってつけ。なんて思ったりして、読んでみると自分が仕事でやっていたことに近いものがあったり、これから生かせそうなことがあったので、思った以上に(活字苦手)読み進めることができた。 聞き手と語り手の役割ibマッピングは、そもそも2人で行うものらしい。 マッピングしていくと、思考が枝分かれし、ツタのようにだんだん増えていく

          ibマッピングをやってみた

          休職と子育て

          休職をしたら、時間や体力、心の余裕ができて子育てに集中できると思っていた。 でも、実際に休職してみると思っていたよりも子育てに集中できないことがわかった。 できると思っていたこと・朝起きて、朝食をきちんと用意できると思っていた。 仕事をしている時は、 ご飯とふりかけ、とか スープ(粉末タイプ)とパン、など とりあえず食べていればいい! みたいな感覚で朝食を用意していた。 休職したら、 お味噌汁を作ったり おかずを一品用意して ご飯を炊いて、、、 というくらいはできると

          休職と子育て

          やりたいことリストを書いてみたら

          休職してすぐに、休職期間中に何をしたいかを書き出してみた。 やりたいことリスト ・コース料理を食べたい ・回らないお寿司が食べたい ・温泉にいきたい ・引っ越しをして猫を飼いたい ・彼の家族に会いたい ...etc (本当は30個くらいある。) などなど思いつくまま書いていった。 それから1週間余りが過ぎた。 経験したことのない、毎日土曜日みたいな感覚の日々。 明日もお休み。待ち構えるような仕事への不安は無くなった。 いろいろな人から温かい言葉をもらったり、note

          やりたいことリストを書いてみたら

          診断が出てから

          診断が出てからの感情について 徒然書いてみる。 診断を受けて診断を受けた時、正直ホッとした。が率直な感想。 このやりたいのにやれない、頑張りたいのに頑張れない、積み上がっていく自己否定の言葉と、もやもやとした気持ちがスッキリした気がした。 あぁ、やっぱり、鬱だったんだ。 って軽く受け止めることができた。 病院から帰って、彼に直接伝えた方がいいなと思い、電話した。 伝えようとすると、何だか恥ずかしいような、だめな自分を晒すのが怖いような気になって口籠ってしまった。 何度も

          診断が出てから

          重い口を開いたとき。

          今年は、例年通りという言葉があまりにもフィットしない年だった。 コロナ禍ということによって、通常とは違った新しい試みを何度も繰り返す。その影響も少なからずあったのかもしれない。 また、30という歳の節目も何かしらの身体への影響をもたらしていたのでは。と思ったりする。 私が休職に至った経緯と感じたことをnoteに書き留めてこれからの将来に繋げていこうかと思う。 まだnoteの使い方がわからないので、悪しからず。 ・いつも通りができなくなった学校が再開してしばらく経ったとき

          重い口を開いたとき。